日 時: 2025年7月18日(金) 15:00~16:30 日本時間
開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)
言 語: 日本語
登 壇 者:
辻野 照久 氏
元宇宙航空研究開発機構 国際部 参事
梅田 耕太 氏
公益財団法人国際文化会館地経学研究所 研究員
講演資料: 以下の講演タイトルをクリックしてご覧ください。
YouTube [JST Channel]: 「第44回アジア・太平洋研究会動画」
調査報告書:
『「宇宙科学強国」を目指す中国の宇宙開発』

辻野 照久(つじの てるひさ)氏
元宇宙航空研究開発機構 国際部 参事
「宇宙科学強国を目指す中国の宇宙開発」 (
715KB)
略歴
1973年 東北大学工学部電気工学科卒業、日本国有鉄道(JNR)入社
1986年 宇宙開発事業団(NASDA)入社
1996年 (財)日本宇宙フォーラム 調査研究部次長・主任研究員
2004年 文部科学省科学技術政策研究所(NISTEP) 特別研究員
2007年 宇宙航空研究開発機構(JAXA) 国際部 参事
2011年 定年退職、科学技術振興機構 特任フェロー・NISTEP客員研究官
2016年 JAXA再雇用終了

梅田 耕太(うめだ こうた)氏
公益財団法人 国際文化会館 地経学研究所 研究員
「新たな宇宙競争時代における日米の宇宙戦略」 (
1.5MB)
略歴
2010年に防衛省に入省。
主に海外の軍事動向に関する調査に従事するとともに、軍備管理・軍縮に関わる政策の省内調整も担当等も経験。
2015年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)に入構。
海外の宇宙政策動向の調査をはじめ、それを踏まえた戦略立案、海外宇宙機関との調整、機構内におけるサイバーセキュリティ規程の策定などを担当。
2019年から2022年にかけては、JAXAワシントンDC事務所に駐在員として勤務し、NASAをはじめとする米国の政府機関や民間企業との関係構築を担当した経験もあり。
2025年4月より現職。関西学院大学総合政策学部卒業、京都大学大学院法学研究科修了。
近年の中国の宇宙開発における躍進には目覚ましいものがある。米国主導の国際宇宙ステーションISSの運用終了が2030年に迫るなか、独自の宇宙ステーション「天宮」を建設し本格的な運用を開始したほか、世界で初めて月の裏側に着陸しサンプルの回収に成功するなど、今や世界の宇宙開発は米中2大強国が主導権を激しく争う様相を呈している。JSTアジア・太平洋総合研究センター(APRC)では、2024年度に「宇宙科学強国」を目指す中国の宇宙開発に関する調査研究を実施した。本研究会では、同調査研究報告書を執筆いただいた辻野氏より中国の宇宙開発の全体像をご紹介頂いた後、梅田氏より新たな宇宙競争時代における日米の宇宙戦略についてご講演いただいた。
中国の宇宙開発動向として、宇宙輸送システム、有人宇宙活動、月惑星探査、宇宙科学、地球観測、衛星通信、航行測位、技術試験の8つのミッション領域について最近の動きを概説した。
月探査機や火星探査機、中国宇宙ステーションのモジュールを打ち上げる長征5型ロケットが中心である。将来の有人月探査のための新型ロケットなど、新系列の長征ロケットの開発が進められている。近年は国有企業に加えて、民間企業によるロケットの開発・打ち上げも行われている。
2022年6月、中国宇宙ステーション「天宮」の恒久的な有人滞在が開始された。その後、実験モジュール「問天」(同年7月)及び「夢天」(同年10月)の打ち上げにより「天宮」の初期段階が完成した。将来の有人月活動の実施に向けた技術開発が進められている。
2018年12月、嫦娥4号が月の裏側に世界で初めて着陸した。2024年6月には嫦娥6号により、世界で初めて月の裏側からのサンプル回収に成功した。火星探査では、2021年2月に「天問1号」の火星周回軌道投入に成功、同年5月には火星表面への着陸を実施(ロシア・米国に次ぎ3番目)した。
