トップ > イベント情報 > 第20回アジア・太平洋研究会

第20回アジア・太平洋研究会「躍進するインドの科学技術と日印協力の進展」(2023年3月17日開催/講師:栗原 潔)

日  時: 2023年3月17日(金) 15:00~16:30 日本時間

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

言  語: 日本語

講  師: 栗原 潔 氏
内閣官房健康・医療戦略室/内閣府健康・医療戦略推進事務局 参事官補佐
(前外務省在インド日本国大使館・在ブータン日本国大使館一等書記官)

講演資料: 「第20回アジア・太平洋研究会講演資料」(PDFファイル 11.2MB)

YouTube [JST Channel]: 「第20回アジア・太平洋研究会動画

栗原 潔(くりはら きよし)氏

内閣官房健康・医療戦略室/内閣府健康・医療戦略推進事務局 参事官補佐
(前外務省在インド日本国大使館・在ブータン日本国大使館一等書記官)

略歴

文部科学省科学技術・学術政策局、研究振興局、経済産業省通商政策局、英国マンチェスター大学研究員、外務省在インド日本国大使館・在ブータン日本国大使館一等書記官等を経て、現職。

第20回アジア・太平洋研究会リポート
「躍進するインドの科学技術と日印協力の進展」

栗原潔氏は2005年に文部科学省入省後、2015年に開始したさくらサイエンスプログラム(SSP)でのインドからの招聘について、2017年度にインドとの交流事業の翌年度予算要求を担当された。SSPでの人材受入が一巡した直後の2018年から現地へ赴任し、2021年までの3年間、大使館で一等書記官を務め、JSTによるSSPで日本に派遣された留学生のインド初の同窓会や22大学合同の日印大学フォーラムのサポートも行っていた。2023年3月17日の当研究会では、現地生活に深く溶け込む駐在生活で得た、日本での先入観に捉われない見解が披露された。

現代は2000年前の「定常状態」 日本の重要性も不変

しばしば日本を含む先進国では、経済成長の鈍化や研究開発の行き詰まりが指摘される。だが千年単位で延伸したとき、現代は人類史の定常状態である2000年前の状況に戻っているとも考えられる、と栗原氏は述べる。

OECDのエコノミストも務めた経済史家のアンガス・マディソンによれば、2000年前の国内総生産(GDP)を購買力平価(PPP)のアメリカドルで換算し穀物生産量から計測したところ、インドとその東の隣国であるバングラデシュが世界第1位、中国が第10位を占めるという。歴史的に見ると、現代は19世紀中葉の「産業革命」に伴い西洋世界のGDPが急伸する時代を経て、中国・インドが経済成長を牽引する時代なのである。一方でマディソンの地図からは、2000年前も日本が一定の存在感を示していることが読み取れ、今後の世界でも変わらぬ重要性を維持することが期待できる。

規模も質も日本を凌駕 インドの驚異的な成長

科学技術イノベーションに関する主要なアウトプットで見ると、インドは多くの指標でたしかに日本を上回っている。2018~20年の自然科学系論文数ランキングで、インドは総論文数のみならず、研究の質を示すトップ10%補正論文数で7位、トップ1%補正論文数で9位と、全て日本よりも上位にありi、特定大学卒業生によるユニコーン企業創設数ではアメリカ、中国に次いで3位にあるii。また、インドの研究開発費総支出額(GERD)は対GDP比率で1%に満たないが、殆ど増加してこなかった日本と対照的に、約7年間で倍増のペースを維持している。

また、栗原氏はNISTEPによる科学分野ポートフォリオから「工学」分野を選び、日本とインドの(世界全体の論文数に占める)論文数シェアと被引用数シェアを1980年からの40年間で比較を試みたiii。すると、2021年現在のインドは、1980年のバブル経済初期日本の座標と近似した位置に現れ、対照的に2021年現在の日本は1980年のインドの座標に現れた。これは、両国の立場が40年間で逆転したことを示唆している。

インドには日本のどこが魅力的に映るのか

確かに各種の指標から見たときには「凋落しつつある日本」像が露わになる。しかし「新興国の目線へ見方を変えれば、強みとして魅力的にも映るのです」と栗原氏は説く。

インドのGERDの伸び率と規模は、日本からすると羨望の対象である。何しろ30年間で50億ドルから1000億ドルへと線形的(10年ごとに3倍弱)に増加しているのだ。GERDの伸びに伴って大学(大学・研究機関・みなし大学)は、243校(2000年)から1117校(2018年)と5倍近くに増えている。ところがインドの政治家や政策担当者は「あまりにも拡大が速すぎて、人材も組織も予算の拡大に追い付かないことが課題」だと危惧を抱くことが多いという。

論文の国際共著率に関しても同じく対照的な捉え方がある。科学誌Nature掲載論文の共著関係を分析すると、インドはアメリカ・ドイツ・イギリス等との研究協力が進んでいるiv。日本では国際共著率の低さがしばしば問題とされ、国際共著論文の拡大、および国際共著率の向上(異分野との共同研究)が目標とされる。ところがインドの政治家や政策担当者は、自国内で研究が完結せず「国内共著率が過少であること」を課題と捉えることが多い。

栗原氏自身「海外で日本の研究者の存在感が薄くなっている」などの課題認識をインドで語ると、研究者からは意外な反応を受ける経験をした。逆に「日本は、組織を新設せずとも十分に発展し安定的な研究開発環境を構築して」おり「日本語で十分な高等教育が提供でき、アメリカの力に頼らずとも自国で各分野における第一線の研究を揃えていることは逆に強みでしょう」と指摘されたという。

課題を「強み」として相互補完 日印発展の可能性

インドと日本は互いに異なる特徴を持つゆえに、協力の深化により相互発展の可能性を秘めている。両国は先端技術の中でも「量子」「人工知能(AI)」の両分野で協力を重点的に推進している。2018年10月にナレンドラ・モディ首相が訪日した際には、科学技術・学術関係で9つの覚書が締結され、様々な協力分野の中でも最多であった。アメリカ、オーストラリアを加えた地域間協力枠組のクアッドも2020年より定例化した。またインドの世論は、世代間ギャップに留意すべきだが「日本との関係を友好と捉え、日本を現在そして将来にわたり重要なパートナーと認識している」というアンケート結果vがある。

「インドはヨーロッパ全土に匹敵する国土の広さ、宗教や社会制度から考えても、一国の名では括り切れない『多様性社会』です。その特質を多面的に捉え、今後も科学技術関係の発展に期待したいと思います」。インド社会の本質に迫る幅広い質問にも答えつつ、栗原氏は講演を締め括った。

(文: JSTアジア・太平洋総合研究センターフェロー 斎藤至)


上へ戻る