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書籍紹介:『ニッポン華僑100万人時代-新中国勢力の台頭で激変する社会』(株式会社KADOKAWA、2025年10月)

書籍イメージ

書籍名:
ニッポン華僑100万人時代-新中国勢力の台頭で激変する社会

  • 書籍名:『ニッポン華僑100万人時代-新中国勢力の台頭で激変する社会』
  • 著 者:日本経済新聞取材班
  • 発 行: KADOKAWA
  • ISBN:978-4-04-607707-3
  • 定価:1,980円(税込)
  • 頁数:272
  • 判型:四六判
  • 発行日:2025年10月16日

書評:『ニッポン華僑100万人時代-新中国勢力の台頭で激変する社会』

白尾隆行(JSTアジア・太平洋総合研究センター 元副センター長)

 最近、「ニッポン・ファースト」というかけ声の下、観光客も含めた外国人の数や行動を問題視する声が大きくなっている。直近2回の国政選挙では、政治的なメッセージとしても目立つようになった。在留外国人の動向について、最近では情報誌や書籍で扱われることも多く、国民の高い関心を集めていることも背景にある。そのような中で本書は、在留中国人の数が劇的に増えていく様を描き、本書の題名が示すようにある種の「心の備え」を求める時代の到来を予言している。

 本書は、日本経済新聞社東京本社編集部門のデータ・調査報道センター(旧データ・調査グループ)が2024年4月に立ち上げた取材班による長期取材に基づいている。2025月 には優れた報道をたたえる「第2回国際文化会館ジャーナリズム大賞」を受賞している。

 この取材活動が始まった契機は、取材班の一人となる記者が約3年半にわたる台湾での駐在生活を終え、久々の東京での電車通勤時に耳にした、何気ない中国人親子の会話であった。この会話は明らかに観光客のそれではなく、「住んでいる人々」のそれであり、その驚きが在留中国人の姿を探るという奥深い取材活動につながっていったというわけである。

 本書は、終章を含め9章から構成される。第1章および第2章では、日本の大学に留学する大学生を主な対象とする教育関係の在留中国人の実態を、第3章から第7章では、日本でのビジネスチャンスを追求する事業関係の在留中国人の実態をそれぞれ描いている。

 前者については、大きく二つに区分できるような気がする。一つ目は、日本のアニメやゲームに対する情熱が高じて日本の美術大学等を経て日本で就職、そして永住権を獲得する人々、二つ目は、「高考」というとてつもなく厳しい大学入学共通試験をはじめとする中国の受験競争、そして就職戦線の厳しさに対する疲弊感から日本の大学を目指し、日本語学校での語学研修を経て、見事大学に入学して、そのまま日本の企業に就職し、在留資格を得る人々である。これらが、中国人留学生の数を相当数に上らせている要因となっており、たとえば東京大学では学生総数の約1割を超える存在感を放つまでに至っているという。そして、中国人留学生に対する生活費を日本政府が全額補助する是非の議論を惹起するまで問題視されるに至った現状を紹介している。

 後者は非常に多岐にわたっている。新しい民泊事業への参入、経済的な不振に喘ぐ地方都市の商店街でのビジネス展開、後継者の見つからない伝統事業・産業への投資など、中国人としてもある程度リスクを冒した挑戦ともいえる活動であり、近年とみに目立っている姿が描かれている。中国人の果敢な挑戦が日本人が諦めた事業を復活させる事例もあり、ある種の中国人のしぶとさも感じさせる。一方、地域住民とのトラブル、あるいはむしろ地域と隔絶した中国人社会の形成に対する日本人からの冷淡な視線など、共存社会の実現が危ぶまれる姿も描写されている。もちろん、中々違法状態を取り締まれない地方自治体による民泊特区制度の運用の限界、比較的短い滞在で得られる永住権や、多額の資金を必要とするわけでもない「経営/管理ビザ」の取得の容易さなど、改善を求められる在留資格制度などの制度的な不完全さも手伝って、在留や事業展開の可能性が想定外に広がっている側面もあり、日本としても是正していく必要性が示唆されている。

 以上のように、第1章から第7章まで本書を読み進めて抱いたやや憂鬱な印象が、第8章では少し方向が変わるような気がする。この章では、上述のとおり厳しい受験戦争に嫌気をさして中国を離れ、サッカーのプロを目指す子息を日本で就学させる中国人の父親が描かれている。しかも日本の教育は「バランスが良く」「しかもコスパが良い」という。また、日本でアニメを目指す学生は、「日本は自由」「(中国は『商品開発』に力を入れるが)新しい何かをゼロから造りたい」という。さらには40歳にならんとする母親が一念発起して訪日し、日本語研修を経て大学に入り、就職し、就労ビザを経て家族滞在ビザを得た上、故郷の夫と子供を呼び寄せるという壮大な計画を立て実行しているケースも紹介されている。この母親によれば、数年前、中国では「世界はこんなに広い。外に出てみよう」という言葉が流行ったそうである。

 その第8章は「それぞれの決断、自由を求めて日本に生きる」と題されている。冒頭で述べたとおり、「ニッポン華僑100万人」という本書の題名がある種の「心の備え」を求めると書いたが、ある種の「意識の変革」を迫っているようにも思える。

 移民問題という用語が本書でも何度か使われている。移民とは、広辞苑によれば「他郷に移り住むこと、とくに労働に従事する目的で海外に移住すること」である。移民という言葉は、どうも政府が政策として一定の大量の人々を他国に移り住まわせるという意味合いが強い。本人の自由意志で来日し、就学し、就職し、家族を呼び寄せ、永住権を取得することは、移民という印象ではない。移民や移民問題という語感は、むしろ何か危険なもの、はじめから異質なもの、という先入観をもたらす。最近では「外国人問題」と言い換えられて問題が提起されることが多い。仮に外国人問題と呼ぶことにして、本書の第8章が投げかけている「意識の変革」は、日本に「自由」を求めてくる、そして家族を含め永住先として日本を選ぶ中国人がいることを知った上で外国人問題に対処すべきである、ということではないであろうか。

 最後に本書が上梓されたのは、高市総理のいわゆる台湾有事発言の前である。その後、中国政府は日本への渡航自粛を呼びかけ、2026年の春節には、中国人の日本への旅行者が激減するという事態に至っている。中国人留学生で有名な私立大学でも留学生の減少が見られるという。こういう現象が今後どこまで、いつまで続くかは予想はできないが、暫くすれば、潮目が変わった時期が到来したと気づくときがくるのかもしれない。

 いわゆる台湾有事の発言にどのような実質的な問題があったかどうかは別にして、精々十数万人レベルの話であるとしても、日本に「自由」を求めて移住する中国人が増えていくという事態に対して中国政府としては、どこかで歯止めをかけたいと思ったのではないか、というのは勘ぐりすぎであろうか。

 いずれにしても本書が描いている、中国人の日本への移住の姿は、長い目で見て一つの区切りとして押さえておく必要がある。

 

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