【26-01】SSFSSR法による中国食料自給率の測定(第3回)
中国トップ研究者による中国食料自給率の方法に対する考察
2026年01月26日

高橋五郎: 愛知大学名誉教授(農学博士)
略歴
愛知大学国際中国学研究センターフェロー
中国経済経営学会前会長
研究領域 中国農業問題全般
はじめに
日常、「食料自給率」という単語を目にし、耳にする機会が増えたような気がするのだが、いかがであろうか?とくに、昨今の食料品の値上がりや米価格の高騰など、生活に密接にかかわるニュースが連日取り上げられるようになってからというもの、新聞、テレビ、ネットなどで目にする状況は専門家の筆者からみても様変わりの感がある。
しかし「食料自給率」とは何か、誰が何をどうやって計算しているのか、ということになると、どれだけの人が知ったうえでニュースを聞き、あるいは話をしているのか、はなはだ疑問である。
それは、「食料自給率」に定まった計算方法がなかったことが最大の原因だと思う。この点は、中国にかぎらずに日本もまったく当てはまることで、前回(第2回)、「食料自給率」の計算方式に関して、中国のトップクラスの研究者の考え方をややくわしくお伝えしたなかからも、この点は窺っていただけたものと思う。
そこで、今回(第3回)は、前回紹介した中国の研究者の「食料自給率」についての考え方に統一性がないことはともかく、それぞれのどこが問題なのかを整理し、次回(第4回)の「食料自給率」の国際スタンダード化を目指す"SSFSSR"法(サプライサイド食料自給率)の具体的な実践方法の紹介と、中国の最新「食料自給率」のその応用につなげていきたいと思う。
「食料自給率」計算式の構築の必要性
「食料自給率」の計算方法については、FAO(国連食糧農業機関)が非常におおまかな方法を打ち出している。それは、一定期間における国産量×100/供給量(消費量+輸入-輸出±在庫)というものだが、これは、「食料自給率」についておおまかな定義をしたにすぎず、実際に、ある国・地域の「食料自給率」を計算できるほど実践的なものではない。
現実は国ごとの関係機関や研究者によってバラバラで、「食料自給率」を計算している国、していない国があるなど、さまざまである。中国に至っては、国民に対する食料の十分な供給が共産党政権最大のレーゾンデートル(存在意義)の一つとされることもあり、それが明らかになる「食料自給率」の計算方法のあり方についても、公式のルールを国民から遠ざけるかのような印象さえ捨てきれない。
国によっては、孔子の「由らしむべし、知らしむべからず」を想起させるところもあるほど、「食料自給率」の計算方法とその実際は、政治的には敏感な要素を持っている。とくに昨今は「食料自給率」を食料安全保障という狭い概念から、より広い概念である経済安全保障[1]や地政学的な観点からの意味付け[2]をしようとする動きが強まっている。こうしたやや特別な背景もあってか、国の食料自給の姿がもろに現れる「食料自給率」の計算方法を濁す動きがないとはいえない。
こうした動向が事実とすれば、それに対応して、よりオープンで正確な計算方法を建てようとするのも研究者にとっては当然な対応であり、前回紹介した中国の6名の研究者の方法もその気脈に通じた試みであろう。
食料自給率計算方法の10原則
(10 Principles for Calculating Food Self-Sufficiency Ratios by Country (10-PCFSSR))
そこで、計算式の構築に当たって課題になるのは、統一性・普遍性へのこだわりである。「食料自給率」の計算方法が意味を持つには、その方法が科学的であることを証明する必要がある。科学的であることが証明され、その方法で算出したものでなければ、いかなる計算も恣意でないことを絶対に証明できない。
科学的であるためには、誰もが求める原則が必要である。本稿は、「食料自給率」の計算方法を主題としている。私はこれまで国際トップジャーナルに掲載された論文を数百篇読んで、その成果と課題を踏まえ、「食料自給率」計算方法の構築に当たっては、以下の原則を満たすものでなければならないと確信するに至った。
