「チャイナ・イノベーション」をどう捉えるか
立命館大学政策科学部特任教授 周瑋生氏
JSTアジア・太平洋総合研究センター 2026年09月28日
近年、中国は科学技術力が向上し、多くの産業分野で競争力を高めている。「チャイナ・イノベーション」は多様な分野で急速に進展しており、その実態を捉えることは容易ではない。こうした状況を踏まえ、JSTアジア・太平洋総合研究センター(APRC)では、中国のイノベーションの特徴や課題を立体的に明らかにするため、専門家へのインタビューを実施した。今回は、立命館大学政策科学部特任教授(立命館大学名誉教授)の周瑋生氏にお話を伺う機会を得た。
周 瑋生(しゅう・いせい):立命館大学政策科学部特任教授
略歴
中国出身、1995年京都大学大学院物理工学科高温物理工学専攻修了(工学博士)。
NEDO産業技術研究員、RITE主任研究員・研究顧問、立命館大学法学部准教授等を経て、2002年より立命館大学教授。
研究・著書
専門は資源・エネルギー問題、気候変動問題、サステイナビリティ学。経済、エネルギー、環境、技術の調和ある持続可能な発展に向けた分析・評価、政策提言に関する研究を行う。主な著書(共著)に『地球を救うシナリオ―CO2削減戦略』(日刊工業新聞社、2000年)、"East Asian Low-Carbon Community"(Springer、2021年)、『SDGs時代のサステイナビリティ学』(法律文化社、2022年)、『Foundations of Quantitative Happiness』 (Springer Nature, 2025)、『Decarbonization Policy Engineering』(Springer Nature, 2026)など。
1.エネルギー転換から見るチャイナ・イノベーション
●エネルギー転換はチャイナ・イノベーションの代表例
中国のエネルギー転換は、チャイナ・イノベーションを考える上で代表的な事例の一つである。
中国では、太陽光発電、風力発電、EV、蓄電池などの分野で、技術開発だけでなく、量産化、低コスト化、市場形成、サプライチェーン構築までが非常に速いスピードで進んできた。重要なのは、これを単純に「中国が新しい技術を発明した」と捉えるのではなく、既存技術を改良し、大規模に社会実装し、その過程でさらに技術革新を誘発する「実装型・規模拡大型イノベーション」として捉えることだと思う。
これを一言で表現するなら、「発明から実装へ、実装から再革新へ」という中国型イノベーションの循環だと考えている。
また、「中国はイノベーションのフォロワーからフロントランナーへ移行したのか」という論点につなげることもできる。太陽光・EV・電池では、単なる「キャッチアップ型」では説明できない段階に入った、という整理である。
中国型イノベーションには、少なくとも五つの特徴がある。
第一は、政策と市場の結合である。中央政府が脱炭素化、EV化、再生可能エネルギーなどについて長期的な方向性を示す一方、その具体的な技術や企業の選択については、極めて激しい市場競争が展開されている。したがって、「政府主導」という側面だけで中国のイノベーションを説明することは十分ではない。
第二は、巨大市場を利用したスケールアップである。新しい技術を研究室や実証段階にとどめることなく、大量生産・大量導入することによってコストを低下させ、さらに市場を拡大するという循環が形成されている。特に太陽光発電、蓄電池、EVでは、「技術革新→量産化→コスト低下→市場拡大→さらなる技術革新」という好循環が明確に見られる。
第三は、完全な新規発明よりも、統合・改良・工程革新を重視するイノベーションである。例えばEVでは、単に電池技術だけではなく、モーター、パワー半導体、車体設計、ソフトウェア、AI、急速充電、サプライチェーンなどを統合し、一つのシステムとして競争力を高めている。
第四は、極めて激しい企業間競争である。中国市場では多数の企業が参入し、価格、性能、開発速度、デジタル機能などをめぐって競争を繰り広げている。この競争は、過剰投資や過当競争といった問題をもたらす一方、技術進歩とコスト低下を加速させる強力な圧力としても作用している。
