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第17回アジア・太平洋研究会「オーストラリアの教育・研究制度および戦略」(2022年12月14日開催/講師:塚本 久美子)

日  時: 2022年12月14日(水) 15:00~16:30 日本時間

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

言  語: 日本語

講  師: 塚本 久美子 氏
オーストラリア大使館 シニア・マネージャー(教育・研究)

講演資料: 「第17回アジア・太平洋研究会講演資料」(PDFファイル 2.8MB)

YouTube [JST Channel]: 「第17回アジア・太平洋研究会動画

塚本 久美子(つかもと くみこ)氏

オーストラリア大使館 シニア・マネージャー(教育・研究)

略歴

2006年8月より、在日オーストラリア大使館教育・研究担当シニア・マネージャーとして勤務。オーストラリア政府教育省国際部の職員として、政府、研究機関、および大学間の連携などを担当。
オーストラリアのマードック大学で学士号・修士号を取得(専攻:ビジネス、アジア研究、政策学)。
日本の民間企業、東京にある国連機関での勤務を経て現職。

第17回アジア太平洋研究会リポート
「オーストラリアの教育・研究制度および戦略」

オーストラリア大使館シニア・マネージャー(教育・研究)塚本 久美子氏を講師にお招きし、オーストラリアが向かおうとしている方向性を理解する目的で、「オーストラリアの教育・研究制度および戦略」と題して、オーストラリアの教育政策・研究政策・科学技術政策・産業政策などについてご講演頂いた。

政治・国土・人口・経済について

2022年5月の総選挙において、保守連合から労働党へ9年ぶりの政権交代となった。これに伴い、省庁再編・政策見直しが現在進んでいる。前政権同様、アンソニー・アルバニージー首相は日本との関係を重視し、就任翌日の5月24日に東京で開催された日米豪印首脳会合、続けて日米豪印フェローシップ創設記念行事に出席した。

オーストラリア連邦の国土面積は769万km2(日本の約20倍)、2021年国勢調査によると人口2,580万人(日本の約1/5)、名目GDP16億USD(日本の約1/3)、一人当たりの名目GDP 63,500 USD(日本の約1.6倍)。名目GDPは1991年以来28年連続増加後、2020年にコロナ禍により減少、2021年から2022年にかけて回復の見通しである。輸出産業として鉄鉱石・石炭・天然ガスの3分野に加えて教育産業が続いており、25万人の雇用を教育産業が支える。

大学・留学生について

オーストラリアでは、大学という名称は教育と研究を行っている機関が該当する。公立37と私立5の42大学ではいろいろな研究が実施されている。日豪の大学間協定は約700に及び、研究者間の交流・共同学位の開発・共同研究などが展開されている。世界大学ランキングには、いろいろな観点や尺度があるが、100位内にオーストラリアの6~8大学が位置しており、日本の大学よりも多い。特にSDG'sに照らして選抜するTHEインパクトランキング2022では16大学が100位内である。

オーストラリアへの留学生は国際色豊かで、2021年57万人を受け入れ、中国・インド・ネパール・ベトナム・マレーシアが上位5か国であり、日本人は1万6千人で国別16位である。オーストラリアの多様性・多文化・多くの教育プログラムなどが魅力となっている。日本人留学生は、専門教育・職業訓練・英語学校などが従来多かったが、ここ数年大学院課程が伸びている。

なぜ留学先にオーストラリアを選ぶかと言うと、安全で英語圏であることに加えて、留学生受け入れの歴史が長く、保護のための法律や資格・学位取得などの制度が整備されている点にある。また費用面では、地方都市の高等教育機関を強化し、学生に質の高い学習を提供することを目的としたデスティネーション・オーストラリア奨学金や、日豪両国の交流促進を支援する豪日交流基金などの助成金プログラムを提供している。留学生を受け入れることはオーストラリア人の学生にとっても多様性・多文化に触れることによる文化的・社会的な恩恵が大きいと考えている。

国際教育について

次の10年間に向けてオーストラリア国際教育戦略2021-2030が策定され、留学生や卒業生を通じた世界的な繋がりを目指して4つの柱を示している。①出身国・学位・教育提供法などの多様性、②卒業後の就労・起業・雇用主として活躍する必要なスキルとの整合、③学生を中心においた異文化・グローバルを目指す教育、④産業と経済を支える成長と国際協力の4項目である。

高等教育の持続的な改革を推進するため、現在Australia Universities Accordにより高等教育の幅広い見直しのためのレビューが実施されている。見直しの主な分野は、資金、アクセス、透明性、高等教育と職業教育・訓練、今後必要な知識、留学生の果たす役割などであり、2023年12月に最終報告書が教育大臣に提出される予定である。

オーストラリアの継続的成長には、グローバル・オープンであることが重要であるが、国際協力から恩恵を受けると同時に、脅威から守るためのガイドラインとして、大学における外国による干渉に対抗するためのガイドラインGuidelines to Counter Foreign Interference in the Australian University Sectorが2021年11月に改訂(ガバナンスとリスク、コミュニケーション・教育・知識の共有、適正評価・リスク評価と管理、サイバーセキュリティ)された。特定の国に焦点を当てたものではなく、どのように実行するかは各大学に任されている。大学代表者と関係団体が協議し、ガイドラインの実施に関する報告を2023年2月に予定している。

