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第33回アジア・太平洋研究会「米中対立と中国における産業政策の変容」(2024年6月14日開催/講師:丁 可)

日  時: 2024年6月14日(金) 15:00~16:30 日本時間

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

言  語: 日本語

講  師: 丁 可 氏
JETROアジア経済研究所 主任研究員

講演資料: 「第33回アジア・太平洋研究会講演資料」(PDFファイル 1.82MB)

丁 可(てい か)氏

JETROアジア経済研究所 主任研究員

略歴

名古屋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。
2005年よりジェトロ・アジア経済研究所に勤務。専門は中国産業論、中小企業論、イノベーションシステム、グローバルバリューチェーン。
著書に、『中国 産業高度化の潮流』(今井健一氏と共編著、ジェトロ・アジア経済研究所、2008年)、Market Platforms, Industrial Clusters and Small Business Dynamics: Specialized Markets in China (Edward Elgar, 2012)、『米中経済対立 国際分業体制の再編と東アジアの対応』(編著、ジェトロ・アジア経済研究所、2023年)など。
ほか論文多数。


第33回アジア・太平洋研究会リポート
「米中対立と中国における産業政策の変容」

米中対立が長期化している中で、アジア・太平洋研究会ではこれまで様々な視点から米中対立がどのように中国や米国の科学技術、産業政策に影響を与えてきたかについて考察してきた。今回は長年中国の産業政策を研究してきたJETROアジア経済研究所の丁可氏に、中国の急激な産業発展の状況や米中対立を背景としたイノベーション振興を核とした中国政府の産業政策の変容についてご講演いただいた。

米中対立までの中国の産業政策

中国の産業政策がどのように米中対立につながったのか。丁氏はまず、中国の急激な産業高度化を挙げた。世界の製造業付加価値総額に占める各国の割合を見ると、中国は2007年に日本を上回って以来、2010年に米国を、2011年にはEUを上回り、世界最大のモノづくり大国になった。さらに2022年時点では世界全体の約30%を占めている。

このように産業高度化が進むと、中間財産業が発展するが、世界の中間財生産に占める中国の割合は2018年時点で約4割である。これはすべての先進国の合計を上回ることで、アメリカが軍事分野で世界のスーパーパワーだとすれば、モノづくりに関しては中国がスーパーパワーだといわれるほどに、中国は高度成長を成し遂げた。

丁氏はこのような中国の凄まじい高度成長の背景には中国政府の産業政策があったと指摘した。この高度成長期の産業政策の大きな特徴は、既存の弱小産業の育成による先進国へのキャッチアップよりも、むしろ最先端の新興産業を集中育成することで、一気に跳躍するリープフロッグ型発展を目指すことである。

代表的な産業政策としては、2010年の「戦略的新興産業」が挙げられる。当時20の目標産業を取り上げたが、現在中国が高い国際競争力を持つ、電気自動車、車載電池、太陽光発電など多くの産業がこの産業政策により重点育成された経緯がある。また、2015年に策定された世界の製造強国のトップを目指す「中国製造2025」やインターネットを始めとしたデジタル技術に他の産業を結びつけた「インターネット+」もよく知られている。

しかし、このように強化し続けてきた中国政府の産業政策は、米中対立の火種になった。米国は2007年、中国の「国家自主創新産品目録」に反対し、関連政策を撤回するように追い込んだ。その後、米国情報技術・イノベーション財団(ITIF)や米国外交問題評議会(CFR)など、中国政府の産業政策に対する批判の声が相次いでおり、米国の対中制裁も顕在化した。丁氏は米国の主な対中制裁として、半導体を中心としたコアテクノロジーの輸出規制の強化、重要新興技術(CET)戦略の策定、CHIPS及び科学法やインフレ削減法の成立を示し、中国を意識した米国の一連の産業政策に注目すべきであると指摘した。

中国の対応

中国政府は米国の制裁措置に対してどのように対応してきたのか。丁氏は先端技術の独自開発とそのためのイノベーションシステムの強化、製造業を中心とした先端技術の社会実装の加速、「新質生産力」の発展を挙げた。

