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第32回アジア・太平洋研究会「ASEANの科学技術イノベーション概略について」(2024年5月31日開催/講師:金子 恵美)

日  時: 2024年5月31日(金) 15:00~16:30 日本時間

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

言  語: 日本語

講  師: 金子 恵美 氏
JSTシンガポール事務所 所長

講演資料: 「第32回アジア・太平洋研究会講演資料」(PDFファイル 2.98MB)

YouTube [JST Channel]: 「第32回アジア・太平洋研究会動画

金子 恵美(かねこ えみ)氏

JSTシンガポール事務所 所長

略歴

政策研究大学院大学地域政策プログラム修了。
JST入職後、国際事業、科学コミュニケーション、ダイバーシティー推進、監査業務などを経て2019年より現職。
(e-ASIA共同研究プログラム事務局長を兼務。)


第32回アジア・太平洋研究会リポート
「ASEANの科学技術イノベーション概略について」

東南アジア諸国連合(ASEAN)の10カ国は、殆どの国で継続する人口ボーナスと活発な企業活動に支えられ、その経済的発展は目覚ましく「世界の成長センター」と称される。最近10年では政策の体系的な推進も相まって科学技術力を高めてきた。JSTシンガポール事務所は旧マレーシア事務所から移転して2009年に開所し、日本とASEAN諸国の間の協力を結ぶ窓口として活動するとともに、e-ASIA共同研究プログラム(e-ASIA JRP)の事務局を担っている。

ASEAN諸国の科学技術はいかなる状況にあり、日本を含む世界の国々と将来いかなる協力が期待されているのか。所長を務める金子氏に、現地に駐在する目から語っていただいた。

ASEAN諸国の多様性と科学技術力

「ASEAN諸国は欧州連合(EU)加盟国と異なり、共通の通貨や統治機構を持たず、国際的な人の移動も手続が必要で、政治体制や人権などをめぐる思想も異なる。多様な立場を保ちながら連合体を組んでいるのが特徴だ」。金子氏はこう表現する。世界第4位の約2.7億人を有する群島国家インドネシアから、日本の福岡県と同規模の都市国家シンガポールまで、国土や人口が大きく異なる。他方、技術貿易収支では10カ国全てで輸入超過を示し、専ら外国に金を払い、技術を買う立場にある。ゆえに「科学技術イノベーションの生む経済的価値に対する高い期待は共通する」と金子氏は説く。

主要6カ国では5~10年以上先を見越した国の中長期計画に沿い、優先科学技術分野が指定されている。シンガポールの「リサーチ、イノベーション、企業(RIE)計画」は重視する先端技術を時代に即応して端的に示し、マレーシアの「10-10」は、科学技術ドライバーと経済社会ドライバーを組み合わせてグリッドを作るなど独自の着想が見られる。ビジョンを巧みに描く東南アジア諸国の好例である。

科学論文のデータで見ると、シンガポールとマレーシアは、論文生産数が多くその質(被引用数)も高い。QS世界大学ランキング200位以内には、シンガポール国立大学(NUS)や南洋理工大学(NTU)、マレーシアの5大学が含まれている。データからみたAPRCの調査では、数学・情報・材料・環境で国際評価が高いとされ、総じてイノベーションに繋がる応用研究に多く投資されている傾向が見受けられる。

科学技術先進国・シンガポール躍進の秘訣

ASEAN諸国のうち、シンガポールは突出して科学技術力が高く、諸外国から連携相手として高い注目を集める。日本と比べると研究者総数は17分の1だが、100万人あたり人数では日本の1.3倍、アウトプットの論文数では被引用数トップ1%で日本の8割、トップ10%で日本の半数を産出している。分野別で均した被引用数の指標では、世界平均を90%上回る。重点分野を絞って計画的に強化策を講じたこと、人材育成・確保に注力してきたことが背景にある、と金子氏は指摘する。

シンガポールは2010年代前半に人口ボーナス期を過ぎたとされ、2023年には合計特殊出生率が1を下回った。政府はこの人口減少に対し、労働力の質を上げる、つまり、高等教育修了後も労働者のリスキリングを強化する対策を講じてきた。また高等教育でも、先述した大学ランキング指標の算定方針を研究し、高い評価につながる経営を講じてきた。タイムズ・ハイアー・エデュケーション(THE)ランキング2024でNUSは19位、NTUが32位であり、教育以外の指標は満遍なく高い評価を得ている。かつて外国トップ人材を積極的に招聘して急速に科学技術力を高めたが、現在は、国内人材を育成することに重点を置いているという。

科学技術政策を統べるトップ層の認識はどうだろうか。JSTを過去に来訪した要人の発言を振り返ると、NRFチェアマンを兼務するヘン・スイキャット副首相は、日本に「シンガポールを産学連携のハブとして使って欲しい」との期待を寄せている。シンガポールは新技術を実証実験するテストベッドの機能を有することを自他共に認めており、「日本との協力にポテンシャルが感じられる」と金子氏は指摘する。

シンガポールは全方位外交を貫いており、米国とは重要技術対話を行うなど、良好な関係性を維持している。リー・シェンロン前首相の論考やローレンス・ウォン現首相の就任演説からも、その姿勢は明確である。他方、論文データで見ると中国が国際共著相手先国として最多である。国民の7割が中華系で中国との縁は深く、華人のネットワークが築いた関係構築の歴史的な蓄積は、諸外国の及びがたいものである。「日本が中国に引けを取らず連携するには、協力プログラムを構築したあと、相手国の個別ニーズを踏まえて柔軟に運用できるとよい」と金子氏は指摘する。

JSTによる対ASEAN協力の取り組みと可能性

金子氏は、こうしたASEAN諸国の概況とシンガポールの躍進から、日本への示唆を提起した。

まず、科学技術面でも成長センターであるASEAN諸国といかなる協力を実施できるのか。JSTでは、国際科学技術協力プログラムであるSATREPSを通じ、アジア、アフリカ等の国と地球規模課題に対応する国際共同研究を推進している。過去の全183プロジェクトのうち過半数はアジア諸国が占めてきた。日ASEAN科学技術協力委員会(AJCCST)は2024年6月、カンボジアで開催され、既に13回を数える。

2024年度からは前年度の補正予算146億円を基金に、日ASEAN科学技術・イノベーション協働連携事業(NEXUS)が始まる。金子氏は「日本の一方的な目線から協力を強いるのでなく、相手国のニーズをよく把握し、柔軟な運用を図ること、そして協力を通じて共に成長できることが望ましい」と指摘し、NEXUSに謳われた「共創パートナー」としての姿が、今後の協力のあり方だと述べる。

次に、シンガポールの経験には、いかなる政策的示唆が含まれているのか。イギリスが発行する高度人材ビザは、当該人材の卒業大学が、QS、THE、CWURなど、異なる2つ以上の大学ランキングで50位以内であることを要件とする。研究の世界に留まらず、広く社会で世界を相手に活躍するうえで、大学ランキングの高さは武器の1つとなるのだ。

2022年度から日本で導入された「国際卓越研究大学」の制度概要には、諸外国のトップレベル研究大学の状況に触れるくだりがある。その形容はシンガポールの大学に極めてよく当てはまる、と金子氏は指摘する。同制度の有識者会議に、シンガポール国立大学前学長のタン・チョー・チュアン氏が参加していることも一要因であろう。長く研究力低下が言われる日本で、大学ランキングを高めるには、「痛みを伴いながら学内改革を行い、結果として短期間で急激にランキングを上げたシンガポールの大学の経験が大変参考になるだろう」と金子氏は講演を締め括った。

(文:JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 斎藤 至)


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