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第29回アジア・太平洋研究会「脱「中国依存」は可能か-「プロセス知識」の破壊力-」(2024年2月9日開催/講師:三浦 有史)

日  時: 2024年2月9日(金) 15:00~16:30 日本時間

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

言  語: 日本語

講  師: 三浦 有史 氏
日本総合研究所 主席研究員

講演資料: 「第29回アジア・太平洋研究会講演資料」(PDFファイル 1.39MB)

三浦 有史(みうら ゆうじ)氏

日本総合研究所 主席研究員

略歴

中国経済の構造的問題に焦点を当てた多数の論文を発表。
日本貿易振興会(JETRO)を経て、現職。
著書に『ODA(政府開発援助)-日本に何ができるか(中公新書、渡辺利夫氏との共著)、『不安定化する中国-成長の持続性を揺るがす格差の構図』(東洋経済新報社、第6回樫山純三賞受賞)、『脱「中国依存」は可能か-中国経済の虚実』(中央公論新社)など。


第29回アジア・太平洋研究会リポート
「脱「中国依存」は可能か-「プロセス知識」の破壊力-」

米中貿易戦争がますます激化している中、脱「中国依存」はどれほど進み、グローバルバリューチェーンはどのように変化していくのか。本研究会では、日本総合研究所の主席研究員三浦有史氏に、①半導体、②電子機器、③電気自動車(EV)・リチウムイオン電池・太陽光発電の3製品を中心に、脱「中国依存」の視点から中国の先端産業、経済の動向について解説していただいた。

1. 半導体-中国「封じ込め」に成功か

三浦氏は、半導体が米中技術覇権争いの最大の争点であると指摘したうえで、中国の半導体産業は米国をはじめとする先進国の半導体産業と切り離されたと報道されているが、実際は一律には断言できないとした。その根拠として、三浦氏は以下のように述べた。

周知の通り、米政府は2022年10月に「BIS輸出管理規制」を制定し、最先端半導体技術が中国に渡ることを禁止する旨を発表している。この規制による最も大きな変化は、元々はエンティティー・リスト(EL)に掲載されている企業だけに技術輸出の制限がかかっていたところ、中国のすべての企業に対して先端半導体技術の輸出が禁止となった点にある。

最先端半導体には、1) 16/14ナノメートル(ナノは10億分の1)以下のロジック半導体、2) 128層以上のNAND型メモリー半導体、3) 18ナノメートル・ハーフピッチ以下のDRAMが含まれる。米国の輸出管理規制によれば、最先端半導体、スーパーコンピュータ、半導体製造装置の開発・製造に関連する物品の対中輸出を規制するとともに、米国人が中国国内でそれらの開発・製造に携わることも規制されている。この措置によって、半導体製造装置の米国大手企業が数百人単位の人員を中国から引き上げたため、中国の半導体業界にとって大きな打撃となったことは間違いない事実である。

半導体の研究開発や生産は、ED/IPコア、設計、製造装置、素材、製造(前工程)、製造(後工程)の6つにおける分業が世界中で進んでいる。実際の世界市場シェアを見ると、ED/IPコア、設計、製造装置における中国の存在感は希薄で、それなりにシェアを誇っている素材および製造についても、中国に進出した台湾や韓国などの外資企業の貢献が大きい。中国の地場企業に限ると、半導体の自給率は僅か6.6%に過ぎない。そのため、米国の規制によって中国は自力で最先端半導体を製造する道を断たれたことと同然である。

バイデン政権はなぜ半導体にここまでこだわるのか。その理由について、三浦氏は次のように分析する。自動車等の製造業全般において半導体の影響力が大きいのは言うまでもなく、「デュアルユース」と呼ばれる最先端半導体の軍事転用、即ち、安全保障上の問題が大きな理由となっている。半導体はドローン、誘導ミサイル、ヘリコプター、ジェット戦闘機、戦闘用車両、電波探知装置といった兵器の能力向上に不可欠であるが、台湾有事の可能性とファーウェイやその子会社であるハイシリコンをはじめとする中国半導体産業の急成長は米国に大きな危機感をもたらしたのである。