まず、イノベーションシステムの強化については、イノベーションやテクノロジーが政権運営のキーワードとして掲げられ、ナショナルイノベーションシステム(NIS)の構築が喫緊の課題となった。これに対応する政策手段として新型挙国体制が強力に推進されるようになった。この新型挙国体制の下で、国を挙げてミッション志向の産業発展と研究開発の体制を構築することで、資金や人材などのリソースを全国レベルで動員しながら重点分野に集中的に投入する一方、イノベーションにおける不確実性や情報の非対称性を軽減するために、政府が強力な調整メカニズムを提供している。新型挙国体制は、中央政府が産業政策の大枠の決定や政策調整を進め、地方政府がイノベーションエコシステム構築の担い手として、体制整備や各種のイノベーション推進施策を強力に進めている。丁氏は新型挙国体制の下で、地方政府による地域間競争が激化した結果、企業間競争が一層激化し、これが中国企業の生産性や競争力の向上の源泉となったものの、一方で地域債務の深刻化や過剰生産能力などの問題にもつながることとなったと説明した。

製造業を中心とした先端技術の社会実装の加速については、先端技術の研究開発は現場と密接に連動しながら展開すべきという中国政府の考え方に基づき、製造現場に人工知能、5G、ビッグデータなどが積極的に取り入れられている。その代表的な事例として全国レベルでの産業向けIoT(IIOT)の実装を紹介した。

さらに、新たな政策として「イノベーションを主導しながら、伝統的な経済成長方式と生産力の発展経路から脱却し、ハイテク、高効率、高品質を特徴とする先進的生産力」を意味する新質生産力が、2023年秋から大々的に提唱されてきている。その対象となる中身は米国の重要新興技術CETとほぼ一致している。これは米国のCET戦略によりこの分野の技術のデカップリングが避けられないために、中国は基礎研究から商品化に至るまで独自開発を進めるほかないとの認識に基づくものであり、新質生産力は中国政府のCET戦略への対抗措置である。その取組として中国政府は、科学技術部傘下のハイテク司と火炬ハイテク産業開発センターを工業信息部傘下に再編し、ハイテク司の下に未来産業処を新設した。これはハイテク先端産業に関しては、産業側の力を重要視し、産業を担当する工業信息部に研究成果の商品化、産業化を任せることによって、中国の強みを発揮するという狙いがあると分析した。

将来の展望

最後に、米中対立はハイテク産業にどのような影響を与えるかについて、今後の展望について意見を示した。

最近の中国の産業政策は、米中対立を強く意識しながら、上述のように、先端技術の独自開発、先端技術の社会実装の加速、先端技術をめぐる標準づくりや行政支援体制の再編の3つの面に重点を置いている。その究極の目的は先端技術に関して米国に依存しない独自の技術体系とエコシステムを構築することである。

では、中国の取り組みが効果を上げられるのだろうか。これに対して丁氏は大きく2つの課題があると指摘した。

一つ目は新型挙国体制の下、地域間、企業間競争が激しく繰り広げられているが、コア技術の共同開発を成功させる上で競合相手との技術共有など協調も重要である。中国政府もこの点を認識し、中央科学技術委員会という強力な調整機構を設置しており、今後どのように機能するのか注目すべきである。

もう一つは、欧米との貿易摩擦が激化する中で、グローバルサウスの市場を取り込めるかどうかが中国の産業政策の成否を握っているので、長期的にみれば、ハイテク企業をはじめとした中国企業等がグローバルサウスへの直接投資をどこまで増やせるかが、今後の焦点となると見通した。

さらに、中国がコア技術の独自開発に成功し、かつ独自の技術体系やエコシステムをグローバルサウスに広げることができれば、先端技術に関しては"One World, two systems"の状況が生まれて、世界の緊張緩和にもつながるのではないかとの見解を示した。

(文:JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 安 順花)


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