第五は、イノベーションの速度である。中国では、「研究開発を行ってから市場に投入する」という一方向的なプロセスだけではなく、まず市場に投入し、ユーザーから大量の情報を収集し、それを基に短期間で改良を加え、再び市場に投入するという反復型のイノベーションが極めて速い速度で進展している。
したがって、中国のエネルギー転換を考察する際には、個々の技術について「誰が最初に発明したのか」だけを見るのではなく、誰がそれを最も速く、大規模かつ低コストで社会実装し、その社会実装をさらに次の技術革新へとつなげたのかという視点が重要である。
この意味において、中国のエネルギー転換は、政策、技術、市場、資本、サプライチェーン、そして巨大な需要を相互に結びつけた一種の「イノベーション・エコシステム」として理解することができる。
もちろん、そこには課題も存在する。過剰生産能力、過度な価格競争、地方政府間競争、企業淘汰、電力系統の制約、さらには国際的な貿易摩擦などである。しかし、こうした問題を内包しつつも、太陽光発電、風力発電、EV、蓄電池などに見られる急速な技術進歩とコスト低下は、現在の中国のイノベーション能力とその形成メカニズムを理解する上で、極めて重要な現象である。
●政府主導だけではない―政府・市場・企業が循環する仕組み
中国のイノベーションについては「政府主導」と説明されることが多いが、それだけでは十分ではない。政府は長期的な方向性を示し、重点分野を設定する一方、具体的にどの技術が普及し、どの企業が生き残るのかについては、市場や企業間競争による選択が働いている。
中央政府が方向性を示し、地方政府や企業がそれを実行する。そして企業が市場に製品を投入し、社会で利用されることで新たな課題や需要が生まれ、それが次の技術改良につながる。このように、政府、企業、市場、研究機関などがそれぞれの役割を果たしながら循環することが、中国型イノベーションの重要な特徴である。
2.政策・市場・企業が生み出すグリーン・イノベーション
●長期的な政策が「初期市場」をつくる
エネルギー分野では、研究開発から実用化、量産、社会普及までに長い時間がかかり、設備投資にも巨額の資金が必要になる。そのため、企業にとって将来の市場が見えない状態では、大規模な投資を行うことは難しい。そこで重要になるのが、政府による長期的な政策方向の提示である。
再生可能エネルギーや蓄電池などを長期的な重点分野として位置付けることで、企業は将来の市場をある程度予測できる。また、新しい技術は初期段階ではコストが高いが、政策によって一定の需要を生み出すことができれば、生産量が増え、量産効果によってコストが低下する。コストが下がれば市場がさらに拡大し、再び生産量が増える。この循環を生み出すことが、政策の重要な役割となる。
したがって、中国のグリーン・イノベーションの強さを、単純に補助金の多さだけで説明することはできない。政策によって方向性と初期市場を示し、その後は市場競争と企業努力によって技術・コストの改善が進むという循環を見る必要がある。
●競争と量産が技術とコストを同時に改善する
中国では特定の産業に多くの企業が参入し、激しい企業間競争が生じる。その結果、過剰生産能力や価格競争、企業淘汰といった問題も起こる。しかし、競争が激しいからこそ、生き残ろうとする企業は製造工程を改善し、コストを下げ、製品性能を高めていく。
大量生産によって経験が蓄積され、製造工程が改善され、さらにコストが低下する。巨大な国内市場、製造能力、人材、サプライチェーン、金融などが組み合わさることで、技術開発と量産化が短いサイクルで進むことになる。中国の産業競争力は、こうした複数の要素が組み合わさって形成されている。
●中央政府から地方政府へ―政策を「実行」に移す仕組み
中国では、中央政府だけでなく地方政府の役割も大きい。中央政府が目標を設定すると、地方政府は企業誘致、土地、インフラ、資金などを動員し、それを具体的な地域政策へと落とし込む。また、炭素排出削減などの目標が地方政府の評価とも関係するため、地方政府自身にも目標達成に向けたインセンティブが生まれる。こうした仕組みによって、政策目標が中央政府の文書にとどまらず、地方政府、企業、研究機関などを巻き込んで実行される。中国の特徴は、政策の方向性を示すだけでなく、それを大規模に実施する仕組みを持っている点にもある。
