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第10回アジア・太平洋研究会「『二つの磁場』のもとの台湾ハイテク産業」(2022年3月4日開催/講師:川上 桃子)

日  時: 2022年3月4日(金) 15:00~16:30 日本時間

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

言  語: 日本語

講  師: 川上 桃子 氏
日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所 地域研究センター・センター長

講演資料: 「第10回アジア・太平洋研究会講演資料」(PDFファイル 1.81MB )

川上 桃子

川上 桃子(かわかみ ももこ)氏

日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所 地域研究センター・センター長

略歴

1991年東京大学経済学部卒業、2011 年東京大学より博士号(経済学)取得。
1991年にアジア経済研究所に入所し、海外派遣員(台北)、海外調査員(台湾、バークレー)などを経て、2020 年より現職。
専門は台湾を中心とする東アジアの産業、企業。主な著作に 『圧縮された産業発展 台湾ノートパソコン企業の成長メカニズム』(名古屋大学出版会 2012年、第29回大平正芳記念賞2013年受賞)、川上桃子・松本はる香編『中台関係のダイナミズムと台湾』アジア経済研究所、2019年他多数。

第10回アジア・太平洋研究会リポート
「『二つの磁場』のもとの台湾ハイテク産業」―アジア経済研究所・川上氏

台湾の経済・産業を専門とする日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所地域研究センターの川上桃子センター長が3月4日、太平洋総合研究センター主催の研究会で「『二つの磁場』のもとの台湾ハイテク産業」と題して講演を行った。米国と中国それぞれと強いリンケージを持つ台湾であるが、米中貿易戦争の加速は、台湾の経済や産業にどのような影響を及ぼしているのか。川上氏の講演を以下のようにまとめた。

講演する川上桃子氏

米中貿易戦争と台湾エレクトロニクス産業

川上氏はまず、台湾が米中双方と深いリンケージを持つようになった背景から説明を行った。

「1970年代から80年代半ばまでの台湾は、国民党の独裁政権下にあり、政治的自由や経済的な豊かさを求めて多くの優秀な若者が留学生としてアメリカに渡った。かれらの多くは、卒業後もアメリカに残ることを選び、ハイテク企業に就職したり、シリコンバレーで起業するなどして、台湾の政府・企業との橋渡し役となって活躍した。また、1990年代以降、技術を携えて帰国し台湾の半導体産業に貢献した」とし、「台湾のハイテク産業は、米国との強い技術・市場リンケージのなかで発展を遂げてきた」と歴史的経緯を解説した。

一方、1990年代以降、台湾の企業は、低廉な労働力を求めて中国に工場を設立するようになった。台湾企業は「米国を顧客とし、中国を出荷口とするグローバル生産システム」のなかで成長を遂げたが、2018年ごろから米中貿易摩擦の影響を受け、台湾への生産回帰が進んでいる。

米中経済対立が台湾に及ぼしている影響について、川上氏はプラス面、マイナス面の両面から、次のように分析した。

・プラス面 「アメリカの対中関税引き上げにより、中国から台湾への貿易転換、生産回帰が起きており、経済成長へのプラス効果が生じている。台湾のGDPは2021年に6%成長し、輸出も17%増えるなど、好調である。総じて、米中貿易戦争から漁夫の利を得ている。」

・マイナス面 「一方、米中ハイテク覇権対立の影響はマイナス面が多い。アメリカからの投資圧力、サプライチェーンの分断によりコストが増大している点と、長期的には、中国による自前のハイテク産業育成政策により台湾のハイテク人材が中国に流出する点などが挙げられる。」

米中貿易戦争の影響を受けたエレクトロニクス産業の生産体制の変化について、川上氏によれば、米国企業を中心とした顧客の要請により、生産拠点が中国から台湾やメキシコ等にシフトしているとした。

台湾企業の世界シェアは、

  • ・ノートパソコンが80%、
  • ・マザーボードが92%、
  • ・サーバーが21%

―となっているが、その多くで台湾は受託生産を行っている。台湾企業が世界のITハードウェアの生産をリードしていること、その生産移転がグローバルな貿易構造の変化を引き起こしていることを指摘した。

米国の磁場:ロジック半導体とTSMCの事例

川上氏によれば、台湾はロジック半導体の製造で世界トップの実力をもつが、技術や市場の面でアメリカに大きく依存している。

川上氏は「台湾のロジック半導体産業を代表するTSMCは1987年に政府の半導体技術プロジェクトを母体とし、世界初のウェファー加工専業企業として創業した。以来、圧倒的な微細加工技術で、米国系ファブレスと二人三脚で発展を遂げてきた」と振り返り、「TSMCは、自らIPをたくさん揃える等、顧客がコア技術の開発業務に集中できるように技術サポート体制を充実してきた。長年にわたって蓄積してきた膨大な情報量とノウハウを強みとして、現在は500社を超える顧客をもつ。また、オランダASMLのような基幹装置メーカーと密接に連携して、最先端製造技術の開発を主導するに至った」と述べた。

米国は、中国のハイテク企業がTSMCからの半導体供給に依存していた点に注目し、輸出規制策によりTSMCのファーウェイへの出荷を停止させた。

また、川上氏は米国との関係に触れ、米国による誘致を受け、TSMCはアリゾナ州に120億ドルを投じる工場を着工した経緯を紹介した。

中国の磁場:メモリ産業の事例

中国については「台湾のハイテク産業にとり、需要が大きく魅力的な市場となっている」と指摘。TSMCに関しては、2018年に南京市に独資で工場を設立し、拡張も計画されているなど、中国も重要な生産拠点であること、市場としての潜在性も高いことを指摘した。

また「2010年代半ば以降、中国政府の半導体産業振興に伴い、台湾のメモリ半導体エンジニアが多数、中国企業にヘッドハントされた。台湾のエンジニアにとって、中国は活躍の舞台として魅力的である。現在は米中対立、コロナの影響によりこうした動きが鈍っているが、長期的には人材流出の懸念がある」と述べた。

人材の流出に関連して、技術流出リスクも指摘されており、一例として川上氏は2018年のJHICC-UMC事件を紹介した。これは、米国のマイクロン子会社・台湾華亜科技から台湾UMCに転職した幹部が、UMCが中国JHICCから受けたDRAMプロセス技術の開発委託を進めるなかで、米マイクロンから窃取した技術をJHICC社に提供しようとしたとして、米国司法省から提訴された事件である。

川上氏は台湾の半導体産業について「ロジック半導体では米国の、メモリ半導体では中国の「磁場」の影響が強く、台湾は米中の磁場の交錯点に位置している。その行方は注目に値する」と締めくくった。

(文: JSTアジア・太平洋総合研究センターフェロー 松田侑奈)


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