日 時: 2023年6月30日(金) 15:00~16:30 日本時間
開催方法: WEBセミナー(Zoomウェビナー)
言 語: 日本語
講 師: 松田 侑奈 氏
JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー
講演資料: 「第23回アジア・太平洋研究会講演資料」( 3.40MB)
YouTube [JST Channel]: 「第23回アジア・太平洋研究会動画」
調査報告書:
『第4次産業革命時代における韓国の科学技術』
松田 侑奈(まつだ ゆうな)氏
JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー
2022年5月10日、5年ぶり保守への政権交代を果たした尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏が韓国の新大統領として就任した。尹大統領は就任演説で、二極化と社会葛藤の国内問題は跳躍と急速な経済成長を実現することによって解決できるとした上で、科学と技術、そして革新のみがそれを実現することができると述べた。
それから1年余りが経った今、尹政権は新たな国家科学技術戦略を描き、次々とその施策を打ち出している。文在寅(ムン・ジェイン)政権から尹政権に至る韓国の科学技術政策を調査してきた松田フェローが韓国の科学技術政策を読み解いた。
韓国の2021年研究開発費総額は世界5位、GDPに占める研究開発費総額の割合は世界2位、人口比研究者数は世界1位となっている。このように科学技術への投資や発展が目覚ましい中、韓国が科学技術力を強化するために取り組んできた政策を振り返って見て、どのような事業、施策が科学技術の発展につながったのかについて説明した。
まず、韓国の科学技術力は今どのレベルまできているのか。松田フェローは韓国の立ち位置を裏付ける、研究開発費、研究力(論文)、特許数の推移や、国際経営開発研究所(IMD)・世界知的所有権機関(WIPO)・国連など世界的な指標での韓国の躍進を紹介した。
韓国の研究開発費は右肩上がりの成長を見せている。韓国の研究開発費は1963年にわずか12億ウォン(約1.2億円)に過ぎなかったが、2021年には102兆1,352億ウォン(約10.2兆円)にまで増加し、ついに研究開発費100兆ウォン時代の幕を開けた。
世界レベルからみると、アメリカ、中国、日本、ドイツに続き5位で、研究開発費の対GDP比はOECD国家のうち2位である。研究者の総数においても世界5位であり、人口1000人当たりの研究者数(フルタイム当量;FTE)では人口比研究者数が最も多い国である。
そのアウトプットとなる論文数をみると、2007年頃から世界12位を維持し、高止まりしている。
論文の質については、科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の調査によると、韓国はトップ10%補正論文数(2018年~2020年)で日本(12位)を追い越し、世界11位となった。韓国の論文の質がここまで伸びたことについて驚きの結果であった。論文数においては、近年韓国の順位に大きな変動はなく、かつ日本の論文数が伸び悩んでいることから、韓国が日本を超えたというより、日本が総体的に下落したという見解もあるが、韓国における論文1本あたりの被引用数が2016年の段階では世界平均を下回っていたところ、2020年には上回ることとなったので、論文の質は確実に向上したと思われる。
では、韓国の論文の質は、なぜここまで伸びたのか。韓国は1999年から大学の研究力を引き上げるために、「BRAIN KOREA(頭脳韓国)」という事業を展開している。この事業は、政府が研究力の高い大学院と研究人材の育成のために支援を行う巨大なプロジェクトである。どのような大学を指定するかについての評価軸のひとつが論文の実績であり、それにより論文の数や質も大幅に上がった。
もう一つは、韓国にはKAIST(韓国科学技術院)・UNIST(蔚山科学技術院)など、五つの科学技術研究に特化した大学(科学技術特化大学)がある。これらの大学では恵まれた支援を受けながら研究を進めることが可能であり、より一層の高い成果に結実しているものと考えられる。
併せて韓国の躍進には基礎研究を含めた科学技術に対する継続的な投資がベースとなっている。また、就職においても博士など学位の取得や論文数が重視される。これらが韓国の論文の数・質の向上に貢献したといえる。
また、韓国は技術力のバロメーターとなる特許においても世界レベルの高さを誇る。中でもモバイル・IoTなどの情報通信や、メモリー半導体では世界最高レベルであり、継続的な投資を続けてきた宇宙・国防分野でも強みを見せている。
このような韓国の躍進は、研究・技術力だけではない。韓国は経済成果、政府の効率性、ビジネスの効率性、インフラの4つの指標でランク付けをする、国際経営開発研究所(IMD)の「国際競争力ランキング2022」において27位(日本34位)となった。
WIPOの会員国を対象とする「グローバルイノベーションインデックス」で、2020年韓国は6位(日本13位)でアジア諸国ではトップとなるなど、各種指標においても躍進が目立つ。ただ、企業のリストラにかかる費用、外国人による直接投資など企業環境などでは低い評価を受けている。
韓国はご存知の通り情報通信が強い分野である。特にモバイル分野では1996年世界初のCDMA(符号分割多元接続)商用化に続き、2019年には世界初5Gサービス商用化を実現した。半導体事業ではメモリー分野に限定すると、2021年度半導体純利益でサムスン電子が1位、SKハイニックスが3位である。
また近年力を入れているのが宇宙分野である。韓国国産ロケットの「ヌリ号」は昨年、2号機で初の打ち上げ成功に続き、今年5月3号機の成功を収めて、今後の宇宙開発分野における期待を高めた。
これらの成果を出すために、韓国政府がどのような政策や事業を行ってきたかについて、直近の文政権と尹政権に焦点を当てて説明した。
近年韓国でホットなキーワードとなっているのが第4次産業革命である。文政権で大統領直属の第4次産業革命委員会(政権交代後はデジタルプラットフォーム政府委員会に吸収された)が発足し、戦略や法制度の検討が進められており、尹政権でもその基調は続いている。ただ、日本と比較し、政権交代を機に、大規模の組織改編を行う傾向があるため、科学技術を主管する省庁も政権によって変わることがしばしばある。科学技術政策については、最高意思決定機関の国家科学技術諮問会議(PACST)、科学技術主幹省庁である科学技術情報通信部(MSIT)、その傘下の科学技術イノベーション本部を中心に運営されている。他にも科学技術に関わる省庁が多く、意思決定体制が分散化されていると指摘する声もある。
第4次産業革命に向けた政府の重要な取組としては、イノベーションや新産業を支援するための法制度の整備、4次産業を支えるデータ、ネットワーク、人工知能(AI)の基盤づくり、長期間を要する基礎研究への支援強化、未来自動車・非メモリー半導体(システム半導体)・バイオヘルスのBIG3を中心とした産業支援強化、高度人材育成が挙げられる。
一方、尹政権では科学技術育成を経済分野の一つの国政課題として捉えた文政権と異なり、科学技術を経済から独立した国政課題として位置づけ、さらに格上げを行ったことは注目すべきである。さらに尹政権では、半導体・ディスプレイ、二次電池、量子などを12大国家戦略技術として取り上げ、グローバル5大技術強国への跳躍を目指している。
韓国は国を挙げて科学技術への惜しみのない投資と支援を継続している。その結果、研究開発環境やデジタル化が非常に進んでおり、インフラ面でも優れている。その成果は先述した各種の指標に表れており、科学技術強国に大きく一歩近づいていると評価できる。
尹政権の発足後、日韓の関係改善が目に見えて進展している状況の中、日本としては韓国の科学技術への取組をしっかりと見定めて今後の協力関係を構築していく必要がある。
(文: JSTアジア・太平洋総合研究センターフェロー 安 順花)