第2回アジア・太平洋研究会「中国の第14次五カ年計画期における産業・技術政策」(2021年7月21日開催/講師:大西 康雄)
大西 康雄(おおにし やすお)氏
科学技術振興機構アジア・太平洋総合研究センター 特任フェロー
略歴
1977年早稲田大学政治経済学部卒業。同年アジア経済研究所入所。
在中国日本国大使館専門調査員、中国社会科学院工業経済研究所・客員研究員、アジア経済研究所地域研究センター長、ジェトロ上海センター所長、同アジア経済研究所新領域研究センター長等を経て、2020年7月より現職。専門は、中国経済。
著書に『東アジア物流新時代』(共編著、アジア経済研究所、2007年)、『中国 調和社会への模索』(編著、アジア経済研究所、2008年)、『習近平政権の中国』(編著、アジア経済研究所、2013年)、『習近平時代の中国経済』(単著、アジア経済研究所、2015年)、『習近平「新時代」の中国』(編著、アジア経済研究所、2019年)ほか。
第2回アジア・太平洋研究会リポート
「対米摩擦長期化にらみ「守り」と「攻め」の戦略―中国第14次五カ年計画で大西氏分析」
中国では今年3月、全国人民代表大会(全人代)で、「国民経済・社会発展第14次五カ年計画(2021~25年)と2035年までの長期目標要綱」(以下、要綱)が承認され、その内容が公表された。科学技術振興機構(JST)アジア・太平洋総合研究センターの特任フェロー、大西康雄氏は7月21日、第2回アジア・太平洋研究会で講演し、同要綱と2035年長期目標の産業・技術政策に焦点を当て、中国の戦略転換の背景や今後の展望について独自の解説を行った。
オンラインで講演する大西特任フェロー (撮影:大家俊夫)
対外開放政策を調整
演題は「中国第14次五カ年計画期の産業・技術政策」というもので、大西氏は同要綱について「対米摩擦と新型コロナ感染症への対応が色濃く反映された。とくに対米摩擦は長期化するとの判断から、対外開放政策を調整し、昨年から始まった発展戦略の見直しをする必要があった」との見方を示した。
その結果、同要綱では国内と海外の両循環の関係を再定義する「双循環」戦略が鮮明に打ち出され、中国の成長をリードしてきた対外開放戦略の方針転換が示された。大西氏は、「双循環」を含む次の4項目を挙げた。
- ① 従来の輸出志向から内循環重視への転換
- ② 産業の高度化
- ③ イノベーション主導の発展実現
- ④ 対外開放=外循環も引き続き重視
大西氏はこのうち、①と②は「守りの政策の調整」とし、③と④は「これまでの方針を再確認するとともに、攻めの政策を表している」と分析し、次のように説明した。
①は、内需を拡大するとともに、中間層を育成し、農村を含む市場の育成を重視するものだ。この方針は、習近平主席による「生産、分配、流通、消費の各段階が国内市場に、より大きく依存するという好循環を実現すべき」(中央財経委講話)との発言を反映した形だという。
②は、海外に依存していた核心技術を国産化するとともに、国内のサプライチェーン(供給網)を強化する。産業の安全や国家の安全を守るため、自らがコントロールでき、安全で頼りになる産業チェーンとサプライチェーンを構築し、多国間FTA(自由貿易協定)を通じた仲間づくりを目指すものだ。
③は、新型コロナへの対応で中国の科学技術力は力も発揮したが、弱さも露呈したとの認識に立って、基礎研究成果と市場応用を有機的にかみ合わせなければならないとの方針が示された。
④は、産業の質を高め、国際的な産業チェーンを中国との依存関係に引き付け、外国の産業チェーンを中国と断絶しようとする動きに対し、強力な反撃力と抑止力を構築する。外国の産業チェーンをむしろ、中国に依存させることを狙うものだ。
「双循環」戦略に布石
今回打ち出された「双循環」戦略には、背景があるという。それは中国のマクロ経済の推移である。大西氏は「2020年はコロナで影響を受けたが、内需を意味する最終消費支出(下記グラフの緑の部分)が外需を意味する純輸出(同・赤の部分)をこの10年ずっと上回っている。さらに2021年の第一四半期は最終消費支出が復活して成長を支えている」ことを指摘。「中国はすでに内需主導型に移行していることが分かる」とし、このことが今回の「双循環」戦略の背景になっていると指摘した。
(大西氏講演資料より)
次世代AI・量子情報を重視
同要綱は全19編で構成。第1編の現状認識や指導思想などの記述に続いて、第2編では、注目される中国のイノベーション・科学技術政策が紹介されている。大西氏はこの第2編について「先端科学技術分野の攻略」として、以下の項目が盛り込まれていることを示した。
- ① 次世代AI(人工知能)
- ② 量子情報
- ③ 半導体
- ④ 脳科学、脳模倣型人工知能
- ⑤ 遺伝子、バイオテクノロジー
- ⑥ 臨床医学、健康
- ⑦ 深宇宙、深地球、深海、極地探測
大西氏はこのうち、中国が特に重視している技術として、
