「チャイナ・イノベーション」をどう捉えるか
京都外国語大学共通教育機構 土屋貴裕教授
JSTアジア・太平洋総合研究センター 2026年07月31日
近年、中国は科学技術力が向上し、多くの産業分野で競争力を高めている。「チャイナ・イノベーション」は多様な分野で急速に進展しており、その実態を捉えることは容易ではない。こうした状況を踏まえ、JSTアジア・太平洋総合研究センター(APRC)では、中国のイノベーションの特徴や課題を立体的に明らかにするため、専門家へのインタビューを実施した。今回は、京都外国語大学共通教育機構の土屋貴裕教授にお話を伺う機会を得た。
土屋貴裕(つちや・たかひろ):京都外国語大学共通教育機構教授
略歴
慶應義塾大学環境情報学部環境情報学科卒業、一橋大学大学院経済学研究科応用経済専攻修了。防衛大学校総合安全保障研究科後期課程修了。博士(安全保障学)。外務省専門分析員、在香港日本国総領事館専門調査員、京都先端科学大学経済経営学部准教授などを経て2025年4月より現職。専門は中国研究、応用経済学、安全保障学、データサイエンスなど。
著書
『現代中国の軍事制度――国防費・軍事費をめぐる党・政・軍関係』(勁草書房、2015年)、『米中の経済安全保障戦略』(共著、芙蓉書房出版、2021年)、『習近平の軍事戦略――「強軍の夢」は実現するか』(共著、芙蓉書房出版、2023年)、『新時代の相互主義――地殻変動する国際秩序と対抗措置』(共編著、文眞堂、2023年)など。
1. チャイナ・イノベーションをどう捉えるか
●「イノベーション」をどのように定義するか
中国の「イノベーション(innovation)」を考える際には、同じような意味で使われることも多い「発明(invention)」と区別して捉える必要がある。イノベーションとは、新たな発明や研究成果のみならず、技術やアイデア、プロセス、サービス、制度、組織運営などが実際に活用され、従来にない価値や能力を創出することを指す。この観点に立てば、中国があらゆる分野で独創的な基礎発明を生み出しているとは必ずしも言えない一方で、様々なイノベーションは起きていると言える。
論文数や特許数、研究開発費は基礎研究の状況を示す有効な指標であり、中国ではこれらの指標の増加が続いているが、それだけで直ちに「発明大国」と評価することは難しい。一方、イノベーションを測る指標としては、市場導入率、社会実装の進展度、業務プロセスの改善効果、価格統制以外の要因によるコスト低下、標準化の進展などが挙げられる。中国の強みは、技術を社会や産業へ迅速に組み込む能力にある。この能力は近年さらに向上しており、中国におけるイノベーションの重要な源泉となっている。
●チャイナ・イノベーションの代表例は何か
中国におけるイノベーションのうち、マーケットで高く評価されている分野には、電気自動車(EV)、バッテリー、太陽光パネル、ドローン、デジタル決済のほか、AI、量子技術、高速鉄道、スマート製造などが挙げられる。なかでも世界的に注目を集めているのはEV、バッテリー、太陽光発電である。
EVにおける中国の強みは、完成車としてのEVの生産・販売にとどまらず、電池や部材、充電スタンドなどのインフラ、ソフトウェア、さらには輸出まで含めた包括的なサプライチェーンとエコシステムが形成されている点にある。国際エネルギー機関(IEA)によれば、2025年の中国でのEV販売台数は1,300万台を超え、EV世界販売台数の約6割を中国市場が占めた。また、中国国内の新車販売台数に占めるEVの比率も55%に達している(※1)。
太陽光パネルも同様の傾向が見られる。IEAの統計によれば、中国はポリシリコン、インゴット、ウエハー、セル、モジュールといった太陽光パネルの主要製造工程において、おおむね世界シェアの8割前後を占めている(※2)。こうしたサプライチェーンを背景に、中国は太陽光発電コストの大幅な低下を実現し、世界のエネルギー転換にも大きな影響を与えている。
近年では、AI分野も注目を集めている。中国のAI開発では、DeepSeek(ディープシーク)が注目されている。同社が2025年1月に公開した「DeepSeek-R1」は、強化学習を中心に推論能力を高めたオープンウェイトのモデルであり、同時に公開された小型モデル群には、R1の出力を用いた蒸留が採用された。同モデルは、数学、コーディング、推論などの一部の評価でOpenAIのo1に匹敵する性能を示したと開発元が報告しており(※3)、中国企業が最先端水準の生成AIを開発した事例として注目された。
