日 時: 2024年10月23日(水) 15:00~16:30 日本時間
開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)
言 語: 日本語
講 師: 西村 友作 氏
対外経済貿易大学国際経済研究院 教授
西村 友作(にしむら ゆうさく)氏
対外経済貿易大学国際経済研究院 教授
略歴
2002年より北京在住。
2010年に中国の経済金融系重点大学である対外経済貿易大学で経済学博士を取得し、同大学で日本人初の専任講師として採用される。
同副教授を経て、2018年より現職。
日本銀行北京事務所客員研究員。
専門は中国経済・金融。
近著に『中国デジタル金融イノベーション』(日本経済新聞出版社)がある。
今回の研究会では、中国対外経済貿易大学の西村友作教授による「中国のデジタル・イノベーション:その特徴と展望」と題とした講演が行われた。西村氏は中国経済・金融を専門としており、最近では中国で最も革新的な変化が起こった金融セクターに注目し、そのイノベーションを引き起こしたメカニズムを解明した著書『中国デジタル金融イノベーション』を執筆した。講演ではその著書の内容や20年以上中国在住の体験談を交えながら、中国のデジタル・イノベーションの歩みや特徴等についてご講演いただいた。
西村氏は中国でデジタル金融が広がった背景として、ネット上の信頼関係の欠如を挙げた。これに着目したアリババは、クレジットカードに代わる利便性の高い「アリペイ」というオンライン決済でネット上での信用を担保する仕組みを構築した。
2013年にはテンセントがウィーチャットペイでオンライン決済に本格参入したことで、大手2者の間で競争原理が働き、過去になかった新しいビジネスが次々と生まれるようになった。西村氏はこれを「中国新経済」と称し、この新経済はフードデリバリー、ライドシェア、シェア自転車、無人ジムなど新しいビジネスとともに生活に浸透している。
西村氏は、このような中国式デジタルイノベーションモデルについて、シュンペーターのイノベーション理論で説明した。シュンペーターは「新結合の遂行」と表現し、経済発展の原動力はこれまでと異なる要素を組み合わせることで生まれると述べた。シュンペーターの「新結合」は、新しい財・サービス、新しい生産方法、新しい販路(市場)、新しい供給源、新しい組織、の5つの形態がある。これをデジタル・イノベーションに当てはまると、デジタルプラットフォーマー(新しい組織)は、ビッグデータやAI等のデジタル技術を用いた新しい生産方法で新たなサービスを開発し、独自のプラットフォーム上に新しい市場を形成する。最大の特徴が新しい供給源であるが、プラットフォーム上にデジタルサービスを利用するユーザーが新たな供給源となり、生産に不可欠な要素であるデータを提供し続ける。まさにデータがイノベーションを駆動するイノベーションモデルである。
西村氏は、中国で現在、国を挙げてデジタル・イノベーションを進めているが、その根本にあるのが潜在成長率の低下であると指摘した。中国の実質GDP成長率は、1981年から2010年の30年間の平均成長率が約10%であったが、以降徐々に低下傾向にある。そこで近年中国政府が積極的に取り組んでいるのがイノベーション駆動型発展であると説明した。
経済成長の原動力は労働力供給の増加、資本ストックの増大、全要素生産性(技術水準)の向上、の3つが挙げられる。しかし、中国では長期間の一人っ子政策により生産年齢人口や総人口も低下している。資本ストックにおいても中国経済全体におけるレバレッジ比率(GDPに占める債務残高の比率)は高止まりし、特に企業部門の債務比率が国際的にみても高い水準である。このような状況の中で中国の経済成長を維持するためには、イノベーションを通じた全要素生産性の向上が不可欠であり、それが中国政府による挙国体制のイノベーションである。
西村氏はこれを「国家主導の新結合」と呼んで、その関連政策をシュンペーターのイノベーション理論で説明した。
まず、インターネット・プラス政策はインターネット技術と経済社会のあらゆる領域を深く融合させることで、実体経済のイノベーションを促し、既存産業の新たな発展を推進する国家重点政策である。
シュンペーターは新結合を遂行する「企業者」と信用の提供者である「銀行家」の重要性について言及したが、それが中国政府の「大衆創業・万衆創新」政策に結びつく。中国政府が起業しやすい環境を整備し、イノベーションの担い手である「起業者」を確保、支援する政策である。
また、ベンチャーキャピタル(VC)に対する支援を通じ、より多くの民間資金をスタートアップ投資へと誘導するために「国家新興産業創出投資引導基金」も設立した。これは政府が銀行家として信用に乏しい新興企業を資金面で援助する政策であり、これらの政策によって成果が表れたと説明した。
中国政府がデジタル分野において国家戦略として進めているのが「数字中国」、デジタルチャイナの建設である。デジタル技術を社会のあらゆるところに広げていくという政策である。
2023年2月、中国共産党中央委員会及び国務院で「数字中国建設の全体配置計画」が発表された。デジタルインフラとデータ資源という「二つの基礎」を固め、デジタル技術による経済、政治、文化、社会、生態文明の「五位一体」の発展、イノベーションとセキュリティの「二大能力」の強化、国内外「二つの環境」におけるデジタル化の発展という「2522」体制でデジタルチャイナ建設を進めていく方針を明らかにしたものである。
現在は基礎を固めるフェーズで、主にデジタルインフラの整備とデジタル資源の循環に取り組んでいる。その1つの例として「東数西算プロジェクト」を紹介した。これは中国国内で生成されるデータ量の急増に対応するために、データセンター建設やクラウド・コンピューティングなどを通じて新たなネットワークシステムを構築し、人口が集中し経済規模も大きい東部地域で大量に発生するデータを、コンピューティングコストが比較的低い西部地域で処理を行うプロジェクトである。
もう1つの基礎となるのがデータ資源の循環であるが、その一環として2023年3月に「国家データ局」が新設された。西村氏はデータ利活用の機能を国家データ局に集中させ、データを監督管理する部門と切り離し、データを生産要素として積極的に利活用することで経済成長へつなげるという狙いであると分析した。
西村氏は今後中国のデジタル・イノベーションにおいて大きく2つの変化があると予想した。それがインベンション(発明)の強化とデジタルビジネスモデルのシフトである。
中国の研究開発費は増加傾向にあるものの、基礎研究は弱いので、基礎研究比率を総額の8%以上にまで高めるという目標を掲げている。
また、中国経済の成長をけん引してきたデジタル決済はBtoC型サービスが中心だったが、BtoC型ビジネスモデルは飽和状態であり、個人情報保護、独占禁止の観点から規制も強化されている。この状況の中で今後高い成長が見込まれるのがBtoB型ビジネスモデルであり、デジタルビジネスモデルが変化していると述べた。特にデジタル化が遅れている製造業で今後伸び代が大きいと展望した。
(文:JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 安 順花)