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書籍紹介:『中国の政治体制と経済発展の限界-習近平政権の課題』(文眞堂、2025年5月)

書籍イメージ

書籍名:
中国の政治体制と経済発展の限界-習近平政権の課題

  • 編著者: 劉徳強、湯浅健司、日本経済研究センター
  • 発 行: 文眞堂
  • ISBN : 978-4-8309-5288-3
  • 定 価: 本体3,520円(税込)
  • 頁 数: 222
  • 判 型: A5判
  • 発行日: 2025年5月10日

書評:『中国の政治体制と経済発展の限界-習近平政権の課題』

白尾隆行(JSTアジア・太平洋総合研究センター 元副センター長)

 2026年1月末、第二次トランプ政権が始まって1年が経過した。同政権開始直後の関税政策の発表で世界が大混乱に陥る一方、ウクライナ、パレスチナ、ベネズエラをはじめとして世界の戦争、紛争地域への同政権の関与を息を飲むように見守る日々が続いている。しかし、本命ともみられた中国との関係では、関税を巡るやり取りにはいささか既視感があり、そもそも国際社会に対する基本的な価値観が異なるとみられた両国が本質的に覇権を競うスタートラインに立っているのかどうか、まだ良く見えてこない。

 そういう中で、中国自体の経済が依然として低迷を深めているといわれ、一般の関心は、トランプ政権の対応がどのように中国の力を削ぐことになるのか、あるいはそれでも中国独自の回復力をもって強かに米国と対峙していくことになるのか、ということではないだろうか。

 これまで、中国の華々しい経済発展を前面に出して描きつつ、その陰の部分にもついでに触れたり、あるいは中国経済がピークを打ったとして、その証拠集めに徹している文献が多かった。しかし、この本書は徹頭徹尾、「陰」を描いている。その意味で異色といえ、かつ今後の中国を見る新しい視点、手法を提供する貴重な書である。

 この書籍は、2025年5月に出版されており、著者が原稿を上梓したのは、第二次トランプ政権の発足が決まっていた時期である。その意味では、上述のような同政権が打ち出した関税政策を踏まえた状況は、まだ描かれてはいない。しかし、世界を相手に関税政策を打ち出し、ノーベル平和賞受賞へ向けた「紛争解決者」としての姿を描こうとしているトランプ大統領が本格的に中国に向き合う前に、私たちが「中国は今どこにいるか」を知ることは大いに意義がある。本書は、政治、経済、社会の各般における習近平政権時代を総括しており、今後に向けた知識の出発点として極めて有用である。

 全体は序章を含め10章構成であり、以下、各章の概要と興味深い点を紹介したい。なお、各章とも冒頭に3点ほどの「ポイント」と「注目データ」が記されており、簡単に内容を理解したい読者にとって便利である。

 序章「混迷化する中国経済、政策立ち遅れ-強権政治の弊害 機動性、有効性欠く」は、中国の経済運営の主導権が政府から共産党に移ったことで、一党独裁体制がもたらす経済への悪影響をさまざま側面から論じ、そのことが中国社会の混乱を招いている現状を簡潔に整理している。とくに2024年7月の3中全会決定から同年9月共産党中央政治局会議における財政支出決定まで目立った動きがなかったことが、重要な意思決定が習近平総書記の意思決定に依存していると注目している。

 第1章「中国の政治体制と長期的経済発展の限界-指導者が代わっても解決できず」は、一言でいえば中華人民共和国発足以来、習近平政権に至るまでの中国の政治体制を簡単に俯瞰しており、その特徴をよく描いている。また、今日発展を遂げている中国経済ではあるが、その限界を指摘している。習近平政権がとくに今、毛沢東時代の強権的な政治に回帰している理由がいくつか挙げられており、習政権の置かれている状況を詳しく知ることができる。

 第2章「トランプ政権の成立と米中経済関係-中国の対外経済政策、途上国に接近」は、米国が歴史的に対外貿易問題を契機に日本や中国と摩擦を繰り返してきた状況に触れつつ、第一次トランプ政権、バイデン政権、そして予想される第二次トランプ政権における貿易問題全体を非常に簡潔に描写している。とくに米→中、中→米、中→第三国→米という貿易関係の全体を俯瞰してそれぞれの様子を紹介していることは大変理解しやすい。また、双循環戦略、グローバル・サウスへの接近など中国の対外経済政策の要点が描かれている。

