日 時: 2025年2月28日(金) 15:00~16:30 日本時間
開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)
言 語: 日本語
講 師: 河野 泰之 氏
京都大学 副学長(国際戦略担当)
講演資料: 「第40回アジア・太平洋研究会講演資料」( 6.4MB)
YouTube [JST Channel]: 「第40回アジア・太平洋研究会動画」
河野 泰之(こうの やすゆき)氏
京都大学 副学長(国際戦略担当)
略歴
1980年代から、フィールドワークに基づいた東南アジアの農業・農村に関する研究に従事してきた。
2014~2017年、京都大学東南アジア地域研究研究所長、2018年から京都大学副学長(国際戦略担当)。
2015年からJST SICORP「日ASEAN科学技術イノベーション共同研究拠点―持続可能開発研究の推進―」の研究代表者を務めている。
主な著書:『Dynamic Agriculture in East Asia: Land-Livelihood Interactions』(共編著、MDPI、2023年)、『東南アジア大陸部の戦争と地域住民の生存戦略』(共編著、明石書店、2020年)、『地球圏・生命圏の潜在力ー熱帯地域社会の生存基盤』(共編著、京都大学学術出版会、2012年)
今回の講師としてお迎えした河野泰之教授が所属する京都大学東南アジア地域研究研究所(CSEAS)は1963年に設立され、学際研究の推進とフィールドワークの重視、今日的課題への挑戦を掲げて活動を進めてきた。その構想は、平澤興京都大学総長(当時)の「現地に赴き、諸国民と生活を共にすることによって」総合研究を実現する、という言葉に現れている。河野教授も、自らタイ東北部の農村をフィールドとして、農学の枠を超え、人類学・経済学・水文学などとの学際的研究を行ってきた。
東南アジア地域との共同研究は、文部科学省グローバルCOEプログラムを経て、日本学術振興会(JSPS)日ASEAN協働強化プログラム(2014~16年度)へと展開する。さらに2015年度からは、JST戦略的国際共同研究プログラム (SICORP)「国際共同研究拠点」に採択され、日ASEAN科学技術イノベーション(STI)プラットフォーム(JASTIP)事業を実施し、今日に至っている。JASTIPは、防災・減災、環境・エネルギー、生物資源・生物多様性の3つのテーマに関して通年100件超の応募から約20件を採択し、多様なステークホルダーによる共同研究や交流事業を実施しており、ASEANの科学技術イノベーション委員会(COSTI)からも、我が国の科学技術協力プロジェクトのうちASEAN10カ国が参加できる多国間協力の要件を満たした事業として、唯一承認を得ている。河野教授はJASTIPのコンセプトを「共同研究事業は数多くあるが、従来そのインパクトは研究者コミュニティの中にとどまってきた。本事業は政策担当者、民間関係者、社会への認知度を高め『見せる』ことを念頭に置いている」と表現する。
日本の基礎研究を支える科学研究費の推移を見ると、2000年代に幅広い分野の研究者が東南アジアとの共同研究に参入しはじめ、ASEANへの関心が高まっていったことがわかる。京都大学のみならず日本の多くの大学で、留学生が本国へ戻り大学教員に就き、日本の元指導教員との間で共同研究が始まるという、人的循環が生まれている。ただし、京都大学で活躍する外国人研究者数の対留学生数比率を出身国別に見ると、北米・欧州・オセアニアは2前後(留学生の約2倍の数の研究者が京都大学に在籍)であるのに対し、アジアは0.2以下である。わが国の大学で研究者となるパスが、欧米出身者にとっては多様であるのに対し、アジアに関しては元留学生の一部に限定されていることを反映していると推測される。
一方、ASEANは日本に何を期待しているのか。ISEASユソフ・イシャク研究所が例年行っている「東南アジア意識調査」によると、政治や経済に関してASEAN地域で最も影響力の大きい国は中国である。日本の影響力が低下傾向にあるなかで、日本に期待されるのは信頼性、言い換えれば「自らの方式や規範を押し付けないこと」にあるという。
とは言え、ここ数年でASEAN諸国は日本との研究開発力の差を縮めており、一方的な開発援助の相手国ではなくなっている。例えば、学術文献データベースWeb of Scienceを用いて総論文数に占めるトップ10%論文数を見ると、2021年には対2015年比でシンガポールは1.6倍、ベトナムやミャンマーは約5倍強へと増加しており、ASEAN平均(2.2倍)は日本(1.2倍)を上回る。また分野別傾向を概観すると、エネルギー・バイオマス、人工知能(AI)、サイバーセキュリティなどに多く資金が投入されている。日本と比べて実用的な分野に重点を置き、これらの急速な発展を促す政策が採られていることが分かる。
ASEANとその加盟国は、日本の研究力・人材育成力を世界へ積極的にアピールするうえで、貴重なパートナーである。ASEAN諸国が日本に求めているのはアイデア、スキル、人であり、資金的支援は必須条件ではない。「JASTIP10年間の活動により大きな人材ネットワークが築かれた。ASEAN諸国には明確で実践的な研究課題を持つ研究者が多く、イノベーションの多様なシーズがあり、それを社会実装につなげる多様な手段がある」と河野教授は振り返る。日本との協力の将来を見据え、今後さらに取り組むべき3つの事項をメッセージとして纏めた。
研究インパクトの大きさを考えると、課題が存在する現場での実践は重要であり、日本の研究者と現地の研究者が常駐する国際共同研究の場が必要である。京都大学では2018年頃から教員らが現地大学に赴いて滞在し共に研究を行ってきた。逆に現地でも、世界各国のトップ大学・研究機関を誘致する、シンガポールのイノベーション・エコシステムの拠点CREATEや、気候変動や高齢化社会などの現代的な課題について世界各国の研究機関と協働するタイのマヒドン大学の共同ユニットなどが存在する。
豊かな人材と成長市場を有するASEANのポスドクを対象として、日ASEAN連携のための研究人材等の多様な人材を日ASEAN共創で発掘・育成する場を拡充する必要がある。京都大学では人材育成に現地と共同で取り組んでいるが、中国・韓国の存在感も高まるなか、既存の人材育成プロジェクトや現地の重点的取り組みを活用しながら、どのレベルの人材を育成するのか、研究型大学から高等専門学校までを系統的に見て取り組む必要がある。一方、日本には、仮に留学しても研究職の途が描きにくい問題があり、留学生獲得のためには留学後のキャリアパスについて社会全体で考える必要がある。
上述の2点も含めて、研究開発から事業展開に至る幅広い日ASEAN共同事業をコーディネートする人材の能力開発プログラムを開発し実施する必要がある。
JASTIPのように、現地統括拠点を設置し、参加国間のみならず多様なステークホルダー間で双方向の情報流通を行えるネットワーク・ハブとして活用すれば、現地の情報を日本へフィードバックでき、また、現地での成果を当該地域の経済社会へ還元するチャネルも構築でき、更には、ASEAN及び参加国等に「見せる」ことで拠点とそのネットワークのプレゼンスを強化できる。今、日ASEANの研究・人材育成協力は転換期にあり、Equal partnershipからJoint partnershipへ変わり、信頼できるパートナーとして共創、互恵、sharingを確保していくことが何よりも大切である。
(文:JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 斎藤 至)