を挙げ、「次世代AIは生産性を上げるための技術。量子技術は中国が世界をリードしている分野だ。米国との摩擦や新型コロナとの関係で供給不足になった半導体分野も重点となった」と指摘する。
大西氏によると、科学技術攻略のため、中国は「国家重大科学技術インフラ」の強化を掲げている。それは以下の4つのタイプに分けられる。
- ① 戦略誘導型
- 宇宙環境観測、大型低速風洞、海底科学観測網
- ② 応用支援型
- 量子ビーム施設、ガスタービン実験装置、超重力延伸模擬実験装置
- ③ 未来誘導型
- 硬X線自由電子レーザー、宇宙線観測ステーション、総合極端条件実験装置
- ④ 民生改善型
- トランスレーショナル医学研究施設、地震科学実験場
デジタル中国戦略の全貌
今回の五カ年計画には、「デジタル中国の建設」という項目も盛り込まれた。大西氏は関係図(下記参照)を示しながら、次のように話した。
「5Gの実装をはじめ、スマート交通・物流・エネルギー・製造の実現を目指し、デジタル経済を目指し、同時に北斗(GPSシステム)や自動運転、IoT(モノのインターネット)を通じてデジタル社会を進めていく。一方、インターネット安全法や個人情報保護法を整備してデータ管理を強化していく。それと並行して行政のデジタル化も進め、デジタル政府をつくり、中国全体のデジタル化を建設する計画だ」
(大西氏講演資料より)
2035年までに「中等先進国」に
同要綱では2035年長期目標も採択された。中国は2035年に「社会主義現代化」の基本的実現を掲げており、大西氏は「習近平主席にとって重要な仕上げの年となる」とみている。一人当たりの国内総生産(GDP)を「中等先進国」水準に引き上げることが初めて明記され、それを含めて次の9項目が挙げられた。
- ① 社会主義現代化の基本的実現。経済力・科学技術力・総合的国力の飛躍的向上、世界有数のイノベーション型国家の構築
- ② 現代化された経済システム構築
- ③ 法治国家・法治政府・法治社会の基本的建設
- ④ 国家の文化的ソフトパワー増強
- ⑤ 美しい中国の実現(グリーン生産・生活、CO2排出量ピークアウト)
- ⑥ 国際的な経済協力、競争への参画で新たな優位性
- ⑦ 一人当たりの国内総生産を「中等先進国」水準に引き上げ
- ⑧ 平安中国建設、国防・軍隊の現代化の基本的実現
- ⑨ 人の全面的発展と人民の共同富裕の実質的進展
同要綱の産業・技術政策を数値目標で見ると、どうなるのか。大西氏は次のような主な2025年目標数値を挙げた。
- ① 全社会研究開発費→年7%超増
- ② 都市化率→65%(現在60%前後)
- ③ 失業率→5.5%以下
- ④ 1万人当たり発明特許保有件数→12件(2020年は6.3件)
- ⑤ デジタル経済産業増加値GDP比→10%(同年は7.8%)
- ⑥ R&D(研究開発)中の基礎研究投入比→8%(同年は6.2%)
- ⑦ 戦略的新興産業のGDP比率→18%(13.5期は15%)
④の発明特許に関連し、科学技術国際化戦略として、特許出願の強化と国際交流重視の方針も同計画に盛り込まれた。その中で、2025年に中国の中央企業が米、欧、日で持つ有効特許数を2019年比倍増する目標が掲げられた。また、知財分野の国際交流を引き続き重視し、FTAの知財協議にも積極的に関与していく方針も打ち出された。
大西氏によると、中国は、
- ①2020年国内特許出願受理件数が149.7万件(前年比6.9%増)
- ② 同年・国内特許登録件数が53万件(同17.1%増)であり、
- ③ 国際特許出願件数は6.872万件(同16%増)で世界第1位
-の実績があるという。
デカップリングの影響、限定的
大西氏は中国の課題にも触れ、「競争優位が労働力をはじめとする諸コスト高騰で次第に失われている」とし、スマイルカーブ(下図参照)を示しながら、「中国はいま、得るものが少ないカーブの底辺(組み立て)に位置している。今後は新しい競争優位を上流(研究開発、ソフトウエア、半導体、液晶)や下流(マーケティング、ブランド、小売り、ソリューション)に求める必要がある」と指摘した。
(大西氏講演資料より)
最後に米中関係の注目点として「内循環」戦略の中で、核心技術の輸出禁止と自己開発重視の方針を挙げ、「輸出禁止輸出制限技術目録や輸出管理法が整備され、コントロールが強められている。自己開発重視の方針は、外から技術が入ってこない場合に備えたものだ」と語る。
米国のデカップリング(切り離し)ついては、「中国の対応は防御的であり、米国の政策も限定的なものだ。中国の国内市場や中国が進出している新興国資市場にはデカップリングの効果は及ばないだろう」と大西氏は話し、講演を結んだ。
JSTアジア・太平洋総合研究センターでは、
「中国の双循環(二重循環)戦略と産業・技術政策 ― アジアへの影響と対応」と題した研究プロジェクトを進めている。大西氏は「今後、成果を発信していきたい」としている。
(文: サイエンスポータルアジアパシフィック 編集長 大家 俊夫)
(※本記事は科学技術振興機構に帰属し、記事や資料、写真の無断転用を禁じます)