日 時: 2022年1月14日(金) 15:00~16:30 日本時間
開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)
言 語: 日本語
講 師: 沖 大幹 氏
東京大学総長特別参与、大学院工学系研究科 教授
沖 大幹(おき たいかん)氏
東京大学総長特別参与、大学院工学系研究科 教授
略歴
東京大学工学部卒業、同大学院工学研究科修了。工学博士、気象予報士。
東京大学生産技術研究所助教授、総合地球環境学研究所助教授などを経て、2006年東京大学教授。
2016年10月より国際連合大学上級副学長、国際連合事務次長補を歴任。地球規模の水文学および世界の水資源の持続可能性を研究。気候変動に関わる政府間パネル(IPCC)第5次報告書統括執筆責任者、日本政府各種審議委員、水文学部門で日本人初のアメリカ地球物理学連合(AGU)フェロー(2014年)を務め、国際水文学賞Doogeメダル(2021年)などを受賞。
近著として『SDGsの基礎』(共著)、『水の未来 ─ グローバルリスクと日本 』(岩波新書)、『水危機 ほんとうの話』(新潮選書)など。
水循環と水資源にかかわる国際共同研究を継続してきた経験から、科学技術外交の可能性についての事例を「タイ王国との国際共同研究の30年」と題して、東京大学総長特別参与・大学院工学系研究科の沖大幹教授が2022年1月14日、アジア・太平洋総合研究センター主催の研究会で講演した。沖氏は、「様々な形で友好的な連携研究を維持し続けたことで、研究成果の社会実装の機会が得られた。共同研究は研究成果のみならず、人の育成やつながりが重要である」と指摘した。以下、講演のポイントを紹介する。
(講演する沖氏)
沖氏は「自身の仕事としての海外調査の始まりは、UNESCO-IHPの第4期水文10年研究計画におけるタイを中心とした東南アジアの水文調査だった」と振り返り、それが後につながる背景として、「同時期に世界気候研究計画(WCRP)・全球エネルギー水循環観測研究計画(GEWEX)が1987年に提案され、日本を含む世界中の研究者等により、大気陸面相互の研究計画が1990年から立案・検討され始めた」ことを挙げた。さらに、大気-海洋の相互作用に関する観測網やモデル研究の成功に倣い、陸面過程を気候システムに組込む研究の推進が検討され始めた時期でもあったという。
世界中で所定の流域で観測を進められる中、沖氏らはタイにおいて観測を進めていた。沖氏によると、各地域の水文データを収集すると、タイのバンコクだけ、4月の平均気温が1年で最も高かった。「タイにおける水文気象観測により、水田と森林で蒸発散のピークが雨季になったり乾季になったりしていることが分かり、水田スキームを組込むことでシミュレーション精度も大きく向上した。これらをもとに、チャオプラヤ川流域おいて、森林伐採やダムによる貯水池操作等といった人間の影響も踏まえた解析が進められた」と話す。
その後の調査について、「2011年の日本の秋から冬にかけて、バンコクを含むタイ中心部が未曾有の洪水となり、日系企業も多くの被害を受け、間接的に日本や世界へ大きな影響が及んだ。この年は、雨量は平年値の4割増し、流出量は2倍以上であり、水害地形分類や治水計画と照らし合わせると、水害リスクは後からは明白なものであった」という。そうした経験から、現地と共同での科学的な成果も得つつ、市民や政策決定者との対話も実施し、今後水害が起きにくいような数値シミュレーションが政策立案にも生かされるなど、大きな成果を挙げたとしている。
なお、下欄のURLにおいて、タイの発電公社がターク県に所有するタワーに観測機器を設置したものなど、いまから20年前の映像がみられる。
タイにおける共同研究について、「科学研究における人材育成がプロジェクトの最も重要な側面のひとつである」と沖氏は指摘し、次のように話した。
「人的交流や他機関への訪問、学会や野外調査への参加といった多くの機会が、タイ・日本、他の参加国の特に若手研究者に与えられるべきであるという思いから、共同研究を継続するモチベーションになった。海外での共同研究となれば、昔は海外のデータを盗りに行くと表現する人もいたが、いまはデータの取得というよりは、データ・情報・アイディアの共有や、施設等の有効利用が重要である」、「研究において論文発表が重要である一方で、それ以上に知識・技術・経験・機会の共有から得られる人材育成や友情といったものも重要であり、"継続は力なり"だ」として沖氏は講演を締めくくった。
(文: JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 小松 義隆)