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SSFSSR法による中国食料自給率の測定(第1回)急速に低下する自給率

2025年09月30日

高橋五郎

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)

略歴

愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会前会長
研究領域 中国農業問題全般

はじめに

 地球温暖化、地政学的リスク不安、戦略物資化する食料、止まぬ貧富の格差等、世界食料をめぐる不安要因が大きくなりつつある。世界食料生産は需要に対して絶対的不足下にあり(1f)、かつまた中国自身、食料生産の絶対的不足下におかれるようになった。

 筆者はこの問題をいち早く指摘(1a,1b,1c,1d,1e,1f)してきたが、最近では、ようやくこの点を認める中国政府関係者(国家発展改革委員会元副主任)も一部見られるようになった(2)。この政府関係者が非公式に明らかにしたカロリーベース76%(何年か不明)という数字は、筆者が試算した推計の数字(2021)と非常に似ている(3b)。

 実態をできるだけ反映し、広く国際的に認められた食料自給率の計算式は固まっていない。このような状況のなかで、客観的な方法によって各国の比較ができる食料自給率の計算式の登場が求められているところでもある。

 このたび、筆者が数年かけて考案した計算式による試算では、各国の状況がほぼ明らかになった。今回は、それに基づいた中国のカロリーベース食料自給率について紹介することとしたい。

1.SSFSSRによる中国の食料自給率

 中国政府は所管官庁の農業農村部、統計を扱う国家統計局、あるいはその他のいかなる行政庁も、国家レベルの食料自給率の公式数字を公表していない。

 まれに、上述のように政府関係者が口頭でそれらしき数字に触れることはあっても、どのような品目をどのような方法で計ったものなのか、少しも詳細が述べられたことはない。したがって結論からいえば、信頼に足る中国の食料自給率はまったく闇の中にある。

 もっともこのような実態は中国にかぎったことではないから、中国政府が食料自給率の公表を意図的に避けたり、実際と異なる数字を挙げたりしているということでもないといえる。

 なによりも問題なのは、国家レベルの食料自給率の信頼に足る計測方法が、いまなお国際的に編み出されていないことである。信頼に足る計測方法とは、その方法を使えば、ある結果が、誰の手によっても再現できる科学性を持つものであることを指している。

 このような一般的現状の下で、特定の国を取り上げて「信頼に足る食料自給率がないのはおかしい」という理屈自体が成り立たないことはいうまでもない。食料自給率の計測方法は食料安全保障の観点などから、多くの国の専門研究者が取り組んでおり、その成果は日々更新されている。

 本稿は、それら多数の研究成果を踏まえたSSFSSR: Supply-Side Food Self-Sufficiency Ratio(供給側から計る食料自給率)を使い、中国の食料自給率を計測したので、その概要を報告したい。なおSSFSSRを使った中国の食料自給率について、筆者はこれまでいくつかの論文・著書・学会等で紹介してきた(1a,1b,1c,1d,1e,1f)が、方法は変えずに今回は2022年分を加え、やや長期的な視点からその動向と背景を探った。

 今回、これら筆者の一連の考察、かつそれらに関する批評および従来、食料自給率の計測方法について、国際学界あるいは各国や国連の政策現場等で使われていた多種類の計測方法、そして主要な先行研究の問題点等についての検討を踏まえて投稿した文字通りつたない拙稿が、国際研究誌プラットフォームの最大手の一つ「Springer nature」が発行するトップジャーナル(Q1に認定)に運よく掲載されることになった(3)。

 学界の通念では、SSFSSRは国際的学界の認知を得たと捉えてよいと思われるが、その具体的な方法論の説明は、次回以降にし、今回はこの方法にしたがって計測した中国食料自給率の実態を中心に紹介することとしたい。

2.2016年から急落の中国食料自給率

 さっそく、2010年、2015年、2020年、2022年のデータを示す図1を参照されたい。同図の破線はこの4か年間の食料自給率、棒グラフの黒色は国民食料供給総カロリー、灰色は国民食料生産総カロリーを示している。

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 少しだけ説明するが、ここで対象とした食料品目は国連食糧農業機関(FAO)、Food Blances(2010-)に掲載されている品目のうち、世界の人びとが日常の食生活上に摂取する嗜好品を除く、ほぼすべての品目である。

 やや具体的にいうと、一次産品である穀物9種(小麦、米、トウモロコシ、大麦等)、大豆等主要豆類、主要食用油原料種(菜種、ヒマワリ、落花生、綿実等)、ビート等砂糖原料、主要野菜・果物、主要海産物、二次産品である畜産物、食料油、砂糖など、合計65品目である。これをすべてカロリー換算したデータを基礎にして計測した。

 図で明らかなように、自給率は2016年以降に急落している。正確な数字では、2010年89.1%、2015年88.9%。この両年の自給率は若干下落しているが、ほぼ同率である。しかし2020年75.4%、2022年75.6%と2010年、2015年のレベルに比べ、15%ポイントほど下落していることが明らかとなっている。これは非常に大きな幅の下落である。

 筆者が世界180カ国以上について、中国について使用した方法と同じ方法で計測した食料自給率によれば、同じ期間に、中国ほどの下落をした国・地域は見られない。

3.供給カロリーは増えたが生産カロリーが減少・停滞

 中国の食料自給率が、短期間でこれほど下落した理由は何か? そのおおまかな背景を示すのが、同図の棒グラフである。

 供給総カロリーは、2015年の3.2(×1015kcal:以下略)が2020年には3.9と増加。その要因は一次産品の需要増加および二次産品の輸入増加(結局は需要の増加)に負うところが大きい。

 これに対して生産総カロリーは、2015年が2.9、2020年も2.9で、5年間の増加はゼロであった。需要の大きな増加に対して、生産が追い付かなかったことが明らかといえよう。

 以上の結果、食料自給率(生産総カロリー×100/供給総カロリー)は下落となった。

 食料自給率の下落は、供給総カロリーの増加、生産総カロリーの停滞の結果だが、供給総カロリーが増加した主要な品目、生産総カロリーが停滞もしくは減少した主要な品目は何か?