また、スタンフォード大学の「AI Index 2026」によれば、2025年の民間AI投資額は米国が2,859億ドル、中国が124億ドルであり、日本の11億ドルなどと比べれば多いものの、米中間の差は依然として大きい(※4)。ただし、この統計は民間投資を対象とし、中国の政府系基金などを含まないため、これだけで中国のAI投資総額や投資効率を評価することはできない。
これらの事例から見えてくるのは、中国流のイノベーションの特徴が、必ずしも「最初の発明者」であることにあるのではないという点である。むしろ、制約のある環境下で既存技術や製品を効率化・高度化し、それを迅速に社会実装や市場展開へ結び付けることに強みがある。
●チャイナ・イノベーションの特徴は何か
中国のイノベーションの特徴としては、①社会実装と量産の速度、②産業クラスター化と供給網の厚み、③国家戦略と企業間競争の組み合わせ、④イノベーションの安全保障化、の4点が主に挙げられる。
一つ目の特徴は、研究成果を社会実装し、それを量産化へ結び付けるスピードが速いことである。EV、バッテリー、太陽光発電などに見られるように、中国では研究開発成果を、完成度が高いとは言えない状態でも、迅速に製品化し、市場で実証している。その上で、プロセスの改良、量産、コスト引き下げのサイクルを徐々に短縮している。特にEV、バッテリー、太陽光発電、ドローン、デジタル決済などでは、社会実装と量産化が一体的に進められ、国家プロジェクトとの連動によって速度が加速した面もある。
二つ目の特徴は、産業クラスターの形成と、それを支えるサプライチェーンの厚みである。世界知的所有権機関(WIPO)の「グローバル・イノベーション・インデックス(GII)2025」では、中国は世界トップ10入りを果たしており、「イノベーション・クラスター・ランキング」においても世界トップ100のイノベーション・クラスターのうち24か所を中国が占めた(※5、※6)。このような評価から見ても、中国では深圳・香港、北京、上海、蘇州、杭州、南京などを中心に、大学・研究機関、企業、金融機関、人材、地方政府が一体となって産業クラスターを形成しており、複数のイノベーション・エコシステムが成立している。また、中国政府は2010年に「戦略的新興産業」(※7)の育成を国家方針として掲げ、その後、国家新型工業化産業モデル基地を全国に約300か所整備した。軍民融合分野のモデル基地も36か所指定され、各地で産業集積拠点の形成が進められた。
三つ目の特徴は、国家戦略による重点的支援と企業間の激しい競争が同時に存在する点である。中国では、「戦略的新興産業」や「第十四次五カ年計画」、「第十五次五カ年計画」などを通じて重点分野を明確化し、基金や予算を重点的に投入している。さらに地方政府も土地供給、補助金、インフラ整備、産業基金の設立などを通じて環境を整備している。このような環境の中で、企業間の過剰投資、価格競争、企業淘汰という厳しい競争が生じ、勝ち残った企業が中国国内のみならず国際マーケットでも競争力を獲得してきたという特徴がある。
四つ目の特徴は、イノベーションを安全保障化している点である。習近平体制下では、2014年に提唱された「総体的国家安全観」のもと、すべてが国家安全保障の枠組みに組み込まれてきた。AI、量子技術、半導体、ドローン、衛星、ロボティクス、レアアースなどは、民生利用だけでなく安全保障上の観点からも重要な戦略的技術であると特定し、重点的な産業育成が進められた。「第十五次五カ年計画」の中でも、集積回路(IC)、工作機械、先進材料、バイオ製造などが重点分野として掲げられている。こうした方針は、中国が米中間の技術競争・技術覇権が激化する中で、安全保障上重要な分野で積極的にイノベーションを起こして技術的突破を実現しようと試みていることの表れだと考えられる。
●政策のイノベーションへの効果・貢献をどう評価するか
