「チャイナ・イノベーション」をどう捉えるか
JSTアジア・太平洋総合研究センター 大西康雄特任フェロー
JSTアジア・太平洋総合研究センター 2026年07月14日
近年、中国は科学技術力が向上し、多くの産業分野で競争力を高めている。「チャイナ・イノベーション」は多様な分野で急速に進展しており、その実態を捉えることは容易ではない。こうした状況を踏まえ、JSTアジア・太平洋総合研究センター(APRC)では、中国のイノベーションの特徴や課題を立体的に明らかにするため、専門家へのインタビューを実施した。今回は、JSTアジア・太平洋総合研究センターの大西康雄特任フェローにお話を伺う機会を得た。
大西康雄(おおにし・やすお):
JSTアジア・太平洋総合研究センター特任フェロー
略歴
1977年早稲田大学政治経済学部卒業。同年アジア経済研究所入所。
在中国日本国大使館専門調査員、中国社会科学院工業経済研究所・客員研究員、アジア経済研究所地域研究センター長、ジェトロ上海センター所長、同アジア経済研究所新領域研究センター長等を経て、2020年7月より現職。専門は中国経済。
著書
『東アジア物流新時代』(共編著、アジア経済研究所、2007年)、『中国 調和社会への模索』(編著、アジア経済研究所、2008年)、『習近平政権の中国』(編著、アジア経済研究所、2013年)、『習近平時代の中国経済』(単著、アジア経済研究所、2015年)、『習近平「新時代」の中国』(編著、アジア経済研究所、2019年)、『「自立自強」の中国』(編著、勁草書房、2025年)ほか。
1.チャイナ・イノベーションをどう捉えるか
●代表例から見るチャイナ・イノベーション
中国のイノベーションを考える際、まず典型例として挙げられるのが新エネルギー車(EV)、太陽光発電パネル、リチウムイオン電池のいわゆる「新三様」である。これらの分野は、現在中国が世界シェアのトップを占めている。重要な特徴は、オリジナル技術そのものは中国で生まれたわけではない点にある。むしろ出発点は海外からの技術であり、その導入後に中国独自の展開が始まるという構造を持っている。
すなわち、導入された技術に対して政府が補助金や金融支援を集中的に投入し、短期間で産業化を実現する。その後、大規模市場を背景とした量産により、コストが急速に低下し、価格競争力を武器として輸出が拡大する。この結果、世界市場でのシェアを拡大し、当該分野で主導的地位を確立する。この「海外技術導入→政策支援による急速な産業化→低コストを武器として輸出に依存した急発展」という一連のサイクルが、中国におけるイノベーションの典型的な展開である。
ただし、こうしたサイクルのみで中国のイノベーションを説明できるわけではない。近年では、米国による先端半導体規制により技術的制約が存在する中で、その制約を前提とした設計思想によって大規模言語モデルを開発したDeepSeekのような事例も見られる。この評価は分かれるが、新たな方向性を生み出す「0から1」のイノベーションとして理解することができる。
●チャイナ・イノベーションの特徴
中国のイノベーションの特徴は、単一のモデルで説明できるものではなく、複数のモデルが重層的に存在している点にある。①「中国製造2025」や五カ年計画に基づく政府主導型イノベーション、②IT・プラットフォーム分野に見られる民間主導のイノベーション、そして③宇宙、量子、ブレイン・コンピュータ・インターフェース(BCI)等、政府の直接支援による先端技術分野のイノベーションという三つの流れが併存している。これらは分野ごとに明確に分かれるのではなく、相互に重なりながら展開している。
また、イノベーションの担い手も多様である。中央政府に加えて地方政府や民間ファンドが関与し、補助金、出資、税制優遇などの手段を組み合わせて支援が行われている。特に地方政府は、中央の方針を踏まえつつも、自地域の特性を踏まえ、地域の未来産業として投資分野を選択し、企業誘致や資金投入を通じて産業集積の形成を図る。安徽省合肥市の政府系投資会社がEVメーカーNIO(蔚来)に出資し、経営再建を支えた事例は、こうした地方政府の関与を示す具体例である。地方政府の資金は単独で大規模な投資を行うというよりも、民間ファンドや金融機関の資金を呼び込む「呼び水」として機能する場合が多い。この結果、公的資金と民間資金が組み合わさる形で投資が拡大し、高口康太氏の分析でも指摘されているように、地方政府の関与によって、ゼロから新規産業が形成される構造が生まれている。
また、ICT分野に見られるように、中国のイノベーションは民間の活力によって急速に発展する側面も持つ。アリババやテンセントは、ECや決済といった分野で大規模なプラットフォームを構築し、デジタル経済の基盤を形成した。しかし、これらのシステムが社会インフラとして定着すると、国家による規制や統制が強まる傾向が見られる。すなわち、中国では「民間主導による成長」と「国家による統制=制度化」が段階的に組み合わさる構造が存在する。
