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第42回アジア・太平洋研究会 -科学技術イノベーションを巡る最新事情-
「「中国製造2025」最終年を迎えた中国~産業高度化政策の現状と今後の展望」(2025年4月25日開催/講師:真家 陽一)

日  時: 2025年4月25日(金) 15:00~16:30 日本時間

開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)

言  語: 日本語

講  師: 真家 陽一 氏
名古屋外国語大学 外国語学部中国語学科 教授

講演資料: 「第42回アジア・太平洋研究会講演資料」(PDFファイル 9.1MB)

YouTube [JST Channel]: 「第42回アジア・太平洋研究会動画

真家 陽一(まいえ よういち)氏

名古屋外国語大学 外国語学部中国語学科 教授

略歴

1985年、青山学院大学経営学部卒業。銀行系シンクタンクなどを経て、2001年、日本貿易振興会(ジェトロ、現・日本貿易振興機構)入会。
2004年4月、北京事務所次長(調査担当)、2009年1月、海外調査部中国北アジア課長、2014年4月、再度、調査担当次長として北京事務所に勤務。2016年9月より現職。
専門は中国のマクロ経済および産業政策、日本企業の対中ビジネス戦略。
2017年11月から日立製作所のシンクタンクである日立総合計画研究所のリサーチフェローも兼職。
主な著書:『デリスキング下の北東アジア経済』(共著、文眞堂、2024年)、『アジアの経済安全保障』(共著、日本経済新聞出版、2023年)、『コロナ禍で変わる地政学』(共著、産経新聞出版、2022年)ほか多数。


第42回アジア・太平洋研究会リポート
「「中国製造2025」最終年を迎えた中国~産業高度化政策の現状と今後の展望」

中国の重要な産業政策である「中国製造2025」は、今年最終年を迎える。本研究会では名古屋外国語大学の真家陽一氏を招き、この政策の達成度や評価等についてご講演いただいた。

1. 「中国製造2025」の概要および政策策定の背景

真家氏は、まずこの政策を制定するに至った背景について解説した。

中国は改革開放以降、数十年間にわたって圧倒的な経済成長を遂げ、世界経済における存在感を飛躍的に高めた。しかし、低コスト労働力に依存した成長モデルは限界に達し、「中所得国の罠」に陥るリスクが顕在化した。この課題を克服し、持続的成長を確保するため、中国政府は産業構造の高度化と技術力の強化を国家戦略の中心に据えることを決定した。その象徴的政策が2015年に発表された「中国製造2025」である。

「中国製造2025」は、ドイツの「インダストリー4.0」を参考にしつつ、中国の国情に即した形で、工業情報化部をはじめ、国家発展改革委員会、科学技術部、財政部、国家質量監督検験検疫総局、中国工程院などの多くの省庁と専門家が関与して策定された。2025年までに製造強国としての基礎を築き、2035年には世界の製造中堅国に並び、2049年の建国100周年には製造強国の最上位に到達することを目標として、国家の総力を挙げて推進された。

政策の骨子は、5大プロジェクトと10の重点分野である。5大プロジェクトは、製造業イノベーションセンター建設、スマート製造推進、工業基盤強化、グリーン製造、ハイエンド設備イノベーションの5つから成り、製造業の質的転換を目指している。10の重点分野には、次世代情報技術、高度工作機械・ロボット、航空宇宙設備、海洋工学設備・ハイテク船舶、新エネルギー自動車・電力設備、農業機械装置、新素材、バイオ医薬品・高性能医療機器が含まれている。

2. 「中国製造2025」をめぐる米中対立の激化

真家氏は次に、「中国製造2025」をめぐる米中対立の激化について解説した。

「中国製造2025」の公開は、特に米国に大きな警戒心を抱かせた。米国は、この政策が国家主導で特定産業を支援し、外国企業に対する技術移転の強要や知的財産権侵害を伴うと批判した。2018年には、通商法301条に基づく対中制裁関税を発動し、米中貿易戦争が勃発した。以降、米中間の経済・技術覇権を巡る競争は一層激化した。

国際的批判を受けて、中国政府は表向き「中国製造2025」という言葉の使用を控えるようになったが、政策自体は存続し、むしろ深化した。習近平国家主席は、「自立自強」を強調し、科学技術の国産化推進、産業チェーンの安全強化、内需主導型経済構造への転換を国家戦略の中核に据えた。特に2020年に打ち出された「双循環」戦略では、国内循環を主体とし、国際循環を補完と位置付ける経済モデルへの転換が打ち出され、国内市場の拡大と国際市場への依存度低減を両立させる道を歩み始めた。