中国政府の政策は、補助金による不当な価格低下や過当競争を招くことに対する批判がある一方、重点分野等の明確な方向性を示し、企業や研究開発における投資を重点的かつ戦略的に集中させるという大きな役割を果たしている。政府が重点分野を設定すると、それに応じて予算や各種支援が配分されるため、企業は経営資源や研究開発資源を集中させる傾向がある。
例えば、中国政府はこの十数年、「インターネット・プラス」や「AI・プラス」などの政策を推進してきた。こうした政策の下で、企業はインターネット技術やAIを既存産業と結び付けたり、関連予算や基金を活用したりしながら研究開発や事業展開を進めてきた。その結果、産業の競争力が向上するような効果も一定程度見られている。
2. チャイナ・イノベーションと科学技術
●科学技術の「自立自強」を目指す取り組みをどう評価するか
中国が掲げる「自立自強」や「自主創新」は、ゼロから新しいものを生み出すことよりも、安全保障政策と合致するように重要技術における海外依存を減らし、国家として必要な技術基盤を確保するための政策・戦略と捉える方が実態に近い。このため、「自立自強」は単なる科学技術政策ではなく、安全保障政策とも結び付いた経済・産業政策として位置付けられる。
「自主創新」については一定の進展と成果が見られるものの、すべての分野で技術的自立を達成しているわけではない。例えば、バッテリー、太陽光発電、EV、ドローン、デジタル決済、AI、産業用ロボットなどの分野では、中国企業は国際市場においても高い技術力と量産能力を獲得しており、単なるキャッチアップ段階を超えて、「自主創新」を実現していると評価できる部分もある。また、集積回路、工作機械、基礎ソフトウェア、先進材料なども重点分野として研究開発が進められ、国際競争力のある産業基盤の形成が一定程度進展している。
一方で、中国自身も「コア技術」における課題を認識している。「中国製造2025」以降、半導体の国産化は進展したものの、高性能半導体、半導体製造装置、電子設計自動化(EDA)ソフトウェアなどでは、なお海外依存が残る。また、産業用ロボットに使われる高精密減速機では国産化が進んでいるが、高性能品市場では安定性や一貫性の面から輸入依存が残っている。
米中間の技術競争で焦点となった先端半導体、半導体製造装置、EDAソフトウェア、航空エンジンなどでは、コア部材・コア技術への外国依存が残る。中国政府もこれらを、ボトルネックやチョークポイントを意味する「卡脖子(qiǎ bózi)」として認識している。国産化が進んだ分野でも、カタログ上の性能を安定して再現できないことや、品質・歩留まりで日本や欧米に及ばない場合がある。これらの多くは、製造装置や精密機器など、長期的な技術蓄積と工程改善を必要とする領域であり、日本や欧米諸国が依然として優位性を維持している。
●研究開発シーズを基盤としたイノベーションについて
中国のイノベーション・エコシステムは、政府機関、国家実験室、大学・付属研究機関、産業界、技術移転機関・仲介機構、産業基金など、多数の主体から構成されている。これらの主体が連携し、研究成果を技術移転、社会実装、産業化へ結び付けている点に特徴がある。ここ数年、このような社会実装を支える制度が整備・拡充されている。実際に、中国国家統計局が発表した2025年の技術契約取引額は7兆5,734億元に達し、前年比10.8%増となった(※8)。
また、研究開発・技術移転を担う拠点が数多く整備されていることも中国の特徴である。例えば、「国家工程研究センター」は、国家戦略上重要な技術の工程化研究や成果の産業化を担う研究開発拠点である。「国家認定企業技術センター(国家級企業技術センター)」は、国が認定する企業内の研究開発組織であり、研究開発、技術移転、産業化を担っている。また、イノベーション・エコシステムの主体の一つである「仲介機構」は、大学と産業を仲介する組織であり、公的機関、民間組織、官民連携組織、コンソーシアムなど、形態は多岐にわたる。
一方で、課題もいくつか存在する。中国は応用研究や工程・プロセス改善、社会実装には強みを持つものの、長期的な基礎研究の推進、研究者による自律的な研究活動、研究者主導の知識創出という面については制度的な制約などの課題が残っている。
3. チャイナ・イノベーションをめぐる論点
●「軍民融合型イノベーション」の特徴は何か
