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第9回アジア・太平洋研究会「「科学と統治:中国「国土空間長期計画」の現状と展望」(2022年2月1日開催/講師:益尾 知佐子)

日  時: 2022年2月1日(火) 15:00~16:30 日本時間

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

言  語: 日本語

講  師: 益尾 知佐子 氏
九州大学大学院比較社会文化研究院 准教授

益尾 知佐子(ますお ちさこ)氏

九州大学大学院比較社会文化研究院 准教授

略歴

東京大学教養学部卒業、同大学院総合文化研究科博士課程修了、博士(学術)。
日本学術振興会特別研究員(DC1、海外、PD)、日本国際問題研究所研究員、エズラ・F・ヴォーゲル教授研究助手を経て、2008年から現職。その後はハーバード大学イエンチン研究所協働研究学者、中国社会科学院訪問学者などを歴任。専門は国際関係論、現代中国の政治外交。
単著に『中国の行動原理─国内潮流が決める国際関係』(中公新書、2019年)、『中国政治外交の転換点─改革開放と「独立自主の対外政策」』(東京大学出版会、2010年)、共著に『中国外交史』(東京大学出版会、2017年)がある。翻訳書にエズラ・F・ヴォーゲル『日中関係史』(単訳、2019年、日本経済新聞出版)、『現代中国の父 鄧小平』(共訳、2013年、日本経済新聞出版)。
現在は日本国際問題研究所客員研究員、平和・安全保障研究所研究委員を兼任し、英語と中国語でも研究活動を行っている。中国政治外交の研究、中国海警法に対する問題提起などにより、2021年11月に第17回中曽根康弘賞優秀賞を受賞。

第9回アジア・太平洋研究会リポート
「技術や産業革命で大国目指す習近平政権 九州大・益尾氏」

中国外交・国際関係論を専門とする九州大学大学院比較社会文化研究院・准教授の益尾知佐子氏が2月1日、『科学と統治:中国「国土空間長期計画」の現状と展望』をタイトルに、アジア・太平洋総合研究センター主催の研究会で講演を行った。中国は、2021年に共産党創立100周年を迎え、これまでの成果と歴史を総括する「歴史決議」を採択しているが、「時代を超える変革を目指す」とした習近平政権は、今どこに向かっているのか。講演のポイントを以下のようにまとめた。

講演する益尾知佐子・九州大学大学院准教授

習近平氏のミッション

習近平氏は「中華民族の偉大な復興を目指す」との目標を掲げているが、その背景について、益尾氏は今回の講演で以下のように述べた。

習近平氏は自らをマルクス主義の唯物史観を持つ人で、中国は世界で恵まれていない労働者の味方であるとし、科学技術こそが、人類の歴史を前進させる生産力であると主張している。1980年代ごろから、鄧小平氏の「科学技術が一番の生産力」との思想の下で、改革開放とともに、高等教育や人材育成に力を入れてきたが、改革開放からも40年以上が経った今、マルクス主義の論理性が喪失しつつあり、中国がどこに向かうのかが課題として生じた。そこで、習近平氏は、「中華民族の偉大な復興を目指す」との夢を掲げ、西側列強の台頭とは異なる方法、すなわち、技術や産業革命を通じて大国となり、世界の人々によりよい暮らしを提供したいとの考えを示した。

新型国家インフラ建設と科学者支援の拡充

益尾氏は、「チャイナ・ドリーム」の実現に向けての中国の取り組みについて、以下のように説明する。

2016年の「国家情報化発展戦略網要」では、インフラ整備における戦略的・統合的な計画策定を指示し、13次5カ年計画では、高速ブロードバンドネットワークの構築を加速し、陸・海・空・宇宙一体型のインフラを立ち上げるとしており、2021年の第14次5カ年計画でもこれらが重要事項であると強調した。このような一連の政策に鑑み、習近平氏は、新型インフラ建設(5G、人工知能、インダストリアル・インターネット、IoT)を、経済の変革につなげる考えをもっていると分析できる。

また益尾氏は、インフラ建設に向け、科学者への支援も大幅に拡充した点を強調し、研究職への待遇改善政策、国家的な実験室の設立計画等の動向を紹介しつつ、このような傾向は、米中貿易戦争をきっかけにさらに明確になったと述べた。中国は、アメリカがなぜ先端国家として存在し続けるかを研究し、他国に依存せず、自力で生存・発展が可能な先端国家になるには、科学者への手厚い支援と科学技術・イノベーションが必要と結論づけたと解説した。

益尾氏は、軍民融合等政策など、技術の軍事応用を懸念する声も多いが、基本的には、科学で先端国家になることを目指していると考えられるとし、自由主義国と異なる体制下において、どのようなイノベーションが可能となるのか注目されるとした。

国土空間規画の策定

科学への重視は、14次5か年計画で提示した「国土空間規画」(国土空間長期計画)からも現れている。この規画は、宇宙衛星技術を活用して、全国国土・管轄海域を統一的に監視・管理し、データ管理を通じ環境保護や持続可能な社会の実現を目指すものである。また、全体の空間の開発と保護において、「一枚の図」として統合していくとされ、あわせて、現在の各種発展規画の重複や、承認過程の複雑さ、計画の長さ・朝令暮改など、全体の問題を科学的に解決するとした。

益尾氏は、ここで注目すべきポイントは、中国が主張する国土空間は、陸上のみならず、管轄海域をも含み、地下、宇宙空間、深海までも言及されている点と、「国土空間長期規画」の地方版が全国版と同時進行している点だと述べた。

今後、何が起きるか?海域を例に

「国土空間規画」に先行し、2017年から漁業改革が始まっており、海からのデータを収集・統合的利用すること、海洋の持続可能性を目的として、巨額が投資されている。

益尾氏は、例として中国版船舶位置監視システム(VMS)端末を挙げ、次のように説明した。

中国は、衛星技術(北斗システム)を利用し、ほぼすべての漁船がVMS端末を搭載している。政府にとっては漁船の位置や速度を把握でき、漁船の出入港を管理し水揚げをチェックすることで、海洋に関するビックデータも充実させている。中国漁民にとっては、海上にいながら海況や市況を把握でき、補助金の受領、家族や当局とも連絡が取れるため、評価されている。このほか、関連する規定により、海域の用途は、漁業用海、工鉱通信用海、交通運輸用海、遊憩用海、特殊用海(軍事用海、その他の特殊用海)と様々な目的に分類され、管理が進んでいる。

また、海域は、陸地に先駆けて、衛星技術の応用に加え、軍民融合体制の構築が進むところでもあるとし、「国土空間規画」というのは、国内ガバナンス強化を名目にしているが、係争地を含めた周辺海域や領空などを「空間」という概念でカバーしており、地球全体の安全保障のあり方に変化が起きつつあると懸念を示した。最後に、13000基もの通信衛星による宇宙ブロードバンド計画等で、通信インフラを他国に先駆けて先進化し、中国発の技術を世界に普及させる狙いも考えられると補足した。

(文: JSTアジア・太平洋総合研究センターフェロー 松田侑奈)


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