経済安全保障の確保のための重要技術critical technologiesについて

9年ぶりの政権交代によって教育を含めて科学技術政策の見直しが進んでいるが、国家の重要技術や制度に大幅な変更はない。一方、2021年に政府はセキュリティ・国益・リスクをもたらす重要技術の青写真とリストList of critical technologiesを公表し、現在このリストについては更新中である。なお、この重要技術は教育省傘下のオーストラリア研究評議会(ARC)が支援している国家科学研究優先分野とは別物であり、目的が異なる。

5G/6G通信などの重要な技術分野では、大学が潜在的なリスクを事前分析し、適切なパートナーを探していく可能性がある。そのため、友好国との連携を強化していくことも考えられる。

科学技術政策について

科学技術政策の長期計画については、産業科学資源省傘下の首席科学顧問が主導する①国家科学ステートメント(2017年発表)、と②国家科学研究優先分野(食料、土壌と水、輸送、サイバーセキュリティ、エネルギー・資源、先進製造、気候変動、健康の9分野、2015年に公表、教育省傘下のオーストラリア研究評議会ARCが研究費等を支援)の2つがあり、両者ともに現在再検討中である。

経済成長の観点ではコロナ禍からの復興を目指して、国家再建基金National Reconstruction Fund (NRF)の設立がアルバニージー政権の公約となっている。NRFを設立することにより政府は将来の繁栄を確保し、持続可能な経済成長を目指している。具体的には、産業と経済の多様化と変革を進めるため、再エネ・低炭素、医療、輸送、農林水産、資源、防衛、能力実現に注目し、検討が進んでいる。

その他の政策としては、AIアクションプランと現在検討中の国家量子戦略・国家ロボット戦略・があります。また、産学連携を通じた大学研究の商業化プランである大学研究商業化アクションプランThe University Research Commercialisation Action Plan、産学共同研究拠点の設立と運営を支援する共同研究センタープログラムThe Cooperative Research Centres(CRC) Program、産業育成センター Industry Growth Centres(先進製造、サイバーセキュリティ、食品・アグリビジネス、医療技術・医薬品、鉱山設備・技術・サービス、石油・ガス・エネルギー資源)などが展開されており、2030年までに120万件の技術関連雇用の創出を目指している。

産学連携では州毎の地域性によって産業の強みを反映した重点分野が異なる。例えば、南オーストラリア州には宇宙庁が立地しているため、宇宙産業の研究が盛んであり、ビクトリア州のメルボルンでは医療産業に関連した研究が盛んである。

科学技術体制(行政機関・研究機関・研究支援機関)について

関連する主な行政機関としては、(教育機関と研究を管理する)教育省、(産業と関連する科学技術を管理する)産業科学資源省、保健高齢者介護省、(オーストラリアの国益を守るための研究機関を管理する)国防省の4つがある。それぞれ順に、オーストラリア研究評議会(ARC)、首席科学顧問オフィス(CSO)、国立保健医療研究評議会(NHMRC)、国防科学技術グループ(DSTG)を傘下機関としている。日本の科学技術振興機構JSTのようにトップダウン型の科学技術研究資金を提供する研究支援機関は少ない。

2001年に独立したオーストラリア研究評議会(ARC)では、医学・歯学分野以外の基礎研究・応用研究・教育訓練を国家競争資金プログラムNational Competitive Grants Program (NCGP)を通じて支援している。NCGPは1,100以上のプロジェクト、12,500人以上の研究者を支援、2022年度は8億AUDの支援規模である。研究ステージは純粋基礎研究Pure basic research、戦略基礎研究Strategic basic research、応用研究Applied researchの3つに分類している。研究プログラムは、純粋基礎研究と戦略基礎研究に跨る発見プログラムDiscovery Programおよび戦略基礎研究と応用研究を繋ぐ橋渡しプログラムLinkage Programの2つに分類している。

NCGPの橋渡しプログラムには2つの制度があり、産業界でキャリアを積むorアカデミアで働く双方向の流動性を高めるためにIndustry Fellowshipがある。また、国家的優先度の高い研究分野において、国際的地位を維持・発展することを目的として内外研究機関と連携するCentre of Excellenceがある。

保健高齢者介護省傘下の独立機関NHMRCは、日本医療研究開発機構AMEDと協力覚書を締結しており、新型コロナ感染症などを共同研究するe-ASIAのメンバーである。

オーストラリアから学ぶ

ご講演後の質疑では「日本がオーストラリアから学ぶべきポイント」に関して、多様性・多文化・イノベーション・女性登用・生涯教育・スキルアップ志向などではないかと示唆を頂いた。特に女性登用について、首席科学顧問、教育系と産業系の事務次官、ARCとNHMRCのCEOなど、多数の女性が高い地位に就いている。オーストラリアでは多様性がイノベーションを生むと考え、女性や国籍・バックグラウンドを問わず、革新的な成果を狙っている。

また、オーストラリアの高い環境保護・自然保護の意識について、沿岸部に住む人が多く、日常的に綺麗な海や自然に触れていることも影響しているのではとコメントを頂いた。

ご講演頂いた内容は教育政策・研究政策・科学技術政策・産業政策に及び、いろいろな施策を定期的に見直しながら着実に進めるオーストラリアの政策システムに、多様性と柔軟性を感じた次第である。

(文: JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 三田雅昭)


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