中国の軍民融合型イノベーションの特徴としてまず挙げられるのは、軍事技術開発において米国を強く意識している点である。中国は独自技術の創出を進める一方、米軍の作戦構想や技術動向を追跡し、既存技術を応用することも重視している。具体的には、AIを活用した指揮・統制や状況認識、無人機・自律システム・衛星のネットワーク化、多数の無人機を統合運用する群制御(swarm)などがある。米国では、Palantir Technologiesなどが政府・軍向けにデータ統合・AIソフトウェアを提供し、運用支援を担っている。中国も同様の領域で、軍民融合の枠組みを通じて研究開発と実装を進めている。
中国が比較的優位性を持つ分野として量子技術が挙げられる。特に量子鍵配送(QKD)では世界を先導する成果を上げており、2016年には世界初の量子科学実験衛星「墨子号(Micius)」を打ち上げ、衛星・地上間の量子鍵配送に成功した。その後、北京・上海間の光ファイバー幹線と衛星通信を統合した量子セキュア通信網を構築し、2025年には小型衛星「済南1号」によるリアルタイムQKDを実証した。量子通信ネットワークの大規模実証では、中国は世界を先導している。
このほか、中国は低コストセンサーの統合、北斗衛星測位システム、サイバー分野、電子戦対策、認知戦関連技術などにも注力している。これらはいずれも民生・軍事の双方で重要性が高い典型的な軍民融合・デュアルユース技術である。こうした分野では、全く新しい発明を生み出しているというよりも、実装・応用を通じたイノベーションを実現していると捉える方が正確である。
量子技術は、量子計算、量子通信、量子センシングで競争状況が異なる。米国は量子計算の企業・ソフトウェア基盤で強みを持つ一方、中国はQKDや量子通信網の大規模実証で先行している。したがって、国全体を一括して優劣判定するよりも、技術領域ごとに評価する必要がある。
●米国の軍産複合体やシリコンバレーとの違いは
中国では民間企業が軍事産業へ参入する際、かつて「軍工四証」と呼ばれる4種類の認証取得が求められた。その後、認証の統合・簡素化が進み、一般に「軍工三証」と呼ばれる制度となった。また、中国政府は軍が必要とする民生技術を示す「民参軍」技術目録を公表してきたが、公開資料で継続的に確認できるのは2018年頃までであり、その後の公表状況は明確ではない。
こうした制度においては、重要な民生技術を積極的に軍事転用するため、軍が必要とする技術を対象に公募が行われてきた。公募内容はその都度異なるが、海洋関連技術、センサー技術、量子技術など様々である。また、軍だけでなく一般の政府調達においても、軍関連用途の公募が出され、民間企業が落札する例もある。このような方法で、中国では国有企業だけでなく民間企業の技術を積極的に軍事部門へ取り込んでいる。
このほか、中国では軍民両用または軍事転用可能な国家プロジェクトに、民間企業と地方政府が協力して参加する例も多い。代表例として、港湾の無人化やスマートポート化が挙げられる。深圳港や天津港などでは、港湾の自動化やネットワーク化を進めるプロジェクトにHuaweiやZTE(中興通訊)などの民間企業が参加している。これらの技術は物流効率化という民生目的を持つ一方、港湾が軍事物流にも使用され得るため、デュアルユース性を有する。
●「軍民融合」から「一体化した国家戦略システムと能力」への変化
中国の軍民融合政策は現在も継続しているが、「軍民融合」という表現は、2018年末頃以降、中央の主要文書や演説で前面に出る頻度が低下した。2022年の中国共産党第20回全国代表大会報告でも「軍民融合」への直接の言及はなかった一方、同大会で改正された党規約には「軍民融合発展戦略」が国家戦略の一つとして明記されている。
一方、中央の主要文書では「一体化した国家戦略システムと能力」という表現が重視されるようになった。この考え方は、2017年6月の中央軍民融合発展委員会第一次全体会議で、習近平が「軍民一体化の国家戦略システムと能力」を段階的に構築すると述べたことにさかのぼる。これは、軍民融合を手段として、軍事・経済・科学技術などの資源を国家全体で統合する能力に焦点を移した表現と捉えられる(※9)。
