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第19回アジア・太平洋研究会「中国IT企業の現状と展望」(2023年2月17日開催/講師:高口 康太)

日  時: 2023年2月17日(金) 15:00~16:30 日本時間

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

言  語: 日本語

講  師: 高口 康太 氏
ジャーナリスト、千葉大学 客員准教授

講演資料: 「第19回アジア・太平洋研究会講演資料」(PDFファイル 2.85MB)

YouTube [JST Channel]: 「第19回アジア・太平洋研究会動画

講師: 高口 康太

高口 康太(たかぐち こうた)氏

ジャーナリスト、千葉大学 客員准教授

略歴

1976年千葉県生まれ。ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。
中国経済、社会、在日中国人などをテーマに取材活動を続けている。経済誌を中心に寄稿を続けるほか、「クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演も多数。
著書に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐との共著)など。
『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。

第19回アジア・太平洋研究会リポート
「中国IT企業の現状と展望」

ITの利用という点において、今や中国は世界に冠たるデジタル大国になったともいえるであろう。中国における普段の買い物や公共交通機関の利用等、日常生活において大きく関わるサービスの基盤を担ってきたのがIT企業群ともいわれ、2010年代以降の中国経済において大きな影響を与えている。そこで、中国のIT企業における成長過程や法整備等を振返り、現状における実例を挙げながら今後の展望といった内容等を、ジャーナリストであり千葉大学客員准教授の高口康太氏にご講演いただいた。

偏在するIT

まずはじめに、中国のIT企業とはなにかである。一般的にはハードウェア、ソフトウェア、ソリューションを売るといった、情報技術を用いてビジネスをしている企業を指す。しかし、中国においては多少意味合いが異なり、顧客に対してメインターゲットとするサービスを提供するのみならず、インターネットへ繋がり、他の本来業務に付随する、場合によっては本来業務と全く異なるサービスも提供するような企業もIT企業と呼んでいる。。例えば、幼稚園のアプリにおいては、保護者に対して当該幼稚園の保育内容の紹介を行うだけでなく、保護者が園児の一挙手一投足を確認できるものが開発されている。また、コーヒーショップのアプリにおいては、消費者に対しコーヒーショップの紹介やコーヒーのオーダーを行えるようにするだけでなく、消費者を自社アプリに呼び込む(「プライベートトラフィック」と言う。)ことにより、パソコン等の本来業務とは関係のない商品までを同一アプリ内で販売するものまで出ている。つまり、中国においては商品を単に消費者に販売するのではなく、収集した消費者等のデータをマネジメントすることで幅広い新たなサービスを提供する企業が、IT企業あるいはtech企業として多く出現してきているのである。、中国政府が掲げる"デジタルチャイナ"を実現するためには、インターネットの視点から思考する「インターネット思考」やインターネットに個別の産業やサービスを組み合わせる「インターネット+」が重要であり、中国のこの様なIT企業の興隆はこのような考え方が幅広く中国社会に広がっている事を示すものである。

タイムマシン経営とVIEスキーム

上述した状況において、「中国のIT企業は特殊であるのか」といった疑問が生じる。2000年代の中国は日本と同様に、アメリカのサービスを1~2年遅れで導入するような、いわゆるタイマシン経営といわれるものであり、米国のアイデア・人材・資金が駆動力になっていた。中国に限ったことではないが、当初はローカル企業のみならず多くの企業が乱立していたが、"マイクロイノベーション"といった地域特性を反映させることのできた企業のみが生き残ったことが、いまの土台となっている。

ただし、ローカル企業のみが生き残ったわけでもなく、外資規制の対象である事業においても、外資系企業は存在している。海外の有力企業による資本関係のない100%子会社を設立して事業を進めるVIEスキームといった形態で、外資規制を回避して海外の資本や技術等を中国に導入する手法が用いられてきた。このように、独自のベンチャーキャピタルにより、中国のIT企業は非常に多く発展してきている。

モバイル・インターネット革命と中国ITの躍進

先にも述べたように、国内のIT企業は、外資を排除し中国政府の保護政策により守られてきた部分も多く、海外への進出は難しい状況であった。しかし、2010年代後半を起点に、ベンチャー投資法制と制度の整備、政府による政策である「双創(大衆創業・万衆創新)」等が進められたことにより、配信サービス、OMOとギグエコノミー、製造業のIT企業化、ソーシャルECの発明および発展により中国におけるITベンチャーブームが到来した。また、産業振興として国家や地方政府による投資ファンドがつくられたことで、2014年以降は投資金額も米ドルから人民元が多くなり、多くのベンチャー企業やエンジェル企業が成長できる素地が作られた。新たなタイムマシン経営としては、中国から日本への展開が挙げられ、モバイル決済、ECの躍進、シェアサイクルなどの消費者向けサービスが注目されている。

IT企業規制と次なるイノベーション

残念ながらここ数年、大手企業においてIPO(新規株式公開)撤回、独占禁止法違反による制裁、企業合併の差し止め、サイバーセキュリティ審査の実施、そして学習塾規制によるエドテック企業(教育技術系企業)等の制約など、多くの規制等が課せられる状況となっている。この状況の背景には、汚職官僚に代わる新たなパブリックエネミーの必要性、IT企業のコングロマリット化への懸念、IT企業やその活動の世論への影響力、そして総体的な国家安全観に基づくデータ安全保障など、複数の要因が絡んでいると考える。

IT企業は世論との関係性において重要な役割を果たすため、ソーシャルメディアやニュースサイトなどで世論のIT企業に関する意見が多く出る。このような状況に対応した新しいビジネスモデルやイノベーションが必要であり、それによって変化が生じていくであろう。

まとめ

最近の中国は、日本で言うと明治維新と高度成長が同時にやってきたような、激動なる競争の時代であったと考える。この時代を通過する中で、ITを含めた多くの分野において多くの起業家たちが現れ、競いながら現代中国経済の発展を形成した。米国等の大手IT企業は全世界にサービスを展開する一方で、中国IT企業は海外展開では見劣りするものの、国内については多面的なサービスの展開およびデータの取得を進めることにより、成功し、成長してきた。しかし、米中対立の影響のみならず、中国IT企業の野放図な発展に対して制限がかかる中で、情報セキュリティに関する問題、法整備等、いまだに多くの解決すべき課題が存在すると考える。最後に、「中国のIT産業の発展のためには、社会実装イノベーションから基礎研究重視のハードテックへの移行が可能か否かが焦点である」ことを強調したい。

(文: JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 小松義隆)


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