中国のグリーン・イノベーションから得られる重要な示唆は、イノベーション政策とは、単に研究開発費を投入することではないということだと思う。
政府の重要な役割は、将来の方向性を示し、初期市場を形成し、インフラを整備し、企業が競争できる環境をつくることである。そして最終的な技術や企業の選択は、できる限り市場競争に委ねる。
これを、「政府が方向を示し、政策が市場を育て、企業が革新し、競争が選別する」という中国型グリーン・イノベーションの政策メカニズムとして捉えることができる。
3.「0から1」から「1から100」へ―中国のイノベーション能力
●「発明」だけではイノベーションにならない
中国のイノベーションを考える際には、「発明」と「イノベーション」を区別する必要がある。発明とは、これまで存在しなかった原理や技術を新しく生み出すことである。しかし、それだけでは社会的な価値は生まれない。製品化し、量産し、コストを下げ、多くの人に利用されるようにして、経済的・社会的な価値を生み出すところまで含めてイノベーションと考える必要がある。
中国は歴史的に、海外で開発された技術を導入し、吸収・改良して量産することに強みを持ってきた。いわば「0から1」よりも「1から100」に強かったのである。ただし、これは現在の中国にもそのまま当てはまるわけではない。中国では基礎研究能力も向上しており、量子技術などの先端分野でも研究開発が進んでいる。エネルギー分野でも、次世代蓄電池など、新しい原理や材料に関わる研究が進められている。
●「導入→改良→量産→社会実装→再イノベーション」の循環
中国型イノベーションの大きな特徴は、技術を導入して終わるのではなく、それを改良し、量産し、コストを下げ、社会に大規模に普及させるところにある。技術導入、吸収・改良、製品化、量産、コスト低下、社会実装、市場からのフィードバック、再イノベーションという循環が形成される。
研究室では分からなかった問題も、実際に大量に使われることで明らかになる。消費者や企業から得られたフィードバックが次の製品改良につながるため、社会実装はイノベーションの最後の段階ではなく、新しいイノベーションを生み出すための過程でもある。中国の場合、巨大な国内市場、製造業の集積、厚いサプライチェーンが存在するため、この循環を大規模かつ速いスピードで回すことができる。
気候変動問題を解決するためには、世界最高性能の太陽光パネルやEVを少数生産するだけでは十分ではない。何億枚もの太陽光パネル、何千万台ものEV、膨大な量の蓄電池を、社会が負担可能な価格で供給する必要がある。
したがって、グリーン技術においては、「最高性能を実現する能力」と同時に、「優れた技術を低コストで大量に普及させる能力」もまた、極めて重要なイノベーション能力である。
さらに近年では、中国企業自身が研究開発のフロントランナーとなる分野も増えている。
すなわち、中国のイノベーションをいつまでも「外国技術を導入し、低コストで大量生産するモデル」として理解することは、もはや実態に即していない。
現在、中国のイノベーションは、Catch-up → Scale-up → Cost down → Innovation → Frontier Innovationという段階的な変化を遂げつつあると捉えることができる。
もちろん、このモデルにも弱点は存在する。規模拡大を過度に重視すれば、過剰設備や過当競争を生み出す可能性がある。また、基礎研究や独創的な原理発明については、米国などが依然として優位性を有する分野も少なくない。
したがって、中国型モデルを過大評価する必要もなければ、逆に「模倣と大量生産」のモデルとして過小評価することも適切ではない。
重要なのは、イノベーションを「誰が最初に発明したのか」という観点だけではなく、「誰が技術を改善し、低コスト化し、大規模に社会実装し、さらにその社会実装から次の技術革新を生み出したのか」という観点から評価することである。
