日 時: 2024年9月20日(金) 15:00~16:30 日本時間
開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)
言 語: 日本語
講 師: 伊藤 博敏 氏
日本貿易振興機構(ジェトロ) 調査部国際経済課 課長
講演資料: 「第35回アジア・太平洋研究会講演資料」( 2.9MB)
YouTube [JST Channel]: 「第35回アジア・太平洋研究会動画」
伊藤 博敏(いとう ひろとし)氏
日本貿易振興機構(ジェトロ) 調査部国際経済課 課長
略歴
1998年ジェトロ入構。
インド・ニューデリー(2003~2008)、タイ・バンコク(2013〜2017)での駐在後、企画部海外地域戦略主幹・東南アジア(2017~2020)を経て現職。
専門分野は、東南・南西アジアの調査・企業支援。
主な著書は、『FTAの基礎と実践: 賢く活用するための手引き』(編著、白水社)『タイ・プラスワンの企業戦略』(共著、勁草書房)『インド税務ガイド:間接税のすべてがわかる』(単著、ジェトロ)など。
今日の急速なデジタル化や経済安全保障リスクの高まりなどを背景に、半導体の安定供給の確保は、主要国・地域の産業政策上の最重要課題に位置づけられている。本日は、日本貿易振興機構ジェトロの伊藤博敏氏に、急速に変化する世界の半導体サプライチェーンの最新動向と、その中心に位置する台湾の半導体産業の現状について講演をいただいた。
台湾の半導体市場の話に踏みこむ前に、伊藤氏は、まず、世界の半導体市場の状況ついて紹介した。
好調だった世界の半導体市場は、2022年半ば以降から縮小し、2023年3月には底打ちし、その後緩やかな回復を続けている。ここ数か月、世界における半導体市場の売上高は、前期比・前年比とともに、増加傾向にあり、米国と中国それぞれが売上高の3割程度を占めている。
2024年の半導体市場については、伊藤氏は、大手の半導体メーカーの決算報告を参照し予測したが、生成AIの急速な普及に伴うサーバー向け需要の増加が市場全体の伸びを牽引する見通しであるとした。例えば、SKハイニックスの場合、HBM(3D積層メモリの一種である広帯域メモリ)を中心としたAI関連需要の伸びが業績改善に寄与しており、TSMCの場合、売上高に占める構成比では、サーバーAIプロセッサー(大量のデータを使ってAIの学習やAIによるデータ処理を行うプロセッサー)などを中心とするHPC(ハイパフォーマンスコンピューティング)向けが初めて5割を超えるなど、生成AIの貢献度が日々高まっている。一方、産業機械向けや自動車向けの伸びは、過剰生産により鈍化している。半導体製造装置市場の場合、2023年は前年より減少しているものの、中国の旺盛な設備投資や装置輸入により、減少幅は1%に止まった。なお、2023~2025年の世界の主要ファブ企業の半導体前工程製造装置向けの支出額及び2025年の前工程工場建設関連投資額は、TSMCが最大となる見込みである。
続いて、伊藤氏は、台湾の半導体産業の状況について説明を加えた。
台湾の集積回路の輸出額は2011年から右肩上がりの成長を見せている。2023年は半導体産業全体の落ち込みにより少々縮小しているが、2024年からは正常化の見込みである。台湾の半導体輸出額で集積回路が占める割合は、2011年の17.2%から2023年には39.1%まで増加した。輸出先としては、中国が約35%と最大で、集積回路だけに絞ると5割以上が中国である。ただ、2023年の場合、中国市場の需要減少により、台湾の集積回路の輸出額は落ちており、TSMCをはじめとする半導体メーカーの在庫調整により、2023年の製造装置の輸入も大幅に減少している。
世界の半導体前工程における設備投資において、台湾が占める割合は約2割である。また、2024年と2025年はともに、前年比に比べ順調な伸びを見せている。新しい工場建設や拡張投資では、台湾は世界の約1割を占めている。将来の設備投資の見通しで言うと、2024~2032年の世界の半導体関連設備投資(前工程)のうち、台湾が31%を占め、この台湾への投資は98%が台湾企業によるものである。
