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第27回アジア・太平洋研究会「ハイテク分野の米中摩擦の現状とその行方」(2023年12月20日開催/講師:伊藤 信悟)

日  時: 2023年12月20日(水) 13:30~15:00 日本時間

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

言  語: 日本語

講  師: 伊藤 信悟 氏
株式会社国際経済研究所 研究部 主席研究員

講演資料: 「第27回アジア・太平洋研究会講演資料」(PDFファイル 2.48MB)

YouTube [JST Channel]: 「第27回アジア・太平洋研究会動画

伊藤 信悟(いとう しんご)氏

株式会社国際経済研究所 研究部 主席研究員

略歴

1970年生まれ、1993年4月富士総合研究所入社、2001年12月~2003年11月台湾経済研究院副研究員兼任(駐台北)、2002年10月みずほ総合研究所に転籍、中国室長などを経て、2018年1月より現職。
2021年4月より明治大学経営学部兼任講師。
専門:中国・台湾経済、中台経済関係


第27回アジア・太平洋研究会リポート
「ハイテク分野の米中摩擦の現状とその行方」

2018年に中国の輸出製品に米国が課した追加関税をきっかけに始まった米中貿易摩擦は、ますます激化している。特に近年は、半導体やAI(人工知能)などハイテク分野を中心に、米国は中国に対する輸出や投資の規制を強化している。

本研究会では、株式会社国際経済研究所の伊藤信悟主席研究員に、ハイテク分野の米中摩擦の現状とその行方について、1) 米国の対中観・対中政策の変容、2) 中国の「自立自強」政策、3) 米中摩擦と周辺諸国・地域の対応に関する台湾の事例、4) 米中ハイテク摩擦の行方の4つの観点からご講演いただいた。

米国の対中観・対中政策の変容

中国のWTO加盟以降、米国は中国に対して関与政策を取ってきたが、近年厳しい見方が強まっている。その一つの原因として、中国の経済的キャッチアップに対する懸念が挙げられる。GDP、貿易額、軍事費、研究開発支出とも米国に比肩する水準まで、中国は徐々に拡大している。また、中国の科学技術力の急速な向上に対する懸念も高まっている。中国は特許申請数で2012年に日米を抜き、世界1位になったほか、IoTデバイス、5G、半導体、AI、スパコン、量子技術などのハイテク分野でも躍進している。分野によっては中国が米国を抜いたとの報告もある。

このような状況の下、米国が中国に対する関与政策を見直す機運が高まり、習近平政権の発足以降、厳しい政策を取る傾向にある。2022年10月に米国が公表した「国家安全保障戦略」では、中国に対して、国際秩序改変の意図を持ち、それを実行する経済的・外交的・軍事的・技術的能力を備えた唯一の競争相手との認識を示して、投資、同盟国との連携、責任ある競争について具体的措置を挙げている。投資については、米国国内での重要インフラ、基礎的サイバーセキュリティ、半導体産業等の戦略的な投資を進めるとしており、バイデン政権下では、対外直接投資規制に加えて、輸出管理の強化、金融手段の利用、情報流出の防止など技術・情報管理を進め、制裁を強化している。同盟国との連携については、2022年9月のIPEF閣僚会合において貿易、サプライチェーン、クリーン経済、公正な経済の4分野での交渉開始が宣言され、2023年5月の同会合においてはサプライチェーン協定の実質合意がなされた。さらに同年11月には重要鉱物対話の創設などが合意され、エネルギー安全保障や技術などでも追加的イニシアティブが今後追求される見込みである。G7広島サミットでは、デカップリングではなくデリスキングであるというコンセンサスが形成され、明確に定義された狭い範囲での機微技術の適切な管理についても合意された。急速かつ野放図に対中規制が広がることは避けつつも、複数国の協調によって対中規制の整備やサプライチェーン強靭化を進めていくための一定の枠組みが作られつつあると言える。

中国の「自立自強」政策

このような米国の対応に、中国がどのような反応を示しているのか。「自立自強」がキーワードとなる。

中国は2035年までの長期目標として、1人当たりGDPを中等先進国並みにすること、多くの分野において強国としての基盤固めを行うことを掲げた。しかし中国内外の情勢が変化する中で、持久戦への覚悟を国民に求めるとともに、新たな発展理念として革新(日本語でイノベーションの意味)を筆頭に挙げている。とりわけ中国指導部は、中国国内の重要技術は外資系企業が握っているという強い危機意識を持っており、自力更生、軍民融合を支える技術的基盤の重要性を強調している。そのため、強化すべき科学技術領域の選択においては、軍民融合技術、経済安全保障が強く意識されている。また、自前のサプライチェーン強化、軍民融合、国際優位性確保の観点から、育成対象の製造業が選定されている。具体的には、製造業のコアコンピタンスの向上のために、ハイエンド新材料、重要技術設備、スマート製造・ロボット技術、航空機エンジン・ガスタービン、新エネ車・スマートカーなど、様々な産業が育成対象とされている。