この意味において、中国の強みを一言で表現するならば、「発明をイノベーションに変え、イノベーションを産業に変え、産業を社会変革につなげる力」にあると考えられる。
●「量」と「質」は対立しない
こうした特徴は、中国のイノベーションを「量」と「質」のどちらで評価するのかという問題にもつながる。中国は太陽光発電、風力発電、EV、蓄電池などで世界最大級の生産・導入規模を持つ。しかし、生産量が大きいことが、そのまま世界最高の品質を意味するわけではない。一方で、「中国は量だけで質がない」と評価するのも適切ではない。
大量生産によって企業は経験を蓄積し、技術を改善する。技術が改善されれば市場がさらに拡大し、再び生産量が増える。つまり、「量が質を生み、質がさらに量を生む」という循環を見る必要がある。中国のイノベーションを評価する際には、単純に「0から1」か「1から100」か、「量」か「質」か、という二分法ではなく、両者がどのように結び付いているのかを見ることが重要である。
したがって、中国のイノベーションを評価する場合、
①技術の独創性・先進性
②研究開発から産業化への転換力
③コスト競争力
④システム統合能力
⑤社会実装と社会的インパクト
⑥経済的・産業的な持続可能性
という多面的な評価が必要だと考えている。
もう一つ重要なのは、中国のイノベーションが現在、発展段階そのものを変えつつあることである。かつては、Technology Import → Catch-up → Mass Production → Cost Downというキャッチアップ型の特徴が強かった。しかし現在、一部のグリーン技術では、Scale-up → Learning → Indigenous Innovation → Frontier Innovation → Global Diffusionへと移行しつつある。
したがって、中国のイノベーションを「量から質へ」と単純に表現するよりも、「量によって質を高め、質によってさらに新しい市場と量を生み出す段階に入っている」と捉える方が適切だと思う。最終的には、「どれだけ作ったか」だけでも、「どれだけ新しい技術を発明したか」だけでもなく、「新しい価値をどれだけ創出し、それをどれだけ低コストで社会に普及させ、さらに次のイノベーションにつなげられたか」によって評価することが重要だと考えている。
4.「双碳」から考える脱炭素、エネルギー安全保障と持続可能性
●「双碳」が促す長期的なエネルギー転換と産業・イノベーション政策
中国の「双碳」、すなわち2030年までのカーボンピークアウト、2060年までのカーボンニュートラルという目標は、エネルギー・イノベーションに大きな影響を与えている。「双碳」は単なる環境規制ではなく、長期的なイノベーション政策・産業転換政策として捉えることが重要である。特に、2020年の目標表明以前から中国の再エネ・EV産業は成長していたので、「双碳がイノベーションを生み出した」と言い切るより、既存の動きを国家全体の長期戦略へ格上げし、加速・統合したと評価するのが適切だと思う。中国政府も「政府と市場の両輪」「科技・制度イノベーション」を双碳政策の基本原則に位置付けている。
最も重要なのは、長期的な方向性が明確になったことである。エネルギー転換には数十年単位の取り組みが必要であり、長期目標が設定されることで、企業や研究機関は将来を見据えた研究開発や設備投資を行いやすくなる。
また、「双碳」は脱炭素を環境政策だけの問題ではなく、産業政策やイノベーション政策の問題へと変えている。再生可能エネルギー、蓄電池、EV、水素などの技術開発は、新たな産業の育成とも結び付いている。
●個別技術からエネルギーシステム全体へ
脱炭素を実現するためには、個別の技術を導入するだけでは十分ではない。例えば、太陽光や風力を大量に導入すれば、天候による発電量の変動に対応するため、蓄電システムや送電網が必要になる。
さらに、EVの普及によって電力需要の構造も変化する。そこに水素、デジタル技術、AIなども加わる。