 図1のベースとなったデータをここでは可視化していないので、要点を紹介すると以下のようであった。

(1)主要品目の供給が増加

 自給率を下げる要因である供給総カロリーの増加、実際、5年間で10%あるいは品目によっては100%以上(例えば牛肉、豚肉、鶏肉、菜種油)増加した。増えた主要な品目が、トウモロコシ、米、小麦、大豆、落花生、牛肉、豚肉、鶏肉、菜種油、ヒマワリ油、牛乳等の基幹品目である。

(2)主要品目の生産が減少

 他方、自給率を上げる要因の生産が停滞した要因は、供給が増加した主要な品目の生産が停滞、または減少したことによる。トウモロコシ、小麦、菜種、ヒマワリ、砂糖原料のサトウキビは生産が増えず、トウモロコシ、綿実油の原料である綿実、甘藷は減少した。増えたのは大豆、青果物、魚介類である。

4.生産カロリーが減少・停滞

(1)新型コロナの発生

 2015年から2022年の間にSSFSSRが急低下した理由として想起されるべき一つは、新型コロナの発生である。

 中国で新型コロナが蔓延しはじめた2019年12月、たまたま地方の農村にいた筆者は、「畜産物の輸送禁止」という赤い横断幕がかけられた地域の基幹道路、土を山のように盛って交通遮断した集落に通じる主要農道を脇に見ながら、これは大変なことが起きるかもしれないとの予感を禁じ得なかった。地方政府が、コロナウイルスのこれ以上の蔓延を防ごうと打った対策の一つだった。

 おりしも第一次トランプ政権の対中貿易関税政策の見返りに習近平政権が打った、アメリカからの大豆輸入を削減する対策が、養豚農家にも打撃を与えていた。養豚農家はアメリカ大豆を大豆油に絞ったあとに出る副産物、大豆粕を豚の重要な飼料として必要としていた。

 大豆油を作る大手メーカーの工場を訪ねると、従来は、山と積まれていたという大豆は一粒も見ることができなかった(写真参照)。つまり、大豆粕が養豚農家から消えたのである。同じように、牛肉や乳牛、鶏肉・鶏卵に必要なトウモロコシや雑穀などの穀物飼料も同様だった。

 重要な飼料を失った養豚農家の飼料倉庫に、山積みのはずの大豆粕が詰められた袋も数えるほどしかなく、豚の再生産さえ困難になる事態だった。

 トウモロコシや小麦作農家にも、肥料、農薬、農作業機械用燃料なども、養豚農家の大豆粕と似たり寄ったりの不足に陥った。これらは、よく言われるサプライチェーンの寸断ということだった。

 総合的に言って、農家はコロナウイルスと貿易摩擦というダブルパンチを受けてしまったのである。

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写真 大豆が消えた大豆油メーカーの倉庫(2019年、河南省。筆者撮影)

(2)構造的な要因

 以上は、ある意味では突発的に起きた出来事に起因するものであった。

 別途想起されうることは、もっと、食料生産のあり方に直接かかわる構造的な要因である。

 その第一は、長期的な傾向としての気象変化による影響である。第二は、国際競争力の低下に現れているように(3)、生産コスト改善の後れによるものである。

 この二つの要因については、詳しく述べなければならず、別稿に譲りたい。

第2回 につづく)


(1a)高橋五郎「(中国)自給率急減21世紀に輸入6倍増」週刊エコノミスト, 2021.3.30.

(1b)高橋五郎「世界的な穀物価格高騰の下での中国農業の現状と対応」へのコメント─中国の食糧自給率は低下傾向にある、という視点から─」中国経済経営研究, 2021, Vol.7(1)

(1c)高橋五郎「中国カロリーベース食糧自給率の現状と低下の背景」ICCS Journal of Modern Chinese Studies, 2022, 15(1), 1-19

(1d)高橋五郎「食料危機に向かう中国とその背景」東亜, 2022.12,No.642

(1e)高橋五郎『食料危機の未来年表』朝日新聞出版. 2023.10

(1f)高橋五郎「食料の絶対的不足がもたらす地政学的リスク」日本経済学会連合:『エコノミクス &ビジネス・フォーラム』(ISSN 2760-0475), 2025 Vol.1/No.1

(1g)筆者のデータ利用・コメント等記載の新聞報道:①「日本経済新聞」(羽田野主 筆)2021.4.5、②「日本経済新聞」(渡辺伸、宗像藍子 筆)2021.12.19.

(2)「毎日新聞」2025.1.5朝刊。

(3a)Goro Takahashi「A new method for calculating the food self-sufficiency ratio: supply-side food self-sufficiency ratio 」Agriculture and Food Security, DOI: 10.1186/s40066-025-00570-z(後日発刊予定。プレプリント(3b)

(3)FAOSTAT, Producer Prices.


高橋五郎氏記事バックナンバー

 

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