こうした考え方には、米国を参考にした側面もある。米国には軍産複合体が存在するが、中国にも十大軍工企業集団があり、それに加えて多くの民間企業が国家プロジェクトへ参加している。特にAI分野では、アリババやテンセントなどの民間企業を国家プロジェクトに参画させるとともに、企業内の党組織などを通じて党の影響力も確保している。こうした官民連携は、米国でも民間AI企業の技術を防衛・安全保障分野に取り込む動きが強まっている点で共通するが、企業統治への党の関与という制度条件は異なる。
●軍民融合型イノベーションの課題は何か
軍民融合には、民間と軍事部門の技術、人材、資源を相互に活用できるという利点がある一方、いくつかの課題も存在する。第一に、軍事部門の高い機密性とオープンイノベーションの両立が難しいという点である。軍事部門の情報機密性が高いため、大学や民間企業との技術・研究開発交流には一定の制約が伴う。このため中国は、「軍工三証」などの制度緩和を進め、コア技術の共同開発や民間企業への研究開発委託を通じて、軍民融合型イノベーションの促進を図っている。
第二に、軍民融合の推進が国際社会の警戒を招くことである。軍事転用への懸念から、輸出管理、投資規制、制裁措置、研究・教育交流の制限などが強化される傾向にあり、中国にとっては国際的なオープンイノベーション環境の中で海外の先端技術や知識を獲得することが以前より難しくなっている。そのため、中国は「自主創新」や「自立自強」を一層重視せざるを得ない状況に置かれている。
第三に、軍民融合は国家主導・軍主導の色彩が強く、企業の自主性やマーケットによる選別機能を弱める可能性がある。企業は軍のニーズに対応した技術開発を求められるため、短期的な実装には有効である一方、自由な探索や失敗を許容する研究開発環境とは必ずしも相容れない。その結果、長期的には高度な技術開発やイノベーション創出が阻害され、新たなボトルネックが生じる可能性もある。
また、中国では習近平体制下で2014年に提唱された「総体的国家安全観」に基づき、あらゆる分野で安全保障化(セキュリタイゼーション)が進展している。軍民融合に限らず、軍、地方政府、民間企業が連携して国家的課題に対応する発想が強まっていることも、現在の習近平体制の特徴であり、今後どのような変化が生じるか引き続き注視する必要がある。
●権威主義体制とイノベーションの関係に関する評価
中国の事例を見ると、権威主義体制そのものがイノベーションを一律に促進するわけでも、逆に阻害するわけでもない。促進要因としては、国家が資源を重点分野へ集中投入できること、政府主導で長期計画を策定して実行を推進できること、インフラ整備や地方政府の動員を戦略的に進められることなどが挙げられる。また、巨大なマーケットを活用した実証・実装や、各種情報・データの収集を比較的容易に進められることも特徴である。
反対に、阻害要因もいくつか存在する。情報統制があり、党と政府による「党国体制」を揺るがしかねない技術や産業の育成は難しいため、企業や研究者は検閲や政治的リスクを考慮する必要がある。また、規制の予測可能性が低く、企業にとっては、開発した技術やサービスがいつ規制対象となるか不透明であるというリスクもある。アリババの事例に見られるように、政府方針と対立しかねない企業活動や技術開発に対し、党・政府は強い警戒を示す。
重要なポイントは、権威主義体制そのものがイノベーションを促進或いは阻害しているわけではないという点である。中国でイノベーションが進展している背景には、資源の集中投入、軍民融合、データ活用、社会実装の迅速化といった要素が組み合わさっている。そのため、制度的条件が整っている場合には、権威主義体制の下でもイノベーションが起きるという方が正確である。
この点を理解する上では、ロシアとの比較が参考になる。ロシアも権威主義的な政治体制を有し、軍事、宇宙、原子力などでは高い技術力を持つ。しかし、中国のような巨大な民生市場、広範な製造業クラスター、地方政府間の競争、活発なテック企業群、輸出を通じた量産体制は限定的である。そのため、権威主義体制か否かではなく、権威主義的な制度条件が産業基盤、市場競争などに結び付いてイノベーションを支える仕組みとして機能するかどうかが重要である。
●「権威主義的イノベーション」と「民主的イノベーション」