中国では超高圧送電網も大規模に整備されており、長距離送電という点では日本より進んでいる面もある。したがって、中国のエネルギー転換を評価する際には、太陽光や風力の導入量だけでなく、それを支える送電、蓄電、需給調整などのシステム全体を見る必要がある。
●「最適化」ではなく「ロバスト性」―不確実な未来にどう備えるか
脱炭素とエネルギー安全保障を考える際には、「どちらを優先するか」という二者択一ではなく、複数の目標を同時に達成するための方法を考える必要がある。CO₂排出量を削減するだけでなく、エネルギーの安定供給、経済成長、産業競争力、環境保全などを同時に考えなければならない。
ここで重要になるのが、「最適化」と「ロバスト性」を区別することである。
通常の最適化では、ある条件を前提として、その条件の下で最も効率がよく、コストの低い解を求める。しかし、エネルギーシステムを取り巻く環境や気候変動問題は高度な不確実性を有する。資源価格が変化することもあれば、戦争や地政学的緊張によってサプライチェーンが寸断されることもある。気候変動によって自然条件が変化する可能性もある。つまり、「現在想定している条件が将来も続く」という前提そのものが不確実なのである。
そこで考えられるのが「ロバスト性」という考え方である。ロバストとは、ある一つの条件の下で最も効率がよいということではなく、複数の異なるシナリオに対しても機能し、特に重大な失敗やシステム全体の破綻を避けられることを意味する。
例えば、ある発電方法について、通常時には最も安価で効率的な方法があったとしても、その燃料を特定の国からほぼ全面的に輸入しているとすれば、国際情勢が変化した場合に大きなリスクを抱えることになる。多少コストが高くても、複数のエネルギー源を組み合わせ、供給先を分散し、一定の余裕を持ったシステムを構築する方が、予期せぬ事態に対しては強い場合がある。
この観点から見ると、エネルギーシステムにおける「余裕」や「冗長性」も重要になる。すべてをぎりぎりまで効率化するのではなく、需要の変動や供給途絶に対応できる余力を持たせることで、システム全体の安定性を高めることができる。
中国の再生可能エネルギー導入についても、こうした視点から考えることができる。中国では太陽光発電設備が非常に大規模に導入されている。単純に考えれば、需要に対して発電設備が多すぎることは非効率に見える。しかし、エネルギー安全保障という観点から見れば、発電能力に一定の余裕を持たせることは、将来の需要変動や他の電源の不安定化に対する「強さ」につながる可能性がある。
もちろん、太陽光発電を大量に導入すれば、それだけでロバストなエネルギーシステムになるわけではない。再生可能エネルギーは天候によって発電量が変動するため、蓄電池、送電網、需給調整、電力市場などを組み合わせる必要がある。したがって、ロバスト性は個別技術の問題ではなく、エネルギーシステム全体の設計に関わる。
一方で、ロバスト性を高めることにはコストも伴う。余裕を持った設備や複数の供給源を確保すれば、平常時には効率が悪く見える場合もある。つまり、「効率性」と「ロバスト性」の間にはトレードオフが存在する。
重要なのは、どのようなリスクをどこまで許容し、どこまでの余裕を持たせるのかを判断することである。エネルギー政策では、単純に「最も安い」「最も効率がよい」という一点だけを追求するのではなく、将来起こり得る様々な状況を想定し、システム全体として致命的な失敗を避けられるかどうかを考える必要がある。
なお、ここでいう「ロバスト性」は、中国政府が明示的に「ロバストなエネルギー政策」という政策概念を掲げているという意味ではない。中国政府が実際にこの言葉を政策理念として明確に打ち出していることを示す研究は、少なくとも現時点では確認できない。むしろ、これは中国のエネルギー政策やエネルギー転換を分析するための一つの視点として捉えるべきものである。
脱炭素、エネルギー安全保障、経済成長、産業競争力という複数の目標を同時に考えるならば、「最適なエネルギーシステム」を一つに決めるのではなく、不確実な未来に対してどれだけ壊れにくいシステムを構築できるかという視点が、今後ますます重要になるだろう。