一方、宇宙や量子通信、BCIといった分野では、基礎研究能力と大規模な初期投資が必要とされるため、中央政府主導のもとでイノベーションが進められている。とりわけBCIは人間の脳信号をコンピュータに接続し、直接的に指令を与える技術であり、将来的には医療や産業への用途に加え、安全保障分野への応用も想定されている。中国では標準化規格(国家標準)を制定しつつ、産業化を視野に入れた研究開発が展開されている。
さらに、こうした政策支援は規模・内容ともに特徴的であることが、専修大学の大橋教授らにより指摘されている。OECDレポートの分析によれば、中国の産業補助金は長期的に見て他の先進国を大きく上回る水準にあり、これが産業化のスピードを支える重要な要因となっている(2005年から2024年の間に、中国企業はOECD加盟国に拠点を置く企業に比べて、平均で3~8倍もの政府支援を享受)(※1)。他方で、このような補助金のあり方については、過剰生産や価格競争(内巻式競争)を招く可能性も指摘されており、イノベーションの成果と副作用が併存する構造となっている。
●チャイナ・イノベーション評価の焦点
中国のイノベーションを評価する際には、単に新しい技術が生まれているかどうかではなく、それがどの程度、産業競争力として結実しているかを重視する必要がある。実際、多くの分野で世界市場シェアの拡大や主要企業の台頭といった形で成果が表れている。
一方で、イノベーションの内容をより詳細に見ると、分野ごとの強みと弱みは明確に異なっている。マッキンゼーの分析では、イノベーションを4つの類型に分けた場合、中国は工学的改良やプロセスの効率化、さらには顧客ニーズに対応した製品開発といった分野で強みを持つとされる。これに対し、基礎科学に依拠する領域、すなわち原理的なブレークスルーを伴うイノベーションについては相対的な遅れが指摘されている。(※2)
このように、既存技術を基盤として規模拡大や産業化を進める領域では競争力が発揮されやすい一方、新たな原理の創出を伴う領域では課題が残るという特徴を示している。
この構造は科学イノベーションと産業イノベーションの接続のあり方にも表れている。中国では大学や研究機関における基礎研究の成果のうち、収益化の見通しが立つ分野に対して資源が集中的に投入される傾向がある。このため、自律型ドローンや電池材料、AIの都市応用といった分野では研究開発シーズが急速に産業化につながる一方、そうでない領域では進展が限定的となる。企業と大学が連携した講座の設置等も見られるが、大学が主導するというよりも市場を通じた人材獲得が中心となっている。
この背景には、科学技術部と教育部との間で、研究開発と人材育成の連携が不十分であるという制度的課題もあり、高度人材の不足も影響している。これに対応する形で、第15次五カ年計画では研究開発と人材育成政策の一体化が打ち出されており、縦割り是正を図る動きが見られる。
さらに、こうした選別は資金配分のあり方にも表れている。スタートアップやベンチャー投資は依然として活発であり、マクロ経済低迷下においては、株式市場よりもファンドを通じた直接投資が重視される傾向が強い。株式市場の透明性の問題や株価の下落によって価値が毀損するのに対し、ファンド投資では目利きの投資家が企業や技術を選別し、資金投入が行われている。
2.チャイナ・イノベーションと科学技術
●チャイナ・イノベーションと科学技術の関係
中国では、科学技術は単なる成長要因の一つではなく、経済発展の基盤として位置づけられている。従来の労働・資本投入型の成長が限界に近づく中で、イノベーションを通じて生産性を高める必要性が強く認識されており、こうした文脈の中で「新質生産力」という概念が提示されている。この概念は、単なる技術開発ではなく、産業構造全体を高度化させることを含意している。
ただし、科学技術とイノベーションの関係は米国とは異なる。米国では、基礎研究の蓄積をもとに技術的ブレークスルーを生み出し、それが結果として応用へと展開していくという流れが一般的である。AI分野でいえば、人間の知能にどこまで近づけるかという問いそのものが、研究の出発点となっている。
これに対して中国では、出発点が抽象的な科学的問いではなく、具体的な課題であることが多い。例えば、物流効率の向上、都市管理の最適化、製造工程の自動化といった現実の問題が先に存在し、それを解決するために必要な技術が構築される。このためAI技術の発展も、人間に近い汎用知能の実現という方向よりも、特定用途における性能向上へと向かう傾向が強い。加えて、大量の人員やデータを投入して試行錯誤を繰り返す「人海戦術的」なアプローチが、技術の改良速度を押し上げる要因となっている。
この特徴はロボット分野にも顕著に表れている。近年、中国では人型を含む各種ロボットの性能が急速に向上しているが、その背景にはAIを用いた多数の試行と訓練により短期間に動作を獲得するという特徴がある。こうした手法は、配膳や物流等で実用化が進んでおり、フィジカルAIとして現実の産業や社会に組み込まれ始めている。