食料自給率計算方法の原則は次の10項目である。これらは、すべてを満たすものでなければ「食料自給率」とは呼べない最低限の原則である。
1.計算式が各国共通かつ明瞭であり、公開されていること。
2.計算された食料自給率に再現性が確保されること(誰もがその計算方法により直ちに計算でき、その結果が同一であること:追試できること)。
3.各国の食料自給率を同一条件で計算できる方法であること(特定の国・地域以外には適用できないような方法ではないこと)。
4.十分な品目数・品目間のバランスが確保されていること(実態が反映されていること)。
5.計算対象品目はバランスのとれた一次産品と二次産品の構成が確保され、計算にはその差異が考慮されること(一次産品:穀物・野菜・果物・油糧作物・海洋水産物など。二次産品:肉類・乳製品・食用油・砂糖など)。
6.各国の食料自給率を計算する際、同一のデータセット(例えばFAOSTATなど)が使用されていること。
7.計算に使用するためのすべてのデータが無料公開され、信頼できるものであること。
8.使用するデータに継続性が確保されていること。
9.データに推計が含まれる場合、すべてのデータについて、推計理由と推計方法が明示されていること。
10.国家間の比較が可能なものであること。
食料自給率計算方法の10原則と中国専門家の方法
次に、前回紹介した中国の専門家6氏の考え方が食料自給率計算方法の10原則(以下「10原則」)をどの程度満たしているかを、次の3つの区分、「十分または(論文に)記載あり」(標記は〇)、「まあまあである」(同△)、「不十分または(論文に)記載なし」(同▲)により分類した。
その結果が表「食料自給率計算方法の10原則と6氏の方法についての分類」である。6氏の方法すべてが「十分または記載あり」(〇印)なのは1番目の原則(「計算式が各国共通かつ明瞭であり、公開されていること」)のみであり、あとの9つの原則については、1人を除く5氏ほとんどが「不十分または記載なし」(▲印)であった。ただし、やや細かく見ると、「十分または記載あり」の中にも、計算式が論文中に記載されているだけで、それが計算式として妥当かどうかは別問題というものもある。
6氏の計算方法のなかで、もっとも筆者の目を惹いたのは張元紅氏の「中国食物自给状况与变化影響分析」と、熊啓泉氏の「中国糧食的真実輸入規模与自給率」である。熊氏の方法は「10原則」に照らすと不十分なものばかりが目立つが、それは完成度に難点があるためで、方法については注目すべき点があると思う。
2氏の方法について
そこであらためて、張元紅氏と熊啓泉氏の方法のうち、それぞれ注目すべき点について整理しておきたい。
(1)張元紅氏の方法
計算対象の品目は国単位(氏の場合、中国)の食料自給率を求めるには少なすぎるが、一次産品と二次産品(肉類・鶏卵・酪農品・食用油・砂糖など)を取り上げている点は評価でき、データ源をFAOSTATとしている点は「10原則」に照らして妥当と判断される。
計算方法は、対象とする品目の単位重量当たりカロリーを計算単位に、国産/供給という式に当てはめたもので、データ源がはっきりしている点で、その限りにおいての再現性も認められる。
しかし品目数が限られ、計算式が一次産品も二次産品も、品目ごとの重量に当該品目の重量単位当たりカロリーを乗じて得た数値を国産と供給ごとに集め、それらを合計して求めている点は誤りである。
二次産品は一次産品の加工品であり、それぞれの二次産品を1単位生産するのに要した一次産品のカロリーを求め、それを合算した後でなければ、そもそも品目を一次、二次と分ける意味がない。
また、より重要な点なのだが、輸入された二次産品を計算上、どう扱うかという点を明確にしなければ自給率は計算されないが、この点、張元紅氏の方法では無視されている。
