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第16回アジア・太平洋研究会「経済安全保障の観点から見た日中間の科学技術関係のあり方」(2022年12月2日開催/講師:土屋 貴裕)

日  時: 2022年12月2日(金) 15:00~16:30 日本時間

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

言  語: 日本語

講  師: 土屋 貴裕 氏
京都先端科学大学経済経営学部経済学科 准教授

土屋 貴裕(つちや たかひろ)氏

京都先端科学大学経済経営学部経済学科 准教授

略歴

慶應義塾大学環境情報学部環境情報学科卒業。
一橋大学大学院経済学研究科修了。
防衛大学校総合安全保障研究科後期課程卒業。博士(安全保障学)。
外務省国際情報統括官組織第二国際情報官室専門分析員、在香港日本国総領事館専門調査員などを経て現職。
専門分野は安全保障論、公共経済学、国際政治経済学など。
著書に『米中の経済安全保障戦略:新興技術をめぐる新たな競争』(共著、芙蓉書房出版、2021年)ほか多数。

第16回アジア・太平洋研究会リポート
「経済安全保障の観点から見た日中間の科学技術関係のあり方」

中国共産党の指導体制や基本方針を決める最高意思決定機関である、中国共産党第20回全国代表大会(第20回党大会)を終えた中国が、これからの政策としてどのように経済安全保障を捉え、確保していくのか、またその中でサプライチェーンおよび産業チェーンの確保や重要技術の特定と確保等をいかに進めていくのか、土屋貴裕・京都先端科学大学准教授にご講演いただいた。

第20回党大会で行われた報告(20大報告)に見る中国の経済安全

まずはじめに、20大報告と10年前に開催された第18回党大会で行われた報告(18大報告)を比較された。その中で、「安全」と「闘争」の使用頻度が増加した一方で、「経済」、「改革」、「創新」、「開放」が減少したものの、安全保障と経済発展のバランスを取りつつこれから5年間の国家運営を進める意図があると指摘された。次に、国家安全保障体系の整備強化において重要な10の分野を示しつつ、反外国制裁・反内政干渉・反「管轄権の域外適用」の仕組みを整備、強化する方針であると指摘された。その背景には益々激化する米中対立があり、米国等による制裁措置に対抗するために法令等に基づく措置の整備が必要とされているからであるとと述べられた。さらに、国家安全と科学技術に関する言及が増加したのは、「科学技術イノベーション体系の整備」を進め、「国防科技・武器装備重要プロジェクトを実施し、科学技術の応用を加速」し、「国防科技工業体系とその配置を最適化し、国防科技産業能力を強化する」ためであるとし、近年掲げられている軍民融合を引き続き進め、民間企業等も含めた形でインテリジェント化した戦争(智能化戦争)に向け戦闘力強化および軍事闘争準備を進める方針であると指摘された。ちなみに、党の中央人事をみると、軍事および原子力産業に関わっていた人が幹部となっていることからも、上記のことが裏付けられていると述べられた。

総体国家安全観に基づく経済安全保障

総体国家安全観とは2014年に開催された党の会議で提示された概念であり、「政治、国土、軍事、経済、文化、社会、科学技術、情報、生態系、資源、核」等の多種多様な11領域における安全保障を全て包括しており、いまは「海外利益、バイオ、宇宙、極地、深海の安全」という新領域も加えられている。これらの領域における経済安全保障の確保には、党において厳しい現状認識があると指摘された。即ち、そもそも中国には、いまだ発展の不均衡・不十分という際立った問題が存在し、質の高い発展の推進を妨げる多くの障壁やボトルネックを有し、科学技術イノベーション能力が高くなく、食料、エネルギー、産業チェーンやサプライチェーンの安全保障および金融リスクの防止には解決しなければならない多くの重要問題があるとの認識である。この認識に基づき、より広義の経済安全保障の確保を掲げていると述べられた。特に、安全保障と経済発展を一体のものと見なし、中国の産業チェーンの確保のために、国際的な産業チェーンを中国へ依存させること、外国による産業チェーンとサプライチェーンの政治化と兵器化への断固とした反対表明、非経済的要因による干渉を排除するための国際的なコンセンサスとガイドラインの形成の促進を進めるとしている。これにより中国は、外国によるエコノミック・ステイトクラフトの手法を用いた強制への対抗力を高め、対抗策を講じられるようにしている一方で、他国の中国に対する依存度を高めることでエコノミック・ステイトクラフトを展開していることを示された。

