日 時: 2025年1月29日(水) 15:00~16:30 日本時間
開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)
言 語: 日本語
講 師: 岡野 寿彦 氏
NTTデータ経営研究所 主任研究員
講演資料: 「第39回アジア・太平洋研究会講演資料」( 1.6MB)
YouTube [JST Channel]: 「第39回アジア・太平洋研究会動画」
岡野 寿彦(おかの としひこ)氏
NTTデータ経営研究所 主任研究員
略歴
NTTデータにて中国、インド、東南アジア諸国で現地企業のシステム構築プロジェクト・マネジャー、中国人民銀行直系企業グループとの資本提携による合弁会社経営陣ナンバー2などを務める。
現在、NTTデータ経営研究所にてプラットフォーム戦略、デジタル・イノベーション、中国・東南アジアビジネスに関する企業人視点での分析などに取り組む。
主な著書: 『中国デジタル・イノベーション:ネット飽和時代の競争地図』(日本経済新聞出版、2020年)、『中国的経営イン・デジタル:中国企業の強さと弱さ』(日本経済新聞出版、2023年)
翻訳: 『トラフィッキング・データ:デジタル主権をめぐる米中の攻防』 (日本経済新聞出版、2024年)
米国のGAFAや中国のBATHのような、米中の超巨大IT企業が急激に成長し、国際経済・社会に大きな影響を与えている。一方、日本は、経済力・科学技術力ともに米中に及ばず、国際的地位も低下している。このような背景の下、NTTデータ経営研究所主任研究員の岡野寿彦氏に、米中の巨大IT企業が、政府のIT政策との関係においてどのように発展してきたのか、また、両国の政府やIT企業がどのような方向を目指しているのか、米中のデジタル化競争は今後どのように展開し、日本企業はどのような方向に進むべきか、ご講演をいただいた。
まず、岡野氏は、デジタル技術の進化プロセスを解説するため、中国プラットフォームの進化プロセスについて説明した。
2000年代には、百度、アリババ、テンセントを牽引役に、ペインポイントの解決を事業機会としてプラットフォームの構築が進められた。中国で普及しつつあったインターネット技術を基盤として、地域を超えて個人と企業がつながり、 効率化による低コスト化と相まって、経済取引が活性化された。
2010年代にはスマートフォンの普及、4G通信、AIなど技術の発展を起爆剤に、アリペイ、WeChatなどの「スーパーアプリ」を入り口として、プラットフォームが「融合」して消費者に様々なサービスを提供する「 エコシステム 」の構築が進められた。位置情報アルゴリズムなど新技術を組み込んで、リアルに跨る消費者の生活シーンに溶け込むことでユーザーを確保した。
2010年代半ばインターネットユーザー数が飽和状態となり、プラットフォーマーの重点戦略は、商品・サービスを開発する企業のエンパワーメント、消費者ニーズを基点とする既存産業の再構築へと変化し、「ネットとリアル 」、「 ソフトウェアとハードウェア 」の 融合領域が価値創造の主戦場となっている。
中国のデジタル化は、このように、プラットフォームによる「つながり」をつくり、AIなど技術を活かした経済取引の効率化、ペインポイントを解決することで社会に浸透した。そして、新たに開発されるさまざまな技術を組み合わせて実装することで、ネットからリアルへ、製造業、金融業など既存産業へとデジタル化の対象を拡大し、顧客ニーズ起点で事業や業務を「融合」させて価値を創出するモデルを生み出してきた。
続いて、岡野氏はIoT時代のビジネスモデルを紹介するため、テスラを事例として自動車DXを牽引する米中企業のソフトウェア・ドリブン経営について解説した。
テスラの場合、ハードウェアの時代の"つながり"の課題に対して、ソフトウェアの⓵「つながり」「融合」をつくりやすい、⓶逐次アップデートできる、➂規模の経済が働く、④データを経営資源として活用することが競争力のカギとなる、等の特徴を活かす統合的なソリューションを設計し提供した。持続的な成長に向けて、企業として成し遂げたい「目的」を起点に持続性のある再生可能エネルギーソリューションのエコシステムを設計し、ビジョンを投資家や人材に 訴求してリソースを確保した。
続いて、岡野氏は、米国と中国のデジタル戦略を解説し、変わりつつある企業と国家の関係性について言及した。
まず、書籍『トラフィッキング・データ』を紹介しつつ、米国と中国の「相互作用」により米国の消費者データが中国に移転していると指摘した。米国の場合、企業による消費者データの収集、利用について、全体戦略・整合性が弱い「断片的」な規制対応をしており、データセキュリティよりも経済的成長を過度に優先し、企業の自主的ガバナンスを尊重する自由主義を貫いている。一方、中国は、消費者データを国家の戦略的資源と位置付け、国内では企業・行政が保有するデータの「開放・共有・活用」を推進し、企業を活用して世界のデータを収集する方法を選択している。こうした構造の下、中国市場やユーザーに依存している米国のテック企業や、米国で事業実施する中国企業は、『曖昧な「同意」』に基づき、米国の消費者データを中国に移転している。
ただ、自由主義を標榜してきた米国にも変化が現れている。例えば、バイデン政権は、2024年に「懸念国による米国人の機微な個人データおよび米国政府関連データへのアクセス防止に関する大統領令」と「中国とロシアが関係するコネクテッドカーの輸入または販売を禁止する規則案」を相次いで公開し、国家によるコントロールに踏み出している。さらに、後続のトランプ政権では、イーロンマスク氏の積極的な政策関与などが見られ、国家戦略と企業戦略の整合の可能性が高まっている。
中国の場合、データの価値化と活用に向け、政策体系を構築しているが、2022年公開した「データ20条」では、データを土地、労働力、技術、資本に次ぐ「生産要素」として位置づけ、データの合法的高効率な活用を促進し実体経済に貢献するとしている。2024年には、「データ要素×」3カ年行動計画を公開し、製造、農業、商業・貿易・流通、交通輸送、金融サービス、科学技術イノベーション、文化・観光、医療・ヘルスケア、緊急対応管理、気象サービス、都市ガバナンス、グリーン・低炭素の12分野において、データの活用シーンや活用方法を明確にし、世界のデータを収集しつつ、自国データはローカライズしている。収集した多様なデータにより磨かれたAIアルゴリズム、つながりの質・強さを伴うエコシステムが、中国企業の海外展開、貿易金融プラットフォームを通じて東南アジア等に展開されている。
最後に、岡野氏はこれからの米中デジタル化競争の展望と、日本企業の取り組みについて解説した。
近年の米中のデジタル戦略あるいはDXのトレンドは何なのか。それは、ソフトウェアでシステムやネットワークを一元的にコントロールし、顧客の体験・行動起点で動的に再構成・効率化する持続可能なエコシステムを構築することである。
岡野氏は、デジタル技術の進化が既存ネットワーク、例えば、サプライチェーン、デジタル・プラットフォーム、金融システム、計算能力等の接続性・相互依存性を高め、"ネットワーク間の競争"を促すと予測した。同時に、米中間のデカップリングが進行するだろうと述べた。
日本の企業は、「つながり・融合」が加速する世界を分析・展望し、米国、中国等の先行事例 からソフトウェア化の本質を抽出し、テクノロジー戦略に反映する必要があると岡野氏は指摘した。中国、米国といかに差別性ある土俵でデータを強化し、「戦略的不可欠性」を構築することが鍵であると指摘した。また、データを分析・活用できるソフトウェア人材の量と質に注力する必要があるとし、個人を強くするのが、企業や国を強くする道だと強調した。
(文:JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 松田 侑奈)