したがって、中国が直面している本質的な課題は、単なる「最適なエネルギーミックス」を探すことではなく、どのような未来が来ても、脱炭素・安定供給・経済性・安全保障を一定水準以上確保できる「ロバストなエネルギー転換」をどう設計するかにあると考えている。
一言で言えば、中国の戦略は、
「古いエネルギーを先に捨ててから新しいエネルギーをつくる」のではなく、「新しいエネルギー体系を構築しながら、古いエネルギーへの依存を段階的に低下させる」
というアプローチだと考えている。
この説明は現在の実態とも整合する。
国家能源局(国家エネルギー局)によると、今年7月末時点で全国の太陽光発電の設備容量は初めて石炭火力発電を上回って12億8600万キロワットに達した。すなわち、中国では太陽光発電が「最大の電源」になった。
中国では、全国の発電総設備容量のうち、太陽光発電が31.5%を占めるようになった。今年1~7月の全国の太陽光発電量は前年同期比15.5%増で8024億キロワット時を突破した。単純計算では、中国全国で消費される電力量8キロワット時のうち1キロワット時は太陽光発電によるものである。
また、世界の太陽光パネル10枚のうち8枚は「中国製」である。中国企業が保有する中核技術は世界トップクラスで、次世代の新型太陽光技術も開発が急がれている。
一方、政策上は石炭火力について「増容量、控電量、促転型」、すなわち設備容量を一定程度確保しつつ発電量を抑え、基礎保障・システム調整電源へ役割を転換する方針が示されている。
●「グリーン」と「サステナブル」は同じではない
グリーン・イノベーションを考える際には、「グリーン」と「サステナブル」を区別する必要がある。
例えばEVは脱炭素に貢献するが、バッテリーの製造にはリチウム、ニッケル、コバルトなどの資源が必要であり、資源採掘にはエネルギーや水、土地が必要になる。太陽光発電も発電時のCO₂排出量は少ないが、パネルの製造にはシリコン、ガラス、アルミニウムなどが必要であり、製造工程でエネルギーも消費する。
さらに、これらの製品が大量に普及すれば、将来的には大量の使用済み電池や太陽光パネルが発生する。そのため、脱炭素への貢献だけでなく、資源採掘から製造、利用、廃棄・リサイクルまでを含むライフサイクル全体で評価する必要がある。
リサイクルについても、単なる「廃棄物処理」ではなく、使用済み製品から資源を回収し、再び原材料として利用する「資源循環」として捉えることが重要である。持続可能なグリーン・イノベーションを実現するためには、製品を作る段階から将来のリサイクルまで考えた設計が求められる。
中国のグリーン・イノベーションは、今後「量」から「質」への転換が問われる。
第一に、脱炭素と持続可能性を区別する必要がある。CO₂削減だけでなく、資源、水、土地、生物多様性、廃棄物まで含めたライフサイクル評価(LCA)が不可欠である。Low Carbon ≠ Automatically Sustainableである。
第二に、エネルギー転換は「化石燃料への依存」を低下させる一方、リチウム、銅、ニッケル、レアアースなど「重要鉱物への依存」を高める。このため、Material Efficiencyと資源安全保障の視点が重要となる。
第三に、使用済みEV電池や太陽光パネルを廃棄物ではなく二次資源として捉え、Waste → Secondary Resourceへの転換を進める必要がある。さらに、長寿命化、修理・再使用、分解容易性、リサイクル可能性を製品設計段階から組み込むDesign for Circularityが次世代イノベーションの鍵となる。
中国はこれまで、大量生産→コスト低下→大量普及によってグリーン技術の社会実装を加速してきた。次の課題は、これを大量普及→大量回収→再利用・再資源化→再製造という循環へ発展させることである。すなわち、Low Carbon → Low Environmental Impact → Circular Economy → Sustainable Innovationへの進化こそ、中国のグリーン・イノベーションの「質」を評価する重要な基準である。
