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第21回アジア・太平洋研究会「経済安全保障と科技外交:アジア太平洋を舞台に」(2023年4月27日開催/講師:角南 篤)

日  時: 2023年4月27日(木) 15:00~16:30 日本時間

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

言  語: 日本語

講  師: 角南 篤 氏
公益財団法人笹川平和財団 理事長、政策研究大学院大学 学長特別補佐・客員教授

講演資料: 「第21回アジア・太平洋研究会講演資料」(PDFファイル 5.82MB)

YouTube [JST Channel]: 「第21回アジア・太平洋研究会動画

角南 篤(すなみ あつし)氏

公益財団法人笹川平和財団 理事長、政策研究大学院大学 学長特別補佐・客員教授

略歴

公益財団法人笹川平和財団 理事長、政策研究大学院大学 学長特別補佐・客員教授、早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構 客員教授、広島大学 学術顧問。
専門は科学技術・イノベーション政策。
内閣府参与(科学技術・イノベーション政策担当)等を経て、内閣官房、内閣府、外務省、文部科学省等の有識者会議委員を務める。
コロンビア大学政治学博士(Ph.D.)、コロンビア大学国際関係・行政大学院国際関係修士(MIA)、ジョージタウン大学外交学学士(BSFS)。

第21回アジア・太平洋研究会リポート
「経済安全保障と科技外交:アジア太平洋を舞台に」

今、何がアジア・太平洋において科学技術外交に求められているのか?

ロシアのウクライナ軍事侵攻に於ける力による一方的な現状変更の試み、そして先端技術を巡る米中覇権争いなど、現在難しい問題が起きている。折しもG7サミットのホスト国として、日本は国益・国家戦略における経済安全保障および安全保障に影響を与える科学技術外交に取り組んでいる。

角南篤先生のライフワークでもある科学技術政策について、科学技術を科学技術外交へ役立てる観点から、日本の科学技術外交がどうあるべきか、多面的に科学技術外交の重要性や問題点を提起していただいた。今後の方向性として、オープンサイエンスは重要であり、オープンイノベーションのあり方およびブレークスルーしていく期待について、具体的かつ的確にご説明いただいた。以下、ご講演内容をご紹介する。

日本を取り巻く環境

ロシアのウクライナ軍事侵攻および高まる米中対立と覇権争いは、国際社会に大きな影響を与えている。米中対立は台湾有事とインド太平洋の連携に、ウクライナ侵攻はNATO拡大とEUとの連携に、そしてASEAN 50周年などが、日本が考えるべき重要な外交課題となっている。また、ロシア問題における国連の機能不全に直面し、新たな国際秩序に向けた国連・安保理機能改革が叫ばれている。このような日本の外部環境を認識した上で、経済安全保障も考慮しながら、科学技術外交の役割を考えてみたい。

米中間競争は、大国の興亡をかけた「テクノヘゲモニー(先端技術による覇権)」争いと言える。20世紀以降、「テクノヘゲモニー」を握るには、①大学システムと産学連携(サイエンスの導入)、②大量生産システムの確立の2つの要件が必要である。また、近年は先端技術が切り開くフロンティアにおける地政学が、重要な要素となっている。先日の民間月面着陸失敗は残念であったが、宇宙分野でも日本の科学技術の生き残りをめざして日本のプレゼンスを獲得しようとしている。先端技術が切り開くフロンティア(宇宙空間・海洋・極域・サイバー空間など)では、どういう戦略を立ててやるのか、どことパートナーになるのか、ルール形成および科学技術外交が問われている。

生き残りをかけた日本の戦略

我が国が推進する「経済安全保障」について、その法整備は日本が各国の先頭を走っているのではないか。安全保障を確保するためには、レアアース・物資・サプライチェーンなどについて、より戦略的自律性を確保し、対立する可能性のある国に対する戦略的不可欠性を獲得し、そして我が国益を守ることになる。また「エコノミック・ステートクラフト」を端的に言うと、国家が自らの戦略的目標を達成するために経済的手段によって他国に影響を行使することであり、安全保障を経済安全保障によって経済政策と合わせて総合的に展開することである。

岸田政権のもとでは、生き残りをかけた日本の戦略として、DX(デジタルトランスフォーメーション)・ES(環境と社会)・SS(半導体戦略)・「新しい資本主義」と「デジタル田園都市構想」などが進められている。また、中国外交におけるEconomic Coercion(強要)に対抗するために、2010年レアアース対日輸出規制の解決経緯や昨年の米国によるリトアニア救済措置などから学び、いかに経済安全保障を強靱化して対抗していくのか、日本は考えている。