これらの産業を育成する枠組みは、中国の経済発展グランドデザインである「双循環」である。国内大循環を主として、国内と国際の2つの循環が促し合う新たな発展構造の構築を加速することを狙いとしている。しかし、現在の中国は想定よりも経済の自律的回復力が弱く、かつ米中競争下で「国家安全」を確保しなければならないという「双循環」を加速する上で2つの課題に直面している。中国政府も経済の発展と安定にとって市場経済化・対外関係安定が必要だと認識しているが、自立自強やサプライチェーンの強靭化といった「国家安全」上の課題との間でどのようにバランスを図るかが大きな課題となっている。

米中摩擦と周辺諸国・地域の対応:台湾の事例

米中摩擦を受けた周辺諸国・地域の対応について、台湾のハイテク企業を事例として取り上げた。米中対立が激化する中、台湾企業は取引先や投資先の分散傾向を強めている。台湾の輸出入額に占める中国のシェアは、2020年をピークとして低下傾向にあり、海外直接投資認可額も中国向けの金額は減少傾向にある。一方、米国やASEANなどへの投資は増えている。

台湾企業の輸出製品の生産国・地域を見ると、中国の比率が低下する一方、台湾やASEANが増加しており、生産地の分散が生じている。その結果、米国の輸入相手国として中国の比率が低下し、台湾・ASEANのシェアが拡大している。コンピュータ、ルーターなど主要IT製品・部品の輸入先についても、同様の傾向が見られる。この原因として、米国の中国に対する追加関税も挙げられるが、トランプ政権が打ち出したクリーンネットワーク構想以降、中国製品の使用を禁じる政府の意向を米国企業が踏まえて、台湾企業に分散を迫る動きが強まったと考えられる。なお、台湾の半導体企業による海外での工場建設が始まってはいるが、世界のロジックIC生産における台湾の中核的地位は現在でも維持されている。台湾は「在台湾、加世界」、つまり、台湾をベースとしながら、国際化を進めていく方針であり、現時点でも先端半導体の生産は基本的に台湾で実施されており、持続的な投資も行われている。

米中ハイテク摩擦の行方

2023年11月の米中首脳会談において、軍事などの様々な対話の再開やハイレベルでの相互訪問・協力の継続が合意された。ただし、米中間の力点の違いも数多く見られた。例えば、中国は、米国が「台独」の立場の不支持を具体的な行動で示すべきとし、また、米国は輸出規制、投資審査、一方的制裁を中国に絶えず発動していると主張し、中国に公平・公正・非差別的な待遇を与えることを希望するとしている。しかし、米国は中国の不公正な貿易政策、非市場経済的慣行、米国企業への制裁的行動を引き続き懸念し、米国の先進技術が米国の安全保障の脅威として使用されることを避けるために、必要な措置を今後も取るという姿勢を見せている。

先行き不透明感が漂う中で、バイデン政権は中国と衝突に至らないような対応を取っているが、議会では、超党派法案「対中競争法案2.0」において、中国政府への先端技術の流入制限や投資流入の抑制などを検討しているほか、超党派諮問委員会は、中国輸出業者による関税回避に対抗するための法改正や、武器・デュアルユース技術に関する輸出管理制度の一本化に関する評価検討なども提案している。一方、2023年末に開催された中国共産党中央経済工作会議では、2024年の方針として高水準の科学技術自立自強の推進や高い質の発展と高水準の安全の統一的計画・処理が強調されている。経済工作の筆頭には「科学技術イノベーションによる現代化産業体系建設のけん引」が挙げられ、ハイテク産業が極めて重視されている。

以上のように、米国は、投資、同盟国との連携、責任ある競争という基本方針の下、衝突を避けながらも、中国との競争に勝つための体制構築を図っている。バイデン政権は「相互依存の下での競争」という構図を意識し、「デカップリング」ではなく「デリスキング」、「Small Yard, High Fence」を推進する方針である。一方の中国も米国との競争を強く意識し、「自立自強」を実現するため、「新型挙国体制」の下、「双循環」の形成を加速している。多くの資源をハイテク産業に投入するとともに、「制裁」に対する「報復」体制を整備している。このような米中対立の下、台湾ハイテク産業は取引先、投資先を分散する傾向を強めており、その傾向は続く公算が大きい。2024年11月の米大統領選を控えて、米国の対中政策が強硬化するリスクは排除しきれず、米中間の報復応酬の中で制限領域が広がっていくリスクには注意が必要である。

(文:JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 安 順花)


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