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第5回アジア・太平洋研究会「半導体をめぐる米中競り合いと日本----オリジナリティが問われている」(2021年10月19日開催/講師:井上 弘基)

開催日時: 10月19日(火) 15:00-16:30

言  語: 日本語

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

講  師: 井上 弘基氏
一般財団法人 機械振興協会 経済研究所 首席研究員

講演資料:「 第5回アジア・太平洋研究会講演資料」 ( PDFファイル 3.76MB )

井上 弘基(いのうえ こうき)氏
一般財団法人 機械振興協会 経済研究所 首席研究員

<略歴>

慶應義塾大学経済学部卒。
慶應義塾大学経済学研究科修士(理論経済学)、同博士課程単位取得退学(経済政策論)。
1991年経済研究所入所
1999年~2000年国士舘大学政経学部「産業政策」(特殊講義)、名城大学地域産業集積研究所兼任研究員
1996年~2001年関東学院大学経済学部(非常勤講師)「経済政策論」「産業論」
2019年から産業技術総合研究所客員研究員(兼職)。研究領域は技術と経済の相互循環、同政策論

著書・共著に『激動する日本の「モノづくり」』(勁章書房、2018年)。報告書に「粘り強くリレーで技術を維持培養する北米の社会経済ネットワーク」(2020年3月)、「データ活用サービス競争力の基盤たるメモリストレージ・システムとエッジAIハードの両輪」(2019年3月)、「アメリカンイノベーションにみる軍=学=ベンチャーの突破力」(2018年3月)、「「戦略結晶ハード」活用AI関連産業へのベンチャー/大企業連携並びにエッジAIデバイス活用サービスの構想人材について」(2017年03月)など。

第5回アジア・太平洋研究会リポート「日本が出すべき二の矢、三の矢の戦略とは-井上氏提言」

10月19日開催のアジア・太平洋研究会で、一般財団法人機械振興協会経済研究所の井上弘基首席研究員が「半導体をめぐる米中競り合いと日本----オリジナリティが問われている」と題して講演した。井上氏は法人の見解でないと断った上で、半導体をめぐり米中の争いが激化する中、日本はその戦略で縮こまらず積極的に発信し、チャンレンジすべきと訴えた。

半導体をめぐり米中にはさまれる日本のイメージ 
(井上氏講演資料より)

井上氏は講演を楽曲にたとえて2部構成にして、第11部は「半導体の『問題』化:狂騒曲」とし、半導体の問題が世界中で大騒ぎになっている状況を報告。第2部は、「世界が問う日本半導体のオリジナリティ:組曲」とした。

● 軍民両用技術が対立の背景に

第1部では、井上氏は半導体をめぐって米中が対立している背景について、「マクロ的には中国が経済でも軍事でも世界的に大きな存在になって台頭してきたということがあり、かつ中国国内の民主主義や統治のあり方をあまりよろしくないと考えるところから、アメリカは危機感を高まらせている」と指摘。

そのうえで、「私の想像では、ピンポイントで非常にハイレベルの危機感をもたらすのは民主主義や統治のありかた以上に軍事の問題だろうと思っている」とし、以下のように解説した。

「そもそも半導体というものは典型的な軍民両用技術(Dual Use Tech)で、米中でも軍事用にも民間用にも活発に使われる技術、部品である。それゆえに軍事用と民間用が産業としても経済としても隔離されて別々のコースをたどっている場合はあまり相互に影響がないけれども、軍民両用になって一般産業の中に溶け込んでいる状態だと、一般産業の競争力が即、軍事的な影響をもたらす。軍民両用が進めば進むほど一般産業が軍事との関係性を深める形になり、デジタルトランスフォーメーション(DX)の可能性やデジタル技術の使いこなしが軍事側でも産業側でも高まることになる。それを支えているのが半導体だから、米中ともにとても神経質になる製品だということになってしまったわけである」

井上氏は、かつての日米半導体摩擦を引き合いに出し、「当時の日米半導体摩擦は、日本があまりにもアメリカに輸出しすぎでダンピングではないかと摩擦になったが、今は逆でアメリカの方が中国に対して半導体の輸出超過になっている。しかしアメリカは 特に先端の半導体とその製造能力・設計能力については輸出したくない、技術情報を共有したくない、あるいは少なくとも引き伸ばしたいという出し惜しみをしている」と言う。

これに対し、中国はファンドで投資を募って中国国内の半導体、製造装置と材料を育てようとするなど、総力を挙げて半導体のサプライチェーン(供給網)を自前で整えようとしている最中だという。

「中国に装置を輸出しないとか半導体チップを輸出しないとかいうだけならまだしも、やはり影響が大きいのは人の交流制限である。人の交流を制限したり、交流をチェックしたりするようになると中国はいくら国内で頑張るといっても、半導体の発展は急速なので半導体に携わる人材が学んだことがどんどん古くなってしまうこともあり、そういう意味でなかなか困難な面があるだろう」と語った。