ここまで手を打ったら、中国はもはや「復活」できないのではないか。多くの人の予想を覆し、中国は簡単に白旗を挙げなかった。ファーウェイが2023年8月に7ナノメートルの半導体を搭載した新型スマートフォンを販売したのである。半導体戦争が簡単に終わらない3つの理由として、三浦氏は、1) 米国が産業用・民生用電子機器の半導体を完全に自給するには4000億ドルが必要であり、完全自給体制になるにはまだ時間がかかるということ、2) 最先端半導体が半導体市場全体で占める割合は、多くても2割程度であり、中国はBIS輸出管理規則に抵触しない半導体の製造に注力していること、3) EV生産大国である中国でBYD等の新興企業が大きな躍進をみせ、パワー半導体市場で大きな存在感を示していることを挙げて、半導体分野における中国の「封じ込め」戦略は米政府の思惑通りには進まないと述べた。

2. 電子機器-緩やかに進む脱「中国依存」

では電子機器分野はどうなのか。三浦氏は、具体的なデータで電子機器分野での脱中国依存の状況を示した。

米国の輸入統計によると、対中輸入の9.3%を占めるスマートフォンは、2023年1~9月に293億ドルとなり、スマートフォン輸入の71.6%を占め、中国依存度は高いものの、米中通商摩擦前の2018年が81.8%であったことを踏まえれば、緩やかに脱「中国依存」が進んでいる。対中輸入の8.6%を占めるノートパソコンは、2023年1~9月には272億ドルで、ノートパソコン全体の輸入の80.4%を占め、2018年は94.1%と比較すれば、脱「中国依存」が着実に進んでいるといえる。音声・画像データのスイッチング機械の輸入に占める中国の割合は2023年1~9月に18.8%と、2018年の49.6%から30%ポイント超の低下を見せている。

従って、電子機器においては、緩やかではあるが、脱中国依存が進んでいるといえる。因みに電子機器における脱「中国依存」は、台湾の電子機器受託生産サービス(EMS)企業が中国以外の国に工場を設けた結果であるが、サプライチェーン変更により恩恵を最も多く受けているのはベトナムである。中国以外の工場として最近はインドが注目されるようになっているが、インドと中国の対米輸出品目はほとんど重複しておらず、重複が見られるのはスマートフォンぐらいである。

3. EV・リチウムイオン電池・太陽光発電に見る中国の破壊力

最後に、EV・リチウムイオン電池・太陽光発電での脱中国依存について見た。電気自動車(EV)・リチウムイオン電池・太陽光発電関連製品は、新「三種の神器」と呼ばれるほど、新たな輸出けん引品目として台頭している。グリーン・トランスフォーメーションの背景もあり、中国は依然として世界の工場である。

三浦氏によると、中国は決してGX先進国とは言えないものの、多額の補助金を投入した普及策により、電気自動車(EV)、リチウムイオン電池、太陽光発電関連製品のいずれも世界最大の市場となっており、企業はその中で価格競争力や技術力を高めてきた。リチウムイオン電池の76%(2022年)が中国で生産され、太陽光発電関連製品の4つの主要パーツの何れも70%以上が中国で生産され、世界市場の中で圧倒的な存在感を示す。この分野においては、米国には半導体のように補助金で国内の生産能力を増強することが難しい。また、中国は既に大きな市場で育てた技術力をベースとした強力な価格競争力を保持している。消費地生産を含めた中国にどう対応するか、中国なしでGXを進めることができるか、と言う問題に欧米は直面している。

4. 大量生産と「プロセス知識」

中国の価格競争力の源泉は何なのか。三浦氏は、生産規模と産業集積だと分析する。中国式のイノベーションは、政府がまず重点分野に集中的に資本を投下し、意図的に「リープフロッグ」を起こすと、各企業は生き残りをかけて自然と価格競争に巻き込まれ、結局、生産規模が大きいところが生き残るというメカニズムである。グローバルバリューチェーンから中国を排除しようとの意見もあるが、他国が真似できない生産規模を誇っているため、中国なしのバリューチェーンは難しい。中国は、「安かろう、悪かろう」という段階を既に超え、技術面でもかなり進化している。

三浦氏は、中国の強さの源泉は、大量生産がもたらした「プロセス知識」にあるとしたうえで、著書「中国技術革命の本質-大量生産と『プロセス知識』」中の次の言葉で講演を締めくくった。「中国は、生産能力を高めることで、大量生産そのものがもたらす学習プロセスを技術イノベーションに組み込んで進化させた。この「プロセス知識」と呼ばれる技術が中国を技術イノベーションの中枢へ押し上げた」。

(文:JSTアジア・太平洋総合研究センターフェロー 松田 侑奈)


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