 第3章「色あせるIT・創業ブーム-広がる民業圧迫、中国から頭脳流出も」は、DeepSeek(ディープシーク)など人工知能(AI)分野における中国の躍進の裏で、情報技術(IT)・創業において急速な冷え込みが起こっている状況が描かれている。中国経済全体の減速もあるが、国家安全観を中心にした政権からの過度な締め付けや、国有企業を優遇する「国進民退」政策をその要因とみている。その結果、中国人材の流出も起きており、人材活用の重要性を問うている。

 第4章「『チャイナリスク』が企業行動に与える影響-不確実性を定量分析、投資を左右」は、経済の先行きの不確実性に関して、定性的な分析を脱し、不確実性が実体経済に及ぼす影響を定量的に分析している。経済・外交政策、地政学的リスク等に関する習近平総書記の発言等における特定のメッセージの頻度と、設備投資の先送りや現地法人の撤退等、企業が示す投資行動への影響を相関させる研究は興味深い。研究対象は、中国国内の国有・民営両企業から日本企業に及んでおり、この分析の結果がさまざまな示唆を与えている。

 第5章「長期化する不動産不況の行方-金融システムへの潜在的リスクも」では、長引く不動産不況の実情や背景が述べられ、政府が有効な政策を打てない状況を論じ、著者は日本の経験も踏まえ取るべき方策を示している。不動産リスクによる地方財政の困窮状況は一応は知られているが、銀行等の金融システム全体に及ぼしうるリスクや、中央政府による政策遂行の遅れなど、より一歩深い問題の所在を紐解いて説明しているところはかなり参考になる。

 第6章「社会保障体制の改革とその課題-消費低迷の克服、格差是正が不可欠」では、日本人があまり馴染みのない中国の社会保障についてわかりやすく、また、その問題も含めた広い視野からの説明が展開されている。日本よりも急速に進む高齢化と少子化だけではなく、社会主義を基盤として計画経済から市場経済に移行した中国特有の発展形態に付随する課題を理解することができる。

 第7章「中国の労働市場と失業問題-若年層の就職難が社会に影響」は、日本人もよく知っている中国の一人っ子政策、教育熱心な家庭の実情から始まり、高等教育機関の発展の姿、そして現代中国が抱える「寝そべり」の問題まで、高止まりする若者の失業問題の背景をわかりやすく解説したものとして有用である。

 第8章「国有企業改革は進むのか-『主導的な力』の『異変』と役割強化」は、社会主義市場経済の中核をなす国有企業の発展と課題をわかりやすく描いている。公有制を原則とする中でいかに民営の経済活動を広げ、かつ、習近平政権となって国家安全が主題となる中で国有企業に国としての基幹的な役割を果たさせるか、中国の苦悩が理解できる。

 第9章「中国の食糧安全保障の実相-『党の指導』で食糧生産の利益を担保」では、そもそも他国の土地政策を理解することは非常に難しいが、公有制を土台とした人民公社の時代から今日に至るまでの中国の土地制度の変遷をたどり、さらに近年の都市と農村の深刻化する格差という課題を解決しながら食糧安全保障の確保と農民・農村の安寧を実現するという難しさが描かれている。

 さて、冒頭に記したように、これほどの課題を列記した中国の専門書はなかなか見られないのではないか、というのが率直な読後感である。習近平政権になって10年以上の時が経過し、様々な社会の歪みが生じているはずであるが、これらを総まとめにして「社会主義現代化強国」の建設という標語で国民を鼓舞する政権が抱える課題は並大抵のものではないであろうと想像する。実際、同様の課題は、保健医療、科学技術、環境、エネルギー、交通、都市など広範な領域で観察されるのではないか、と考えるからである。とくに科学技術・イノベーションの領域における課題は、将来を左右する重要な要素であり、中国の研究エコシステムの深層において何が起こっているのか、今後、適時的に分析し、評価する重要性を痛感するものである。

 

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