5.中国のグリーン技術の国際競争力と東アジア協力
●中国のグリーン技術を支える競争力―技術・コスト・サプライチェーン
中国のEV、太陽光発電、蓄電池などが国際市場で強い競争力を持つ理由を、単純に「価格が安いから」と説明することはできない。また、政府による補助金だけでも説明できない。
技術力とコスト競争力、世界的なサプライチェーン、企業間競争、巨大市場、製造効率、人材、資源へのアクセス、金融、そして長期的な産業政策など、多くの要素が組み合わさっている。特に中国企業は、技術性能を高めながら同時にコストを下げることに強みを持つ。大量生産によって製造工程を改善し、設備効率を高め、部材の調達コストを下げながら、製品そのものも改良していく。
また、市場の変化に対する反応速度も速い。消費者の需要や市場の動向を素早く把握し、短期間で製品開発に反映させる。こうした市場感応度の高さに加え、長期的な産業政策によって研究開発や製造能力が蓄積されてきたことが、現在の国際競争力につながっている。
●日本・中国・韓国―競争から協力へ
東アジアの日本、中国、韓国は、化石燃料への依存、脱炭素、エネルギー安全保障、経済成長、産業競争力など、共通する課題を抱えている。
一方で、それぞれ異なる強みを持っている。日本は材料・部材、省エネルギー・環境技術、品質管理などに強みがある。韓国は半導体、デジタル技術、量産技術などに強みを持つ。中国は再生可能エネルギー、EV、蓄電池、大規模生産、サプライチェーン、巨大市場、社会実装などで強みを持っている。したがって、三カ国を単純な競争相手として見るだけでなく、それぞれの比較優位を組み合わせる協力相手として捉えることが重要になる。
●エネルギーシステム・資源循環・第三国市場での協力
協力分野としては、まず共同研究や共同実証が考えられる。次世代蓄電池、新しいエネルギー技術、資源循環などでは、それぞれの研究・技術上の強みを組み合わせる余地がある。
また、再生可能エネルギーそのものだけでなく、蓄電、送電、系統管理、電力市場、需給調整など、エネルギーシステム全体でも協力できる可能性がある。蓄電池については、重要鉱物の確保だけでなく、使用済み電池から資源を回収する循環システムの構築も重要になる。さらに、カーボンプライシングやカーボン取引、環境基準、国際標準など、制度・ルールの面でも協力の余地がある。
協力の舞台は三カ国の国内市場に限られない。例えばインドなど、今後エネルギー需要が大きく増加すると考えられる第三国市場において、日本の品質管理やプロジェクトマネジメント、韓国の製造・デジタル技術、中国のコスト競争力や大規模生産能力を組み合わせることも考えられる。
●政治関係を超えて協力を維持するために―「科学・信頼・協力」
もっとも、日中韓協力には政治的な課題もある。歴史問題、安全保障、経済安全保障、先端技術をめぐる規制などによって、国家間関係が変化する可能性がある。
そのため、政治関係が良好な時だけ機能する協力ではなく、関係が悪化した場合にも、一定程度機能し続ける仕組み、いわゆるロバスト関係を考える必要がある。中央政府だけでなく、研究者、大学、企業、地方政府、国際機関など、多様な主体が共同研究、データ共有、共通標準、共同実証などの実務的な協力を積み重ねることが重要になる。
国際的なエネルギー・環境問題では、科学的な事実を共有するだけでも、信頼だけでも十分ではない。科学的なデータや事実を共有し、相互の信頼を築き、それを実際の協力につなげる制度や枠組みが必要である。
その意味で、国際協力には「科学・事実」「信頼」「協力」の三つが重要になる。中国のグリーン・イノベーションをめぐっても、日本、中国、韓国が競争するだけではなく、それぞれの強みを生かしながら協力することで、脱炭素、エネルギー安全保障、経済成長、産業競争力という複数の課題に対応していくことが求められる。
(インタビュー記事にある意見や見解は研究者個人のものであり、所属機関の見解を示すものではない。)
【聞き手・構成】
JSTアジア・太平洋総合研究センター
北場林(室長)、松田侑奈(フェロー)