● 軍事用の半導体への誤解

井上氏は「軍事用の半導体というと、一部の人は何か最先端、超微細、凄いことになっているのではないかと想像されるかと思う。ところが実態はずいぶん違う」として、誤解されがちな点を以下に示した。

「微細化チップへのまとまった需要はスパコンである。暗号の解析や核爆発のシミュレーション、気象予測などたくさんの超微細なチップはスパコンを回すのに使われる。逆に戦闘機やミサイルでは、微細化したチップはごくわずか数チップずつのみで量的には少なく、ほとんどは緩いプロセスの古くから使われた半導体だ。そこを誤解しないでほしい」

アメリカ政府は中国の半導体受託生産最大手の「中芯国際集成電路製造」(SMIC)というファウンドリー(半導体チップの生産工場)に対し、先端の製造装置を輸出してはならないとか、オランダに対し実際、先端的な露光機(EUV)という装置を中国に輸出しないでくれと交渉しているという。

「特別な装置がないと微細なチップが絶対に作れないというのも誤解されている。そうではなくて作れることも多いということを覚えておいてほしい。非常に量が少ない場合は、別のタイプの製造装置(例えばマスクリソグラフィのマスクを使わずに電子ビームで一筆書きのようにして形をそのまま作りこむ装置)でも作れる。ただその場合は、電子ビームをゆっくり動かしながら作るので膨大な時間がかかり、量産には全く向かないが、極めて少ない量でも国家安全保障のために何が何でもほしい、作らなくてはいけないという場合には、中国はたぶん無理をしてでも作るだろう」との見方を示した。

● TSMC誘致成功の要因

講演の第2部は、その中で米中の狭間にある日本がオリジナリティを発信していく、それはただTSMC誘致とかメモリとかの一個のことではないという意味で、あえて音楽の組曲に例え、『2.世界が問う日本半導体のオリジナリティ:組曲』とタイトルを付けた。

TSMCとは、世界最大の半導体受託生産会社である台湾積体電路製造のことで、日本が熊本県にTSMCの工場を誘致することが決まった。

今年6月に経済産業省の「半導体・デジタル産業戦略」が発表された。TSMCの熊本進出に「決定的な力を及ぼしたのは何なのか」とし、次のように説明した。

「補助金だと思われるかもしれないが、それだけではない。大きな要因はソニーというお客様の力だ。大口の顧客がいて、さらに補助金が追っかけでプラスになっているので進出が決まった」

「逆のパターンを考えれば分かると思う。お客さんがいない状態で補助金を出したとすると、莫大な金額を出せば別だが、一般的な補助金だけでは誰も来ない。マーケットがないところにファウンドリーを建てることは普通あり得ない。誘致するためには、半導体の国内市場を広げていかないとファウンドリーは寄り付かない。今回は、ソニーがいたから寄り付いた」

● 半導体戦略の重点項目とは

井上氏は「世界は日本人が思っている以上に日本のことをみていて、日本がどういう策を出してくるのかに関心を持っていると思う。もしもTSMCの工場を日本に誘致したのが日本の半導体戦略であると言ったら、世界中からそっぽを向かれるかもしれない。二の矢、三の矢となる戦略をこれから充実していってもらいたい」と述べ、半導体戦略の重点項目について次の3点を提案した。

  1. メモリで日本初のフラッシュメモリー会社による世界戦略
  2. ロジックの日米連携によるファブレス(=工場がない設計だけの会社)
  3. 日本独特の装置・材料による「囲われ型」でない日本発グローバルエッジ

日本の可能性について、
「日本では、現在のクラウドに集中する形ではなくて、エッジ側・端末側に近い形のコンピューティングをクラウドコンピューティングと組み合わせる形で、なんでもクラウドに上げるのではなく現場側でもでもある程度できることはしてしまうコンピューティングを特色にできないかと政府においても言われている。しかしその割にはその問題と経産省の半導体戦略は案外つながっていないように私は思う。ロジックも大事だけれど、省電力タイプではエッジ側が大切になるし、装置や材料については日本が強いということもあるので、ここも日本的なりの特色が出せるだろう」と分析。

井上氏は、日本のオリジナリティについて

  1. メモリ重心コンピューティングを見据えたメモリ「システム」戦略
  2. グリーン・ロジックス(ファブレス)
  3. 世界が驚くユニークな装置

-の3点で特色やオリジナリティが出せるとの見解を述べた。

講演後の質疑応答で、「中国は最先端の5nm(=ナノメートル)や7nm相当の半導体を目指しているのか。それとも少し枯れてきている20nm以上のところのどちらを目指しているのか」との質問があった。

井上氏は「中国はもちろん大国でお金は湯水のように何にでも使って良いという時期があり、そのときには5nmでも何でも必要であれば全てと考えていたはずである。しかし、今は現実的になって、20nm台を重点に、16nmや14nm等になんとかチャレンジしたいと思っているところではないか」と回答した。

(文: サイエンスポータルアジアパシフィック編集長 大家俊夫)