カナダの研究者コーツ(Ken Coates)は、民主主義国家では倫理審査、個人のプライバシー保護、国家権力の制限、法的監視などの制約がある一方、中国やロシアなどの権威主義国家ではそのような制約が少なく、技術開発・実装を有利に進められることに着目し、急速な技術変化の時代には、世界は「権威主義的イノベーション」と「民主的イノベーション」という2つの流れに分かれる可能性を指摘している(※10)。
民主主義体制の強みとしては、研究の自由、法の支配、透明性、知的財産権の保護、そして国際的な信頼が挙げられる。特に近年は、同盟国や同志国、友好国との共同研究開発・技術協力を進めやすいことが強みとなっている。一方で、人権やプライバシーの保護、高い倫理基準、安全性の確保などが重視されるため、確かに社会実装を迅速に進めることは容易ではなく、この点は権威主義体制とは異なる。
しかしながら、AI、量子技術、バイオテクノロジー、医療、重要インフラといった分野では、単に開発や実装のスピードが速ければよいわけではない領域もある。むしろ、信頼性、透明性、倫理性、国際標準との整合性も重要な要素となる。中国が先行している分野の一部でもこれらの点に課題が残るため、今後どこまで世界的に普及していくかについては見極めが必要である。
例えば、中国の研究チームは2018年、体細胞核移植によるカニクイザルのクローン作製を報告した。同年には賀建奎がヒト胚のゲノム編集によって子どもを誕生させたと発表し、研究倫理と監督体制をめぐって国際的な批判を受けた。前者は動物モデル研究であり、後者は遺伝可能なヒトゲノム編集を臨床的に実施したもので、科学的・倫理的な性質は異なる。倫理規範の差を論じる際には、政治体制だけでなく、研究目的、被験対象、倫理審査、規制違反の有無を区別して評価する必要がある。
●「権威主義体制下のイノベーション・エコシステム」について、2021年からの変化は何か
2021年に発表した論文「権威主義体制下のイノベーション・エコシステム」(※11)では、中国の強みが実装型・プロセス型のイノベーションにあると分析した。その後の展開を見ると、この傾向はむしろ一層鮮明になったと言える。特にEV、バッテリー、太陽光発電、産業用ロボットなどの分野では、中国は一定水準のコア技術を獲得したうえで量産化を進め、価格引き下げやサプライチェーン拡大を実現している。2021年の分析の延長線上で、当時の予想を上回る拡大が進展している。
一方、当時は予想していなかった変化として、AI分野の急速な発展が挙げられる。2021年時点でも中国には多くのAI企業が存在していたが、2022年11月にOpenAIがChatGPTを公開して以降、中国でも生成AIの研究開発が急速に進展し、DeepSeekなど国際的に注目されるモデルも登場した。また、AIに関する規制の整備がなお過渡期にあることも重要である。中央政府レベルではAIの活用と規制強化の双方を進めているが、地方政府は民間における活用を積極的に支援している。ChatGPTやAnthropic(アンソロピック)社のClaudeが中国国内から利用しにくい状況にあっても、海外での利用や関連技術の獲得を試みることは可能であり、制約のある環境でも効率化や応用の展開を加速させている。
最近話題となった事例として、自律型AIエージェントのOpenClaw(オープンクロー)がある。複数の業務を継続的に自動化できることから、AIエージェントを活用して少人数で事業を運営する「一人会社(One-Person Company: OPC)」が注目され、一部の地方政府も創業支援策を打ち出している。OpenClawのアイコンが赤いロブスターであることから、中国では「ロブスターを飼う(养龙虾)」という表現も使われる。こうした大衆的なAI活用の促進は、かつての「大衆創業、万衆創新」に通じる面がある。
さらに、2021年以降に大きく変化した点として、地政学的環境の変化が挙げられる。2021年時点では、ポストコロナへの移行、ロシアによるウクライナ侵攻、米国のベネズエラへの軍事作戦、イランとの戦争などは当時予測されていない。他にも、半導体分野の規制や対中投資規制、サプライチェーンの再編、中国が現在進めている重要鉱物の規制などもイノベーションに大きく絡んでいる。また、中国がデジタル監視、デジタル統治などのようなデジタルガバナンスを現在積極的に強化しようとしており、そこではAIの活用も行われている。このように、イノベーションを取り巻く環境は2021年当時と比べて大きく変化している。
