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第7回アジア・太平洋研究会「『インド・シフト』~世界のトップ企業はなぜ、「バンガロール」に拠点を置くのか?~」(2021年12月9日開催/講師:武鑓 行雄)

日  時: 2021年12月9日(木) 15:00~16:30 日本時間

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

言  語: 日本語

講  師: 武鑓 行雄 氏
元 ソニー・インディア・ソフトウェア・センター 社長

武鑓行雄

武鑓 行雄(たけやり ゆきお)氏

元 ソニー・インディア・ソフトウェア・センター 社長

略歴

ソニー入社後、NEWSワークステーション、VAIO、ネットワークサービス、コンシューマーエレクトロニクス機器などのソフトウェア開発、設計、マネジメントに従事。
2008年〜2015年まで7年間にわたり、インドのシリコンバレーを呼ばれるバンガロールのソニー・インディア・ソフトウェア・センターに責任者として着任し、戦略的な拠点としての規模拡大に貢献する。
2015年末に帰国し、ソニーを退社。帰国後もインドIT業界団体であるNASSCOMの日本委員会の委員長など、インドIT業界と日本企業の連携を推進する活動を継続している。
2018年3月に『インド・シフト 世界のトップ企業はなぜ、「バンガロール」に拠点を置くのか?』(PHP研究所)を上梓。
2021年4月より、慶應義塾大学SFC研究所上席所員
(慶応義塾大学工学部卒業、および、大学院工学研究科修士課程修了)

第7回アジア・太平洋研究会リポート
「日印連携で世界に技術革新を 元ソニー・武鑓氏」


「日本とインドがうまく連携することで、世界にインパクトを及ぼすイノベーションの創出が可能になるのではないか――これが私の伝えたい最も大きなメッセージです」。元ソニー・インディア・ソフトウェア・センター社長の武鑓行雄氏は、2021年12月9日に開催されたアジア・太平洋総合研究センターの研究会の講演でこのように切り出した。

同氏がバンガロールに赴任した2008年当時、同社の全社員数は600名ほどだったが、7年間でその規模は3倍に成長し、今や国外ではソニーグループ最大の開発拠点となった。米シリコンバレーのトップIT企業も次々とバンガロールに開発拠点を設置しており、その規模は年々拡大しているという。なぜ世界でこうした「インド・シフト」が起きているのか。

講演する武鑓行雄氏(斎藤撮影)

世界中のIT企業が集積 バンガロールの実像

バンガロール(正式にはベンガル―ル)は元来、工学系の大学が集積し、またデカン高原に位置するため1年を通じて快適な気候である。結果として在地企業が成長し、インド最大のITハブとして、オフショア開発(ソフトウェアのコーディング作業、テスト、メンテナンス)から上流工程まで手掛ける拠点に成長。2017年調査の「デジタル・シティ指標」では、サンフランシスコを抜き世界第1位となった。

インド全体を俯瞰すると、過去20年間で、IT関連サービスの総売り上げは80億ドル(2000年)から24倍に、国内総生産(GDP)は6倍に成長した。GDPは、新型コロナ禍前は、最先端IT技術の獲得を維持しつつ今後10年間で日本に並ぶと予測されていたという。

武鑓氏のインド赴任はリーマン・ショック直後に重なったが、成長率は依然高い水準を維持した。スマートフォンの普及やブロックチェーン・人工知能(AI)技術の登場など、様々な破壊的イノベーションの黎明も後押しに、景況に左右されない高成長を続けてきた。

「一方で、日本はインドからの輸出額で言うと、欧米諸国に比べて圧倒的に少ない水準です」と武鑓氏は指摘する。インドから世界へのIT関連サービス輸出額を見ると、アメリカ合衆国62%、ヨーロッパ諸国28%に対し、日本は2%以下のその他諸国に分類され、1%以下にすぎない(円グラフ参照)。

IT関連サービス輸出額見込内訳(2016年)
注:NASSCOM資料から。分野はIT Services(58%)、Engineering R&D and Software Product(19%)、BPO(23%)。
(武鑓氏講演資料を基に再構成)