輸入された二次産品は、本来ならば供給に組み入れられて行くが、そのためには前提となる消費部分が既知でなければならない(供給=消費±輸出入±在庫だからである)。しかし、中国政府統計には、食料全体の消費はおろか品目別の消費を示すものがないのが実態である。政府が調べているのかどうも不明である。このような状態では、輸入食料が供給に、そして最終的には消費に回る量を知ることができない。つまり、同氏の方法では、食料自給率は計算できないはずなのである。
(2)熊啓泉氏の方法
張元紅氏の方法で問題だった二次産品の輸入に着目した点で、熊氏の方法は注目しうる。食料自給率の計算方法で最大の難問は、輸入二次産品を一次産品と同質のパラメーターとしてどう定量化するか、という問題である。多くの試論には、この点で躓く例が見受けられる。
熊啓泉氏の方法では、この点を算出投入法の「中間投入」を再度読み込むことで、輸入された二次産品の一次産品への同質のパラメーター化を試みたものと見ることが可能である。しかし、これには2つの点で問題がある。
この方法では、①食料輸入量ではなく、食料輸入価額となるのでその価額量が食料以外の多様な要因で変動しやすい、②二次産品は一次産品を加工したものであり一次産品に戻す操作が必要との点では同意できるが、ここに「中間投入」されたものとして一次産品を捉えることは間違いである。輸入された二次産品の単位を価額とする場合、その「中間投入」財としての一次産品の価額はすでに二次産品の輸入価額に含まれており、それを取り出したり加えたりする理由がない。
ただ同氏は大豆油の「抽出率」に触れ、それを18~22%、平均20%としており、この点には、二次産品1単位の生産のための原料である一次産品の投入率という意識がある。ところが、同氏はそれをPPCR[3]という係数まで辿り着かずに、輸入二次産品について、前述の産出投入法の「中間投入」という概念に結びつけしまったことが、計算式の混乱を招く結果となっている。
中国の研究者による食料自給率の問題(まとめ)
以上を踏まえて、中国の研究者による食料自給率の方法のうち、技術的な範囲での特徴をまとめておきたい。中国からときどき発信される食料自給率には、一定の距離を置いて見る姿勢の重要性を指摘しておきたいためでもある。その要諦は、上述した内容から明らかなように、以下のようにまとめることができる。
①自給率計算の前提となるデータが定まっていない(すでに消費されたさまざまな食品から自給部分を抽出する方法の非現実性についての認識が、なお十分ではないためと察せられる)。
②自給率計算の対象とする品目が定まっていない(穀物のみのケースさえあり、穀物以外を含む場合の品目数が最大でも20程度と少ない)。
③食料自給率の目的や意義が不明確(①、②と関連する)。
④自給率計算式が不明な場合がある(計算式自体に初歩的なミスと思われるものも散見される)。
⑤二次産品を扱わない、またはその扱い方、すなわち計算上に於ける二次産品処理の仕方に関して正解値に至っていない(二次産品の扱い方次第では、飼料や油糧作物の自給率を別途計算する必要はなくなる)。
⑥本稿で取り上げた6氏の方法すべてで、最も重要な再現性が確保されていない(データ源が不明なことから、そもそも使用されているデータに接近できないこと、表向きは計算式が記載されていても実際には使用できない場合もある)。
次回(第4回)では、以上を踏まえ、食料自給率のあるべき姿について敷衍し、最新の中国食料自給率も紹介したい。
[1] Economic Security in a Changing World. OECD.
[2] 高橋五郎「食料の絶対的不足がもたらす地政学的リスク」https://doi.org/10.20753/eabs.1.1_1
[3] Primary Product Conversion Rate(1単位当たりの二次産品を生産するために必要な一次産品の単位)。この係数を導入しないと、一国の正確な食料自給率を計算することはできない(高橋「SSFSSR法による中国食料自給率の計測結果と要因」中国経済経営学会報告、2025年12月14日、於法政大学)。