こうした違いは単なる研究スタイルの差ではなく、科学技術と産業の結び付き方そのものに関わっている。米国型が「基礎研究→技術→応用」という流れであるのに対し、中国型は「課題→応用→技術開発」という順序で進む傾向があり、この構造が実用化の速さや産業展開の規模に影響を与えている。多くの企業が参入し競争が激化する中で、淘汰を経た企業の技術競争力が高まるという側面も見られる。
●研究開発シーズと産業化
中国においても研究開発のシーズに基づくイノベーションは存在する。特定の分野では基礎的な研究成果が産業化に結びついている。例えば、自律型ドローンでは、空力制御や自己位置推定といった研究成果が実用化され、物流やインフラ点検などの用途に展開されている。また、EV分野では電池材料に関する研究が企業の製品開発に結びつき、競争力の源泉となっている。
さらにAI分野でも、自然言語処理や画像認識といった基盤技術が、スマートシティや監視システム、自動運転などに応用されている。ここに見られるのは、研究開発と応用が分離されているのではなく、ある段階で急速に接続されるという特徴である。
ただし、中国における研究開発シーズの扱われ方には特徴がある。すべての研究が均等に発展するわけではなく、実用化の見通しや収益性が明確になった段階で、資金や人材が集中的に投入される。反対に、そうした見通しが立たない研究は、継続的な支援を受けにくく、発展が停滞する傾向がある。
この「選別型」の資源配分は、短期的には効率的であり、特定分野における急速な社会実装を可能にする。一方で、長期的な基礎研究の蓄積という観点では制約にもなり得る。この点は、中国のイノベーションが持つ強みと弱みの双方に関わっている。
したがって、中国における科学技術とイノベーションの関係は、「基礎研究が弱い」と単純に整理できるものではなく、研究成果が産業化に接続されるタイミングと条件に独自の特徴があると理解することが重要である。
3.チャイナ・イノベーションをめぐる論点
●政策はイノベーションに貢献したか
中国のイノベーションの展開において、産業政策および科学技術政策が重要な役割を果たしてきたことは明らかである。「中国製造2025」で対象とされた分野では、技術水準の向上と産業競争力の強化がともに進んでおり、政策と産業発展が密接に連動している様子が確認される。
さらに今後は、第15次五カ年計画のもとで、半導体や先端材料などの分野において技術的自立の重要性が強調されている。その中で提示されている「新型挙国体制」は、国家主導の枠組みのもとで市場メカニズムを組み合わせ、研究開発から社会実装までを一体的に推進することを意図している。これは、従来の政策手法を維持しつつ、より高度な技術領域での競争力確保を目指す動きといえる。
●権威主義体制下でのイノベーションをどう考えるか
権威主義体制のもとではイノベーションが起こりにくいとする見方があるが、中国の現状は必ずしもこれと一致しない。国家による強い統制のもとでも、多くの分野で技術開発と産業化が進展していることは事実である。その背景には、資源を集中的に動員できる体制的特徴に加え、企業側にも一定の自律性が維持されている点がある。例えば、ファーウェイのように従業員持株を基盤とする企業では、高い研究開発投資を維持しつつ独自の技術開発を進めており、5G技術では標準特許を通じて国際競争力を確立している。
一方で、中国におけるイノベーションは、「対外開放」と「内部統制」が同時に進むという特徴を持つ。市場や販売の面では海外との連携が維持されており、中国市場の規模を背景に、フォルクスワーゲンのように市場獲得を目的として参入を続ける外国企業も多い。しかし、研究開発については国内に留める傾向が強まっており、企業の研究開発活動は主として中国市場向けに限定される。この結果、中国市場向けの投資は維持される一方で、グローバル市場を対象とした技術開発の拠点としての機能は弱まりつつある。
加えて、近年は中国から海外への技術流出防止や国家安全保障の観点から規制が強化されており、中国企業の海外上場や技術・人材の移転が制限されるケースが見られる。また、ドローン等、一部の分野では開発や輸出に政府の許可が求められるようになっている。例えば、ある中国発AI企業が、シンガポールへ本社機能を移転した後にも、外国企業による買収が中国側の安全保障審査により差し止められた事例があり、移転後の企業活動であっても、国内法の適用対象とされる可能性が示されている。このような事例は、企業が海外拠点を置いた場合であっても、技術や資本の扱いについては国家の統制が及び得ることを示唆している。
この点に関連し、中国における軍民融合の実態について、一枚岩の制度として捉えることは必ずしも適切ではない。国防関連分野の具体的な資金規模や配分の全体像は明確ではないが、国家による関与を起点とし、技術や人材が民間部門へと波及し、そこから新たな用途や事業が生まれるという形でイノベーションが多方面に広がっていく構造が見られる。