中国の安全保障確保にかかる経済施策

中国では、科学技術を強化するとともに、次世代の基幹産業を戦略的新興産業と位置付け、積極的に政府、軍および民間による自立や自主的なイノベーションの推進や経済発展と国防建設の一体化が進行していると指摘された。具体的には、政府においてはこのような取組みに対する補助金の助成や税制の優遇を行い、軍と民が融合した取組として技術革新や新興技術の軍事応用を促進し、民間においてはイノベーションや技術獲得を進めている。経済政策の重点は、イノベーション駆動型の経済発展戦略を堅持し、成長モデルへの転換を図るとしており、イノベーションと安全保障については、先の第13次5カ年計画よりも高い数値目標が示されている。これは、、不透明な国際情勢下、食料やエネルギーを含む経済安全保障を重視しているからであると説明された。また、安全保障確保のために、新型インフラ投資による新興産業の育成や国際標準の確立を目指し、新たな安全保障貿易管理のための国内法制度の整備や自主創新・新型インフラへの投資やデジタル分野等において国際標準の確立を模索するなどの動きがみられると指摘された。

中国は新興科学技術分野として6分野を挙げており、経済発展と国防建設の一本化を掲げ、軍民融合による振興科学技術分野、デュアルユース技術の研究開発を加速化させていると示された。加速化の要因の一つとして、中国は社会実験および実装の面において導入のハードルが低いために、他国と比べて中国が有利であろうと指摘された。また、キー・コア技術のボトルネックを解決するためには、長期的な研究開発と他分野、他主題の協力、および長期的な研究開発と応用に対する継続的な改善が必要であり、戦略的不可欠性の獲得が必須であるとした。さらに経済的・政治的問題として、技術の供給拒絶により国際的な競争力を失い、競争における優位性を失うことを示し、このような問題を克服するための戦略的自立性の維持や強化が必要である。こうした戦略的不可欠性や戦略的自立性の獲得のためには、企業努力・起業家精神、国の強力な支援やオープンイノベーション、軍民融合を含む政策が必須であると中国が認識していることを指摘された。

科学技術協力における経済安全保障上の課題

企業、大学、研究機関が抱える経済安全保障上のリスクとして、情報・技術・人材の流出、評判、貿易規制・制裁・投資規制、サプライチェーンの途絶、職員・学生・研究者等の人権および安全に対するリスクがあると示された。実際に、中国では2019年に「強制技術移転の禁止」に関する法案が成立し、国務院令においても「輸出入管理条例」の一部が削除され規制緩和されたと思われたものの、2020年には「中国で研究開発の進められた技術を国外に移転する際には、情報の開示をしなくてはいけない」とした輸出管理法が成立した。2021年には中国にかかるエンティティおよび技術や製品に対する規制強化に伴う損失賠償要求等のリスクに対して反外国制裁法が成立した。さらに、2022年にはデータ越境制限に関する法案として、中国国内で得られた重要データにはサイバーセキュリティ―法の規定が適用されるとした「データ国外移転安全評価弁法」が制定される等、リスクと制約に関する課題がまだまだあると指摘された。

上記の課題に加えて、中国ではサプライチェーンやデカップリングに対するリスクが増加している状況である。なにより、中国にとっての外交は内政の延長線上であり、人権や民主主義といった価値や主権および主張をめぐる国際的な批判に対しては、一貫して内政干渉と非難をし、渉外法律闘争をキーワードとし、対中規制や外国からの制裁に対抗していると述べられた。

まとめ

中国において習近平国家主席による政権が3期目を迎え、安全をより一層重視する姿勢が明確化し、軍事力のみならず安全保障体制の強化および戦略的新興産業の育成が促進されるとし、経済と国防の一体的な発展を目指していることを改めて指摘された。また、日本においては、中国がボトルネックとするコア技術・情報・人材の流出に対して具体的な取組を図ることが喫緊の課題と指摘された。

最後に、経済安全保障の観点から見た日中間の科学技術力のあり方として、①中国は広大な社会実験の場であり、量子技術に5Gや北斗といった新興技術の複合領域の研究成果等に対して実証実験や社会実装が多く展開されていることから知見を得ること、②ブロックチェーンの応用、工業用ソフトウェアやIOTソフトウェア領域等といった、中国が世界で先行している分野を謙虚に学び、真似ることで日本国内での活用に結び付けること、③相互主義に基づいた科学技術協力を進めていくことが重要であるとして、締めくくられた。

(文: JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 小松義隆)


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