イノベーション政策

技術の優位性を巡る競争には4つのテーマがある。先端技術の育成、人材獲得/流出対応、技術・データの保護強化、サプライチェーンリスクの低減である。他方「エコノミック・ステートクラフト」となりえる重要技術のリスク把握と研究開発強化が進む。近年、ミッション志向型科学技術イノベーション政策では、地球規模課題への対応や社会的な問題解決等を図り、また新たな経済的、社会的価値を生む、研究開発が期待されている。

米国DARPA(国防高等研究計画局)では、フロンティアで競う科学技術イノベーション政策として、high risk(大きなリスクを負う)high payoff(高い利益を生む)研究の実用化を目指して研究助成を実施している。即ち新興技術の中でも、ゲームチェンジャーであり破壊的な技術の開発を目指している。昨今、民政と軍事の技術の関係が強くなっており、境目もなくなってきている。デュアルユース政策とは、安全保障政策と科学技術イノベーション政策が重なるところであるが、国家安全保障・外交に資するイノベーションに繋がる研究開発エコシステムが重要視される。このようなDARPA型研究が伝播した事例として、日本ではImPACTがハイリスクを意識的に目指した研究支援プログラムである。

近年、重要技術確保に向けた取り組みとして、バイデン政権の米国において、続いて欧州でも産業政策が強化された。経済安全保障が保護主義に繋がらないことを意識しながら、いかにしてイノベーションのスピードを上げるのか、G7科学技術大臣会議で各国の協力が議論され、「オープンサイエンス」が強調されている。

中国の夢

中国のプレゼンスをトップに持って行くという「中国の夢」では、建国100周年に当たる2049年にGDP世界一を目指している。科学技術力では、論文数・特許出願数のシェアでは既にトップ級であり、中国の台頭は著しい。外交では「一帯一路」に「ユーラシア経済連合」を加えて、北極シルクロード構想を唱えており、これは中国とロシアの共同戦線がもたらす北極圏における修正主義と言える。中国のイノベーションシステムの特徴は、政府主導による資源配分と政府・企業・研究所・技術革新支援サービスの連携にある。

日本としては、中国を単純に2つの陣営のどちらかに位置づけると言うよりも、ユーラシア・北極での対決を避けられるか、中国を追い込むと言うよりも、中国とどう付き合うか、考えていく方向ではないか。

中国の長い歴史によれば、鄧小平の改革開放路線に見られるように、開かれ・学ぶことが続いている。その時代時代の先端技術の獲得と経済・貿易政策が一体的に実施され、他国から常に学ぶという姿勢、そして継承と変革により制度を深化させてきた強みがある。明の鄭和は、漢民族ではなくアラブ系と言われている。最先端の航海技術・大船団を運用し、世界の先進技術を獲得し続ける重要性を識っている。一方、時代に適合しないとなると、明は巨大な組織を一気に焼き捨ててさっさと止めてしまう。現代の習近平主席は、これらの要件を維持することが可能なのか、国を閉ざしてしまうのか?

中国の軍民融合・デュアルユース技術獲得戦略は、中国製造2025・中国標準2035・軍民融合発展戦略などを基に、イノベーション能力の向上・品質と製造効率の向上・インダストリー4.0・グリーン成長などを目指して展開されてきた。今後、他国との交流が出来なくなったら、どう対応していくのか注視したい。

日本の対応

「技術報国」が築き上げた日本の対応について考えると、技術的優越の確保を先ず目指すべきである。我が国のデュアルユース・イノベーションシステムでは、工廠を持たないため、基礎研究・汎用技術研究は大学や国立研究開発法人に頼ることになり、産学連携がカギを握る。

では、どうやってイノベーションを興すのか、技術を盗まれない、盗まれるという議論もあるが、技術が無くなったら意味がない。常に世界からイノベーションで注目されるエコシステム・メカニズムを考えるべきである。MDA(海洋状況把握)・SSA(宇宙状況把握)の分野では、新技術のテストベッドとして、リモートセンシング衛星の小型化とコンステレーション運用、データシェアリング、リンケージの問題などが研究されている。