台湾からの直接海外投資は、2023年、前年比約8割増の266億ドルで過去最高を記録した。中国への投資が大幅に減り、米国とドイツ、ASEAN向けの投資が増えてきている。中国が投資先の首位から転落したのは2023年が初となる。TSMCをはじめとする台湾半導体メーカーは、海外での建設計画も相次ぎ発表しており、例えば、TSMCはドイツ、米国、日本等での投資計画を公開した。これらの動きは、リスク分散や台湾域内のリソース不足、海外主要国の誘致補助金の影響からなるものだろう。
次に、伊藤氏は経済安全保障をめぐる最新動向について紹介した。
地政学リスクの高まりへの対応について、日本企業にアンケート調査を行った結果、情報収集、輸出管理上の審査、輸出管理上の社内教育がTOP3を占めた。因みに、情報収集を強化しているテーマの順位では、「米国輸出管理規制」が首位となった。
米国は、2022年10月7日に新たな輸出管理規則を導入したが、これがグローバル企業のサプライチェーンに影響を及ぼしている。米国製の品目でなくても米国製の技術・ソフトウェアを使用していれば、中国に輸出する際には許可が必要だからである。さらに、2023年10月17日、米国は半導体規制の改正を発表し、軍事転用リスクのあるAIや量子コンピュータなど、中国の技術発展に資する技術移転を原則認めない姿勢を示した。規制が強化され、データセンター向けのAIチップ等がその対象となった。
主要国・地域の政府は、中長期的な市場拡大を見据えた半導体の安定確保を目的に、半導体産業支援策を講じている。EUは2023年7月に「欧州半導体法」を採択し、430億ユーロを投資しており、台湾も「産業創新条例改正」や「チップイノベーション法」を通じ、法人税の控除やIC設計プロジェクトへの助成を実施している。米国は産業政策として莫大な政府予算を投入しつつ、安全保障上のリスクを有する国(中国、ロシア、イラン、北朝鮮)への投資を最低10年間禁止することを企業に求めている。
台湾の半導体産業の海外直接投資の受け入れ国は、今まで中国が圧倒的な差をつけて1位であったが、2021~2023年のデータに基づくと、米国、ドイツ、日本が上位を占めている。米国の輸出管理が台湾に与える影響について有識者のヒアリングを行った結果、TSMCでは、稼働中の南京工場を含め、中国での大規模な新規・追加投資は難しいとの意見や先端半導体施設に加え、レガシー半導体施設の場合でも10%超の増強は規制対象となることが明記されているため、米国政府から許可取得を試みることは将来的な米国との関係においてリスクとなるとの見解があった。
最後に、伊藤氏は、台湾半導体産業が直面する課題の紹介で講演を終えた。
第1の課題は、リソース不足(通称6欠問題:① 電力、② 水、③ 労働力、④ 人材、⑤ 土地、⑥ ごみ処理場不足)である。台湾は、近年海外での工場建設に力を入れているとは言え、少なくとも今後10年は台湾域内での生産に頼る部分が多く、産業立地先として、電力不足が懸念されている。また、水不足も問題であり、2021年に発生した過去最悪の干ばつは、大量の水を消費する半導体生産工場には、大きな影響を与えた。産業用地と人材不足も課題として指摘されており、南部の場合大半の工業用地は埋まっており、希望者に十分なスペースの提供ができない状態となっている。人材については、TSMCのような大手企業以外、即ち周辺のファウンドリやICデザイン企業では高度人材獲得がますます困難になっている状況である。
第2の課題は、中国企業との競合激化である。台湾の半導体産業にとって中国は最大の輸出先であるが、中国企業の技術開発も日々進化しており、中国市場での競争が激化する可能性が高い、あるいは、中国国内で半導体産業のサプライチェーンが完結できるようになれば、台湾企業のシェアが低下するとの意見がある。また、米国の対中規制で、中国が成熟プロセスの技術開発に集中し、日本や台湾、韓国企業との競合が激化する可能性があるとの見解も存在した。
第3の課題は、投資分散先でのビジネス障壁、人員不足などである。例えば、長年台湾域内での工場建設を続けてきたTSMCは、近年海外投資を開始した。アリゾナ工場の場合、現地工場の建設の遅れなどにより、操業開始予定時期が当初計画から先延ばしされているが、これは人手不足や商習慣の違いで様々なトラブルが発生しているからである。台湾が、長期的に海外でビジネスを展開するためには、これからの課題の解決が不可欠となってきた。
(文:アジア太平洋総合研究センター フェロー 松田 侑奈)