4.チャイナ・イノベーションを取り巻く国際環境
●国際分業と相互依存の構造
近年の技術覇権争いが激化する情勢の中で、先端技術の管理強化が進んでいる。米国はAI等の先端技術について対外流出を抑制する方向に動いており、必要な外部技術は取り込みつつ、自国の技術は外に出さないという傾向を強めている。こうした動きは中国でも見られ、各国が技術の囲い込みを進める局面に入っている。
しかし、このような規制強化にもかかわらず、国際経済の構造は完全な分断に向かっているわけではない。中国は製造業において川下の組立から川上までを押さえており、EVではBYDに代表される企業が世界市場で存在感を強めている。一方で、航空機部品等では依然として米国への依存が残っており、単独で完結した産業体系は成立していない。このように、米中は互いに不可欠な要素を持ち、相手に影響力を及ぼし得る「チョークポイント」を握り合う関係にある。
さらに、中国は川上から川下までの供給網を広く押さえつつも、川下の製造工程を手放さない傾向が強く、これが国際分業の構造にも影響を与えており、途上国における工業化率の低下との相関が指摘されている。
また、中国は製造能力を背景として輸出を拡大し、一帯一路沿線国を中心に経済圏を広げているが、同時に米国を中心とする西側の経済圏も維持されており、世界経済は単一の秩序ではなく、複数の枠組みが併存する構造となっている。
このように、米中両国は先端技術の管理を強化しつつも、中国の製造能力や市場規模、また米国の技術的優位といった、それぞれの優位性が交錯する構造が成り立っている。米国は先端分野を中心に中国を抑え込もうとしているが、サプライチェーンの広がりと相互依存の深さから、その実効性には限界があると考えられる。完全には分断できないという意味で、核兵器による「相互確証破壊」に類似した構造として捉えることができる。
●日本への示唆と今後の展望
こうした国際環境の下で、中国のイノベーションは高い競争力を維持しているものの、その持続可能性には構造的な課題も存在する。まず、経済成長の減速が研究開発投資にも影響を及ぼし得る点である。同時に、同一分野への参入が集中することで投資の重複が生じ、効率の低下が指摘されている。国内市場においては競争の激化により価格低下が進み、企業収益が圧迫される傾向が見られる。EV分野においても利益の縮小が指摘されており、次の研究開発投資につながりにくい構造が生じている。このような状況は、マーケット規模を前提としたイノベーションモデルでは、市場の伸びが鈍化した場合に成長が制約される可能性を示している。
さらに、イノベーションの基盤として、エネルギー資源を確保する重要性が高まっている。AI技術の発展は、大量の電力供給を前提としており、各国のエネルギー構造が競争力に直結する。米国は化石燃料を背景に優位性を持つ一方、中国は再生可能エネルギーを基盤とする戦略を進めている。近年のイランをめぐる軍事的緊張の高まりは、石油依存のリスクを改めて認識させる契機となり、各国がエネルギー安全保障の観点から戦略転換を加速させる要因となっている。これに対し、日本は国土の制約の中でいずれにも単純には依拠できず、原子力発電を一定比率で維持しつつ複数のエネルギー源を組み合わせる必要がある。
加えて、レアアースの確保も重要な制約条件である。対中依存度は低下しつつあるが、依然として高く、精錬過程に伴う環境負荷や立地の制約から代替供給の確保は容易ではない。
こうした状況を踏まえると、日本に求められるのは単純な対中依存の回避ではなく、米中の相互依存関係を前提とした戦略的な位置取りである。特に半導体製造に用いられる装置・素材分野のように、日本が不可欠な役割を持つ領域を維持・強化することは重要であり、これは経済安全保障上の交渉力の源泉ともなる。
最終的に、米中は互いに排除することができない関係にあり、日本も両国との関係の中で行動せざるを得ない。その中で重要なのは、どの分野で日本の不可欠性を確保するかという点であり、自国の強みを基盤として関係を管理していくことが現実的な対応となる。
(※1)OECD: OECD MAGIC Database of Industrial Subsidies
(※2)McKinsey & Company: THE CHINA EFFECT ON GLOBAL INNOVATION Exhibit E2: China has established strength in efficiency-driven and customer-focused innovation, but lags in science- and engineering-based innovation
(インタビュー記事にある意見や見解は研究者個人のものであり、所属機関の見解を示すものではない。)
【聞き手・構成】
JSTアジア・太平洋総合研究センター
白尾隆行(特任アドバイザー)、横山聡(副調査役)