日本が米国のみならず先進国と協力して科学技術政策を進めて行くには、経済安全保障に係わる取組について基本的環境を整備する必要がある。共通ルールとしてオープンサイエンスの理念を置いた上で、今回の法整備では、経済安全保障に係わる取組みとして4つの柱がおかれた。①サプライチェーンの強靱化、②基幹インフラの安全性・信頼性の確保、③官民技術協力、④特許の非公開化である。また、Science Integrity(公正)をもって経済安全保障重要技術育成プログラムを実施していく上で、先端技術情報の分析と経済インテリジェンスの制度設計を要する。

新たに制定された「経済安全保障推進法」に沿って経済安全保障政策と新体制が整備されてきている。同法の第4章では先端的な重要技術の開発支援に関する制度、第5章では特許出願非公開に関する制度、そして第2章では重要物資の安定的な供給の確保に関する制度が規定されている。特定重要物質の安定供給確保に向けた取組方針では国際連携・国際ルールの構築・人財育成・確保がとても重要とされている。物資の候補案としては、国民の生存に必要不可欠な物資として食料安全・肥料の確保、広く国民生活又は経済活動が依拠する物資として、半導体ほか輸送面では船舶関連機器(エンジン、ソナー、プロペラ)が挙がっている。

先端技術情報の分析と経済インテリジェンスの制度設計では、新たなシンクタンク機能の設立と活用が検討されている。内閣官房にNSS経済安保チーム、内閣府に経済安全保障室を設置し、司令塔機能を強化している。そして防衛・外務・その他関係省庁の取り組み強化、インテリジェンスシステムとの効果的な連携、セキュリティ・クリアランス制度の構築および経済安全保障重要技術育成プログラムの制度設計が進んでいる。米国ではDefense Science Board(国防科学委員会、DSB)が科学・技術・運用・その他特別事項について独自の提言を行う。DSBには国防長官・国防次官・陸海空・国防政策・国防ビジネスおよびインテリジェンスの議長も参加する。その他、ランド研究所、Institute for defense analysis IDA、FERDC(連邦政府予算による研究開発センター)を日本は参考としている。

日本の科学技術外交

日本が招致した最初の国際会議は第三回汎太平洋学術会議(1926)である。日本学術会議初代理事長・櫻井錠二は「科学の為の科学ではなく、生活のための科学であり、国境を越えた人類共通の問題を解決する人類の為の科学でなければならない。」という考えを掲げ、参加国の信頼に繋がった。

科学技術外交は、科学と外交の出会いであり、政策決定過程において科学的知見の影響を高め、知的リーダーシップ・科学的助言・国際的課題解決を図るものである。「外交の中の科学」では、外交政策の意思決定過程に科学技術の知見を助言や提言によってインプットする。岸田政権では総理官邸に科学技術顧問(JST橋本理事長)が置かれた。平成27年9月に初めて外務大臣科学技術顧問を置いた当時の外務大臣が岸田総理であり、科学者の意見を日本の政策の意思決定に繋ぐことを狙っている。「科学のための外交」では、外交を通じて国際的な科学技術分野における協力を促進することを意味する。地球規模課題・人類共通課題、例えばエネルギー問題・感染症などに取り組む。科学技術イノベーションやオープンイノベーションに大きな影響を与える国際ルール・標準化そして人材の国際移動に関わる取り決めを巡る外交も含まれる。「外交のための科学」では、科学技術分野の国際協力や世界的な研究者ネットワークやコミュニティを、国家間の関係構築に役立てることである。政府による外交ルートをTrackⅠとするならば、非政府主体外交ルートTrackⅡでは、まず科学技術交流から入っていく。難しい国家間に、例えば米国はイラン・キューバにノーベル賞受賞者を送り込み、信頼を作っている。

「技術報国」日本の役割

外交では「自由で開かれたインド太平洋」Free and Open Indo-Pacific (FOIP)がますます重要となっている。新たな防衛環境に対する「技術報国」日本の役割として、技術的優越の確保による経済安保イノベーションプラットフォームの構築が求められている。防衛装備品では、安全保障上重要な次世代戦闘機を英・伊と開発が決まり、ASEANとの外交関係では50周年を迎えてより強固にする。ASEANは留学生・人材交流から始まり、今や共同開発やイノベーション・エコシステムなど、新しい視点でのASEAN連携のステージを迎えている。一方で、外交上難しい国、例えばロシア・北朝鮮との間での信頼構築が課題である。そして、中国との外交関係をどう考えていくのか、ニーズに対してどう答えるのか、知恵を出していくことが必要であろう。

(文: JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 三田 雅昭)


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