書籍紹介:『統治と経済――現代中国のメカニズム』(行知学園、2025年12月)

書籍名:
統治と経済――現代中国のメカニズム
- 著 者: 蘭小歓(Lan Xiaohuan)
- 翻 訳: 大原聖蘭
- 発 行: 行知学園株式会社
- ISBN : 978-4-909025-07-4
- 定 価: 4,180円(税込)
- 判 型: A5判
- 頁 数: 336
- 発行日: 2025年12月26日
書評:『統治と経済――現代中国のメカニズム』
渡辺浩司(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)
中国経済は政治的要因と密接に結びついているため、経済的側面のみに依拠した分析では、その実態を十分に説明することは難しい。本書『統治と経済――現代中国のメカニズム』(中国語原題:『置身事内:中国政府与经济发展』)は、「はじめに」に示される通り、現実の描写を最優先に据えつつ、「中国政府がどう考え、何をしようとしているのか」を説明することを目的としている。これは、原題の「置身事内」(=事象の内部に身を置く)が示唆するように、単純な経済動向や現象だけでなく、中央・地方政府や官僚機構、政策過程といった視点から中国経済の変容を読み解き、中国政府と中国経済の相互作用のメカニズムへの理解を促そうと試みている。
著者の蘭小歓(Lan Xiaohuan;ラン・シャオファン)は、米国バージニア大学で経済学の博士号を取得後、長江商学院(CKGSB)、香港中文大学深圳校、復旦大学経済学院等の中国を代表する機関で教育・研究に従事してきた経済学者であり、現在は中欧国際工商学院(CEIBS)教授を務める。本書は、著者の復旦大学での講義「中国の政治経済」や香港中文大学深圳校での講義「中国政府と中国経済」等の内容をもとに執筆されたものであり、理論と現実を結びつける構成が特徴である。2021年の中国での初版刊行以来、中国国家図書館主催の第十七回文津図書賞をはじめとする複数の賞を受賞し、幅広い支持を得ている。2025年12月には日本語訳版が刊行された。
中国の大学講義をもとにした中国経済の書籍としては、元世界銀行首席エコノミストで北京大学教授でもある林毅夫(Justin Yifu Lin)の『北京大学中国経済講義』(中国語原題:『解读中国经济』)がよく知られているが、本書は経済理論よりも、現実の現象や中国政府の視点に立った政策運営の分析に強く焦点を当てている点に特徴がある。とりわけ、中央と地方の関係や官僚のインセンティブ構造の分析を通じて、中国経済の成長と歪みの両面を分かりやすく説明している。また、日本語版では中国の固有名詞・専門用語等を説明した訳注が追加されているほか、カッコ書き等で専門用語等の中国語原語を併記する等、日本人読者の理解を補助する編集上の配慮・工夫も施されている。
各章末の「もっと深く知るために」の欄では、各章テーマに関連する中国語・英語の主要文献・映画等が紹介されており、巻末の参考文献欄とともに、中国現地の専門家や学生が参考とする資料を知る足がかりにもなり、さらなる学習への道筋を示す有益なガイドとなっている。中国経済を制度と政策の内側から理解しようとする読者にとって、本書は優れた入門書と位置づけられる。
書籍構成
本書は、地方政府の権限、財政、投融資、産業関連政策等を扱う第1部「ミクロメカニズム」と、都市化、債務、国内外構造の不均衡等を扱う第2部「マクロメカニズム」の二部から構成され、全8章(各4章)より成る。第1章は導入として、本書を読む上で必要となる中国の行政システムを概説している。第2章から第7章は、章ごとに独立したテーマを扱っており、関心に応じて読み進めることが可能である。最終章は本書全体を総括するとともに、中国経済をどのように捉えるべきかについて一定の示唆を提示している。
第1部 ミクロメカニズム
第1章「地方政府の権限とその役割」は、導入章として、中国の中央政府と地方政府の関係(央地関係)およびその間での権限配分・分業の仕組み等、中国の基本的行政システムについて平易に整理している。また、中央・地方政府等が経済活動に関与する際のインセンティブや情報の非対称性について分析がなされている。
第2章「財政・税務制度と政府の動き」では、中国の財政制度の歴史的変遷に加え、1994年に導入された「分税制」、不動産問題と密接な関係がある「土地財政」や「土地金融」について、財政の地域格差と関連付けながら実態が検討されている。
第3章「政府の投融資と債務」では、地方政府が財政運営を行う上で重要である地方政府融資平台(LGFV)、地方債務、土地金融等を取り上げ、その仕組みや地方政府・官僚がインフラ整備や産業誘致・振興を実施する際にもたらされるインセンティブについて説明している。
第4章「工業化における政府の役割」では、企業・産業の発展過程における中央・地方政府の役割について整理がなされている。具体的事例として、液晶ディスプレイ産業や太陽光発電産業、政府系ファンドの発展経緯と課題が取り上げられ、実証的に分析されている。
第2部 マクロメカニズム
第5章「都市化と格差」では、都市化の進展過程で発生した不動産価格の上昇、農村・非農村戸籍問題、地域格差・所得格差といった諸課題について、その原因を分析している。さらに、課題解決に向けて進められている土地流通や戸籍制度の改革についても検討している。
第6章「債務とリスク」では、2008年の世界金融危機への対応として実施された「4兆元」の財政出動を機に始まった中国の債務急増の問題について、アメリカや日本等との比較に加え、家計・企業・政府の各部門に焦点を当てた分析を通じて、中国経済にもたらすリスクと政府の対策を考察している。
第7章「国内外の格差」では、消費不足や生産能力過剰に代表される国内経済構造の不均衡と、米中貿易摩擦にみられる国際収支の不均衡について、その要因が分析されている。その上で、是正策の一つとして提示された「双循環」という新しい発展戦略について議論している。
第8章「政府と経済発展」では、最終章として本書全体の内容を総括するとともに、地方政府間の競争と発展の原理が整理されている。その上で、これまでの工業化や都市化を志向する「生産型政府」の限界を指摘し、教育・医療・福祉等の人への投資を重視する「サービス型政府」への転換の必要性が論じられている。さらに、一国の発展の「目標」と「過程」が異なることを強調し、目標が同じでもその過程には経済学の理論では捉えきれない不確定要素が多数に存在するため、現場における試行錯誤を通じた改革の重要性が強調されている。
まとめ
中国経済が抱える諸課題について、中央政府と地方政府の関係(いわゆる「央地関係」)や中国特有のインセンティブ・メカニズムに着目し、その背景と経緯を平易に解説した一冊である。既存の中国経済に関する入門書から中国語文献への橋渡しとしても有用であり、中国でのビジネスに関心を持つ読者やこれから中国で生活する読者はもとより、中国の専門家や政府・官僚の視点から同国経済を理解したい読者にとっても、有益な示唆を与えてくれるだろう。
一方で、原著の出版が2021年であり、著者がそれまでの講義内容を基に執筆していることから、本書に収録された情報・データは最新でも2020年のものにとどまり、コロナ禍以降の動向は反映されていない。この点を踏まえると、今後改訂版が刊行される際には、情報・データの更新に加え、近年重要性を増しているAI、ロボット、EVといった新興産業に関する分析が補われることで、いっそう充実した内容となることが期待される。