世界を支える高度IT人材を続々輩出

タタ・コンサルタンシー・サービシズ(TCS)、インフォシス(Infosys)、ウィプロ(Wipro)など、インドITサービス企業の従業員数はIBMなど米系グローバルITサービス企業と遜色なく、また、そうしたグロ―バル企業においても3~4割はインドで雇用される。株価でもその企業価値が高く評価されている。インドでは、理工系の新卒者数が日本の10倍以上おり、高い技術力を保ちつつ、生産性向上の努力でコスト優位性を持続しているのだ。

例えばインフォシスは、1981年バンガロールで創業し米NASDAQに上場している企業。業務系のITサービスから製品関係の開発など幅広く手掛け、今世紀の20年間で従業員数は50倍に、売上は70倍に成長し、2021年8月には企業価値の1000億ドル超えが注目された。東京ドーム26個分という世界最大規模の人材育成センターを擁し、1万人が同時に宿泊可能で、4-6カ月間でアメリカ合衆国のコンピュータ・サイエンス専攻の大学学部卒レベルのITスキルを修得させるという。

インドは国外にも優秀人材を輩出している。米系ITグローバル企業の経営陣には、インド生まれで、国内で大学教育を受けた人物が並ぶ。「インドのITサービス企業は世界の顧客から受注するアウトソーシング事業として成長してきたため、本来的にグローバルビジネスなのです」(武鑓氏)。

マイソールに所在するインフォシスのグローバル研修センター外観
(武鑓氏講演資料より)

インドに集積する世界1430社の開発拠点は、インドで「グローバル・ケイパビリティ・センター」(GCC)と呼ばれる。「グローバルとされる理由は、インド国内でなく『世界に』提供するサービスという位置づけだからです」(武鑓氏)。「イノベーション・ハブ」という、ベンチャー企業への支援を通じて自社の新事業創出に生かす動きもある。業界分布で見ても、狭義のIT分野から自動車、小売、金融まで幅広く、例えば半導体チップセットの設計や、モバイル決済のシステム構築を、インドで行っている場合も多い。

多分野のITユニコーン企業も登場

インドでは近年、多くのユニコーン企業(創業から10年以内、企業評価額が10億ドル以上の未上場ベンチャー企業)が登場している。業種は金融、医療、小売など多様で、ユニコーン企業数は2021年11月時点で67社(前年比35社増)となった。また、B to B型での世界展開が増加傾向にある。

インド発のイノベーションの例として武鑓氏は、生体認証を用いた国民IDシステム「アーダール」の導入を挙げる。当初は登録するかどうかは任意にもかかわらず、5年半で10億人の国民が登録した。この上に「India Stack」というパブリックな技術的基盤を展開している。4つのレイヤーごとにソフトウェアの機能を共有する仕組みAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)が公開されており、デベロッパーがさまざまなアプリケーションの開発が可能である。このシステムでは、UPI(統合決済インターフェース)を用いた銀行間決済手数料の無償化や、プレゼンスレス(役所に出向かずできる)手続きを実現し、幅広いサービスの利便性向上に貢献した。

社会課題がチャンスを生む インド発イノベーション

「先進国の企業人たちは、しばしば『新興国は、先進国の製品なら無条件にありがたく受け入れる』と思い込む節がありました。実際は現地のニーズに合わせて1から作り直さなければ、誰も受け入れてくれません」と武鑓氏は語る。

とりわけインドには、多様性、最先端人材、起業家精神など、イノベーションに適した社会の土壌がある。社会課題を科学技術で解決する事例も多い。環境(制度的・物的インフラ)が整っておらず、制約が多いからこそ技術革新が生まれる――こうした潮流は「リバース・イノベーション」と呼ばれている。

IT分野での日印連携が進まない理由に、こうした世界動向への理解不足がある、と武鑓氏は指摘する。手続き重視の日本的慣習、英語を標準としないビジネス環境など、グローバル・スタンダードとの違いも、優秀な人材を遠ざける要因となっている。

冒頭で触れたように、インドIT企業の連携先は米国をはじめとしたIT先進国が多く、彼らと組むことで世界最先端の技術導入事例を知ることができる。「世界に伍するうえで、日本はインドとのIT・デジタル分野での連携を積極的に検討すべきです。そのために日本企業はもっと、自社の技術的魅力をアピールすることが必要です」武鑓氏はこのように締めくくった。

(文: JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 斎藤 至)


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