●日本への示唆
中国のイノベーションから日本が示唆を得られる点は、研究開発で終わらせず、研究成果の社会実装、量産化、標準化、海外展開までを一体的に進める仕組みである。日本では、実証から実装までに時間を要することが以前から課題となっている。例えば、トヨタは自治体などと自動運転の実証を進め、2027年度中にレベル4自動運転システムを搭載した車両の市場投入を目指している。日本では制度整備と社会受容を併せて進める必要があり、実装速度だけで単純比較はできないものの、実証成果を事業化へ移す仕組みの改善は引き続き必要である。
実証・実装を加速させ、機会を増やすためには、産官学連携の強化に加え、市場規模の拡大と投資規模の確保も必要である。日本政府が「戦略17分野」を定め、官民投資ロードマップの策定や支援策を進める取り組みは重要である。ただし、限られた財源を多数の分野に配分すれば、一分野当たりの効果が薄まる可能性がある。そのため、民間投資を促しながら基金や産業規模の拡大を図るとともに、政策目的と評価指標を明確にし、重点分野を絞って投資する必要がある。
また、中国は技術を獲得する側から技術を保有する側へと移行しつつあり、このような中国の技術面での台頭は日本に新たな課題を提起している。現在の日本は、基礎研究、半導体製造装置、先端材料、精密計測機器、ロボット、パワー半導体などの分野で依然として強みを有している。しかし、中国が今後これらの分野でキャッチアップする可能性を考えると、研究や技術開発を先行して進めるだけでなく、コア技術や基礎技術を適切に保護するとともに、研究成果を迅速に産業化し、市場シェアの獲得やイノベーションの創出につなげていくことが重要な課題となる。
以上
(※1) The International Energy Agency (IEA). "Global EV Outlook 2026." p.18, 20 May 2026.
(※2) The International Energy Agency (IEA). "Solar PV Global Supply Chains." pp.7, 17-18, 07 July 2022.
(※3) DeepSeek-AI. "DeepSeek-R1."
(※4) Stanford Institute for Human-Centered Artificial Intelligence (HAI). "The 2026 AI Index Report." p.182, April 2026.
(※5) World Intellectual Property Organization (WIPO). "Global Innovation Index 2025." pp.19, 55-56, 292-293, 2025.
(※6) World Intellectual Property Organization (WIPO). "Innovation Cluster Ranking 2025." 2025.
(※7) 中国国務院 「国務院関于加快培育和発展戦略性新興産業的決定」、2010年10月10日。
(※8) 中国国家統計局 「中華人民共和国2025年国民経済和社会発展統計公報」、2026年2月28日。
(※9) 土屋貴裕 「中国・軍民融合発展戦略の新展開「一体化した国家戦略システムと能力」の構築」 日本国際問題研究所『研究レポート 「国家間競争時代の経済安全保障と日本外交」研究会』 FY2023-3号、2024年1月19日。
(※10) Ken Coates. "Authoritarian Innovation - The Intrusive Potential of Emerging Technologies." December 10, 2020.
(※11) 土屋貴裕 「権威主義体制下のイノベーション・エコシステム―新興技術の研究開発・社会実装をめぐる中国の戦略と課題―」 『国際安全保障』49巻 (2021-2022)1号、2021年6月。
(インタビュー記事にある意見や見解は研究者個人のものであり、所属機関の見解を示すものではない。)
【聞き手・構成】
JSTアジア・太平洋総合研究センター
北場林(室長)、渡辺浩司(フェロー)