3. 「中国製造2025」の達成度に対する評価

続いて、真家氏は「中国製造2025」の達成度について、いくつかの評価を紹介した。

  1. (1) 香港の英字紙『サウス・チャイナ・モーニング・ポスト』は、設定された約260の目標のうち86%以上が達成されたと報じた。特に電気自動車(EV)分野では急成長を遂げ、2023年には世界最大の自動車輸出国となった。また、再生可能エネルギー、ロボット工学、農業機械、バイオ医薬品、海洋工学設備といった分野でも著しい進展が見られた。しかし、先進的半導体製造、大型旅客機、ブロードバンド衛星ネットワークといった分野では技術的な課題が残っている。特に半導体分野では、先端プロセス技術の国産化が大きな壁となっており、米国による半導体製造装置の禁輸措置も影響を及ぼしている。
  2. (2) 米国務長官マルコ・ルビオ氏は、「中国製造2025」の10大重点分野のうち、特に海洋工学設備、軌道交通設備、新エネルギー自動車、電力設備分野で顕著な成果を上げたと評価している。これらの分野では、中国が量的拡大を超えて質的な進展を遂げつつあることが示されている。
  3. (3) 一方で、中国EU商会は、製造業の急速な発展に伴い、市場における不健全な競争を意味する「内巻き」現象が深刻化していると指摘した。政府補助金に支えられた過当競争が激化し、価格破壊や資源の浪費が生じ、イノベーションのインセンティブが低下しているという副作用も見受けられる。この「内巻き」現象が製造業の持続可能性を損なう恐れがあるとの警告もなされている。
  4. (4) 製造強国発展指数において、中国は規模においては世界最大の製造国であるが、質と効率、構造最適化、持続性においては米国、ドイツ、日本に後れを取っている。これを克服するためには、生産量の拡大にとどまらず、基礎研究力の強化、知的財産権保護制度の整備、国際標準化戦略の推進が重要である。

4. 「中国製造2025」の進捗による日本企業への影響

では、この政策は日本企業にどのような影響を与えているのか。真家氏は、矢崎総業、出光興産、ロームなどの日本企業が中国企業との提携や中国市場向け事業拡大を通じて一定の成果を上げたものの、近年では中国企業の技術力向上により競争環境が急激に厳しさを増していると指摘した。特に電気自動車や半導体、次世代通信機器の分野では、中国勢との技術競争が激化しており、日本企業には技術流出リスクへの対策、サプライチェーン管理の高度化、知的財産権戦略の見直しが迫られている。

今後の中国の産業政策は、「自立自強」を旗印に、内向き志向を強めつつ、先端分野での国際競争力向上を狙う方向に進むと見られている。しかし、人工知能(AI)、新エネルギー、バイオテクノロジー、新素材などの重点分野では、米国を中心とする西側諸国は対中技術封鎖を強化している。グローバル・サプライチェーンの再編、経済圏の分断が進行する中で、日本企業は中国市場との関係をどのように位置付けるべきか、戦略的な再考を求められている。

5. 中国の産業高度化政策の今後の展望

真家氏は、中国の産業政策の展望についても解説し、「中国製造2025」の達成度は分野によってばらつきがあり、未達成の目標も依然として残されているため、今後も産業高度化政策を継続・強化していく必要があると述べた。特に、最終目標である「総合的な実力において世界トップレベルの製造強国」の実現には、あらゆる技術の国産化が不可欠とされている。

習近平国家主席が提起した「新質生産力」の概念は、イノベーションによってもたらされる新たな生産力を指し、破壊的・先端的な技術による産業イノベーションを通じて、新たな産業、ビジネスモデル、成長エンジンを生み出すことが目指されている。これにより、半導体、人工知能(AI)、新エネルギー自動車(NEV)、バイオテクノロジー、量子科学、グリーンエネルギーなどが重点分野として位置づけられている。

しかし、これらの目標達成には依然として高いハードルが存在する。特に、先端半導体技術については、EUV(極端紫外線)露光装置の開発が難航しており、米国やオランダの対中輸出規制の影響で、海外からの調達も困難な状況にある。したがって、産業高度化には独自技術力の強化と、イノベーション・エコシステムの健全な発展が不可欠である。

今後、サプライチェーンの強靭化や、科学技術政策の最適化が重要課題となるだろう。中国は、自国の国情に合った独自の研究開発ルートを歩みつつ、世界の科学技術フロンティアで存在感を高めることを目指している。

(文:JST・アジア太平洋総合研究センター フェロー 松田 侑奈)


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