トップ > イベント情報 > 第15回アジア・太平洋研究会

第15回アジア・太平洋研究会「韓国の科学技術事情」(2022年10月26日開催/講師:阿南 圭一)

日  時: 2022年10月26日(水)

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

言  語: 日本語

講  師: 阿南 圭一 氏
在韓国日本大使館/元一等書記官(現・文部科学省)

講演資料:「第15回アジア・太平洋研究会講演資料」(PDFファイル 4.6MB)

阿南 圭一(あなん けいいち)氏

在韓国日本大使館/元一等書記官(現・文部科学省)

略歴

東京大学で進化生物学を専門に博士号(理学)を取得後、文部科学省に入省。
文部科学省では、宇宙政策、研究開発法人改革等を担当するほか、長崎大学に出向しBSL-4施設設置に取り組んだ。
2019年から2022年までの3年間在韓国日本大使館に勤務後、7月から文部科学省広報室配属。

第15回アジア・太平洋研究会リポート
「韓国の科学技術事情」

NISTEPの「科学技術指標2022」によると、TOP10%補正論文数の世界ランキングで韓国は初めて日本を上回った。日本は12位、韓国は11位をマークした。韓国の科学技術力の伸びが顕著である中、阿南氏に科学技術体制や主要事業を中心に韓国の科学技術政策について講演を頂いた。

1. 韓国の経済・社会・政治状況

科学技術の話に入る前に、阿南氏はまず、韓国の経済・社会・政治状況から説明を始めた。韓国の場合、輸出と民間消費の好調等により、2021年GDP成長率は4.0%を記録した。韓国経済は輸出に対する依存度が高く、輸出の対GDP比(2020年)は36.9%で、2021年の輸出は前年比25.8%増加している。日韓は産業構造における類似点が多く、両国とも産業内の貿易が多くを占めている。韓国の主力産業には、電気・電子機器、自動車、鉄鋼、石油化学、造船などが含まれ、主要貿易品目の場合、集積回路等、乗用車、石油製品、電話用機器・部品、客船・貨物船等を多く輸出しており、原油、集積回路、石油ガス、半導体等製造装置、石油製品等は輸入に頼っている。2020年には、日韓間での初めての経済連携協定(EPA)ともなる包括的経済連携(RCEP)協定に署名した。

社会状況では、近年少子化問題がひどく、合計特殊出生率(2020年)は日本の1.33を下回る0.84となっている。また、就職における競争が激しく、青年の雇用率もOECD国家の中で下位圏に置かれている。政治面では、特に日本との関係に着目すると、いうまでもなく、韓国は重要な隣国であり、北朝鮮への対応を始め、地域の安定にとって日韓の連携は不可欠である。

2. 韓国の科学技術体制

韓国はどのような科学技術体制を取っているのか。

阿南氏によると、韓国は憲法で国家が科学技術のイノベーションに努める義務を定める(127条)ほど、科学技術を重視する国であり、大統領が議長を務める国家科学技術諮問会議も設置している。

政権交代の度に、行政体制は変化し、朴槿恵政権時から科学技術と情報通信が統合され、科学技術情報通信部(MSIT)となっている。第1次官が科学技術、第2次官が情報通信を担当おり、科学技術革新本部長も次官と同じ階級にある。

阿南氏は、MSITと日本の科学技術担当機関である文部科学省(MEXT)を比較しつつ、MSIT役割について以下のようにまとめた。

① 司令塔機能:

日本では内閣府が科学技術政策の司令塔機能を有する総合科学技術・イノベーション会議を担当しており、MEXTが司令塔機能を果たしていると言えないが、韓国ではMSITが司令塔機能を有する国家科学技術諮問会議の一部を担当している。

② 政府全体の調整機能:

韓国では科学技術革新本部が担当しているが、MEXTには類似機能が見当たらない。

③ 科学技術の研究開発:

韓国の場合、一部は教育部でも担当しているものの、科学技術に関わる研究開発はMSITの主管が圧倒的に多い。日本はMEXTも研究開発を担当しているが、一部内閣府とともに実施しているものも含まれている。

④ 研究開発法人制度:

韓国の場合、MSITの傘下にR&D機関が集中している。例えば、韓国科学技術企画評価院(KISTEP)、基礎科学研究院(IBS)、国家科学技術研究会(NST)等が典型的である。一方、日本の場合、独法制度の所管は総務省であるが、個別の研究開発の法人は各省の所管となっている。

⑤ 高等教育機関:

日本の場合、大学の所管はMEXTになるが、韓国の場合は、教育部が担当している。ただ、科学技術院(KAIST、GIST、DGIST、UNIST)は、科学技術に特化されているということで、MSITの所管となる。

⑥ 国立アカデミー:

韓国ではMSITが担当しているが、日本の場合、学術会議は内閣府が担当している。

3. MSITの事業

続いて阿南氏はMSITが重点を置いて進めている事業について説明を加えた。

尹政権の2023年度のR&D予算は初の30兆ウォン(1円=約10ウォン)突破を実現したが、そのうちMSITの予算は18.8兆ウォンである。

予算案によると、MSITの重点事業には以下4つが含まれる。

まずは、未来革新技術の先取り事業。韓国は、半導体、原子力、6Gなどの主力戦略技術で他国との格差を確保し、量子、バイオなどの技術は民官協力で開発を進め、更には民間宇宙産業にも投資を強化していく方針である。

2点目は、人材養成と基礎研究支援事業である。ここでは戦略技術分野でのハイレベル人材を確保し、基礎研究の質的飛躍を目指している。特に、人工知能融合イノベーション人材、情報通信放送イノベーション人材の養成に力を入れ、従来のポスドク支援事業や基礎研究人材育成プロジェクトに加え、優秀なポスドクの海外研究支援、超長期支援プロジェクトなど差別化したプロジェクトも運営していく予定である。

3点目は、国をあげたデジタル化の推進である。人工知能やデータに基盤をおいたデジタルプラットフォーム政府を構築し、世界最高レベルのデジタル新技術と新産業を育成することで、経済・社会の全分野において、デジタルイノベーションを拡散していく計画である。最後は、全国民が幸せになる技術拡散である。デジタルに弱い人々のデジタル接近性を高め、研究開発成果を産業はもちろん、日常生活にも広げ、カーボンニュートラルを実現できる革新イノベーションも拡大するのが目標である。

韓国は、上述した科学技術への注力を通じ、近年目覚ましい成果を収めている。

論文数の増加や質の向上に加え、世界TOP200入りに成功した大学も増えてきた。大学の躍進について、阿南氏は、延世大学を例に分析を加えたが、海外大学との緊密な交流を通じた国際化指標の上昇、世界レベルでの研究ができるような分厚い支援等がその要因だと述べた。その他にも国産ロケットの打ち上げ、博士号取得者の増加、来韓外国人留学生の増加など、韓国の科学技術力の伸びは、多くの指標から実感できる。

日本にとって韓国は第4位の、韓国にとって日本は第3位の貿易相手国であり、近年は、日韓両国間の貿易・投資の拡大に加え、第三国におけるプラント受注や資源開発を目的とする日韓企業間の連携が増加する等両国の関係は極めて緊密だといえる。科学技術分野では研究開発への投資の増加とともに数々の成果も出している韓国であるが、今後の科学技術に関する事業や政策の動きに引き続き注目したい。

(文: アジア・太平洋総合研究センター フェロー 松田 侑奈)


上へ戻る