日 時: 2024年12月13日(金) 15:00~16:30 日本時間
開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)
言 語: 日本語
講 師: 安倍 誠 氏
日本貿易振興機構アジア経済研究所 上席主任調査研究員
講演資料: 「第38回アジア・太平洋研究会講演資料」( 1.1MB)
YouTube [JST Channel]: 「第38回アジア・太平洋研究会動画」
安倍 誠(あべ まこと)氏
日本貿易振興機構アジア経済研究所 上席主任調査研究員
略歴
1988年一橋大学経済学部を卒業後、1990年にアジア経済研究所に入所、現在に至る。
この間、ソウル大学経営研究所特別研究員、韓国対外経済政策研究院(KIEP)訪問研究員。
専門は韓国産業・企業、九州大学博士(経済学)。
韓国は主要メーカーを抱えた世界有数の半導体生産国であり、その強みと弱みは何か、韓国の半導体産業を取り巻く情勢はどのように変化しているのか、韓国政府はどのような政策を実行しているのか、韓国の課題と内外環境変化などについて、安倍誠・日本貿易振興機構(JETRO)アジア経済研究所上席主任調査研究員にご講演いただいた。
韓国はサムスン電子、SKハイニックスのような世界有数の半導体メーカーを有しており、半導体は韓国の10大輸出品目の中でもトップを占めている。さらに2020年には韓国の全体輸出の約2割を占めるほど、韓国の経済に大きな影響を与えている。
安倍氏は、韓国の半導体産業がどのように成長してきたのか、サムスン電子を例に説明した。サムスン電子は1980年代始めに日米半導体競争に敗れた米企業の人材を獲得するとともに、設備メーカーを通じて技術を取得してキャッチアップした。この成長の背景には、当時の日米半導体摩擦、日本の半導体輸出自主規制に伴う米国市場での輸出機会拡大や、耐久性の高いメインフレームからパソコンへの転換に対応して同一規格の製品の需要増大があったことに加え、サムスン電子がシリコンサイクルの不況時に積極的な投資を行ったことが挙げられる。
さらに2000年代には、携帯電話などの爆発的な需要拡大によって、NAND型フラッシュメモリでさらに飛躍した。サムスン電子は積極的な設備の増強とともに、マーケティング・営業を強化し、HDDに代わる新たな記憶媒体としての用途をユーザーに提案して、販売実績を大きく伸ばした。
DRAMやNAND型フラッシュメモリのようなメモリ分野では、サムスン電子とSKハイニックスが寡占体制を確立している。サムスン電子はロジック半導体のファウンドリ(受託製造)にも事業を拡大しているが、台湾のTSMCが絶対的な存在感を持っており、その差は縮まらないのが現状である。また、中国の半導体メーカーも成長し、脅威になりつつある。
韓国は半導体の素材・製造装置の多くを輸入、あるいは海外企業に依存している。国産化率から見ると、素材が約5割、製造装置が約2割と推定されている。さらに、製造拠点や市場においては中国への依存が非常に高い。サムスン電子は西安、蘇州に、SKハイニックスは無錫、大連などにそれぞれ製造拠点があり、中国工場が生産能力の約4割を占めている。また、韓国の半導体輸出の6割近くが実質的に中国向けである。
このような中で、米国による半導体関連対中規制が強化されている。米国は自国内での半導体工場の建設に補助金を出すが、補助対象企業には中国での先端製品の生産拡大抑制を条件としている。さらに中国への先端半導体製造装置の輸出制限を強化してきた。これに対して韓国政府は、中国内の自国企業の半導体生産拠点への影響を最小限にするように、米国政府に対して外交努力をおこなってきた。
また韓国は前政権から、米国の国内供給強化策に対応してきたが、2022年5月尹政権発足後には日米韓の協力が加速し、日米韓経済安全保障対話の設置とサプライチェーン協力強化などで合意した。特に半導体などのサプライチェーンの混乱回避に向け、早期警戒メカニズム(EWS)の試験的立ち上げに合意するなど、協力体制構築が進められた。
このような流れの中で、日韓2カ国でも経済安保をめぐる協力が強化された。特に、インド太平洋経済枠組み(IPEF)でのサプライチェーン協力は日韓が主導し、協力の枠組みを構築したことは評価される。
韓国は半導体が戦略物資化するなかで、外交カードともなった半導体産業の重要性を再認識し、技術優位性の維持・拡大や産業全体の底上げ・基盤強化に向けて、法整備を進めるとともに、インフラ整備・税制支援・人材育成など具体的な計画を立案している。
このような対策にもかかわらず、破格的な半導体産業支援策を推進する先進諸国に比べて、韓国は遅れているという指摘があるが、その背景には国内の政治対立がある、と安倍氏は述べた。
まず、直接的な補助金には、野党が大企業優遇だとして反対し、投資支援は税額控除のみである。また、首都圏のインフラ整備支援や大学優遇策も、地方分権を主張する野党の抵抗で縮小している。それでも、半導体産業の重要性を鑑みて、直接補助金・週52時間労働の適用例外を定めた半導体特例法を盛り込んだ半導体特別法などが国会に提出されたが、国政混乱で成立は不透明である。
さらに安倍氏は、韓国ではこれまで経済安保の概念自体はもちろん、技術保護についても強く認識されていなかった、と指摘した。しかし2020年代に入って、米国の半導体技術の中国流出への懸念が高まり、韓国政府がそれに対応する形で技術保護の取り組みが進められた。実際、半導体関連技術流出事例が後を絶たない状況であり、かなりの技術者が既に中国のライバル企業へ移籍するなど、人材の水際管理は機能していないのが現状である。
また、サプライチェーン強靭化についても、これまであまり重要と認識されていなかったが、2019年日本の輸出管理強化を端緒に、2021年の尿素水不足事態による過度な中国依存に対する警戒感の高まり等から、法整備など、対策が進められている。
安倍氏は、内外政治状況の激変が今後予想されるなかで、韓国政府や企業の対応は読みづらいところが多い、と述べた。その理由としてはまず、アメリカで第2次トランプ政権が誕生し、自国第1主義で日米韓連携に軋みが生じる可能性がある。また、対中強硬策でさらなる連携あるいは同調を強制するなど、対中デカップリングの急速な進行は、韓国の半導体産業にとって大きな打撃を与える可能性がある。
もう1つは、非常戒厳と尹政権の崩壊によって、韓国次期政権では進歩派政権が誕生する可能性が高くなり、これまで進められたサプライチェーンなどでの日韓連携、日米韓連携に軋みが生じる懸念があると指摘した。
最後に、安倍氏は、経済安全保障は難問であり、自国や同盟国の利害と企業の利害をいかに一致させるかが重要である、と指摘した。そして、日韓企業は相互補完性をもとに緊密に連携してきた実績があるため、従来の民間協力を強化することによって、半導体産業についても協力を進められる可能性はある、との見解を示した。
(文:JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 安 順花)