2024年、中国科学院が2050年までの宇宙科学中長期計画を発表した。3期に分けて段階的にミッションを実施し、長期的に「宇宙科学強国」を目指す。注目されるミッションとして、2025-2030年に中国全土を網羅する量子通信ネットワークを構築する計画などがある。
2015年から2025年までの10か年計画「民生用宇宙インフラ中長期発展計画」に沿って、地球観測衛星、衛星通信及び航行測位衛星の開発利用を推進した。気象観測及び陸域・海洋・大気観測の各々において複数の衛星群の構築が進められているほか、衛星通信では、衛星インターネットが急速に整備。航行測位では、2020年、35機の「北斗3号」衛星により全球システムを完成。2035年までに次世代北斗システムを構築する計画である。
中国航天科技集団公司(CASC)や中国科学院(CAS)などのほか、多くの大学が様々な技術試験衛星を打ち上げている。
辻野氏は、「中国は既に宇宙開発人材の量的確保と質的向上に成功しており、宇宙科学強国を目指す2050年までに期待以上の成果を上げる可能性は高い」とし、「中国が有人月探査で先行する可能性もある」との見方を示した。また、視聴者からの「中国の宇宙開発の目的や狙い」についての質問に対しては、「パキスタン人宇宙飛行士を天宮に搭乗させる計画」や「月探査での国際協力」などの事例をあげて「国威発揚が狙いである」旨回答した。
米国では、2010年代半ば頃から米軍の宇宙システムの脆弱性に対する認識が高まってきた。2018年、「国家防衛戦略」において宇宙を正式に「戦闘領域」と定義した。2019年には米宇宙コマンド(U.S. Space Command)と米宇宙軍(U.S. Space Force)を創設した。また同年創設された宇宙開発庁(Space Development Agency)により、米国の宇宙システムの抗たん性強化のため、低軌道に小型衛星群(コンステレーション)を構築する計画がスタートした(分散型アーキテクチャへの移行開始)。この動きを後押ししてきた背景には中国のcounterspace(対宇宙)能力の向上がある。
バイデン政権後半以降、中国の宇宙能力を無力化するため、米国のcounterspace能力向上の必要性が強調されるようになってきた。第2次トランプ政権における軍事宇宙政策は体系的には明らかになっていないが、Golden Dome構想(既存の弾道ミサイル防衛システム+宇宙配備型インターセプター(推定))には注視する必要がある。また、SpaceXへの過剰な依存状況に対する問題意識が浮上。商業宇宙能力の活用の仕方が課題となってきている。
第1次トランプ政権により有人月探査が宣言(2017年12月)された。国際パートナー及び商業パートナーとの協力による持続的な月探査が目標(後に「アルテミス計画」と命名)に掲げられた。この時期の宇宙政策では、あくまで米国のリーダーシップの発揮や産業活性化が主目的であり、「中国との競争」は前面には出ていなかった。
バイデン政権で継続されたアルテミス計画(米国主導)はその後遅延した。月着陸の目標は当初の2024年から2027年へと修正され、2021年12月には、国際宇宙ステーション(ISS)の2030年までの運用延長が発表された。2023年には、中国が2030年を目標に有人月探査を実施することを発表し、中国がアルテミス計画よりも先に有人月着陸を実施する可能性が示唆された。こうした流れのなか、世界の国々は、米国主導のアルテミス合意参加国と中国主導の月科学研究ステーション(ILRS)参加国の2つの陣営に二分される構図が徐々に鮮明になってきた。
第2次トランプ政権では、明確な宇宙政策はまだ示されていないが、有人探査の目的、中国との競争が予算獲得のツール(レトリック)から、徐々に政策目標そのものに変化しつつある。
日本の民生宇宙政策は、中国の影響を米国ほど直接的には受けていない。他方、軍事宇宙については影響が出てきており、例えば、2018年の「防衛計画の大綱」において多次元統合防衛力の構築が謳われた。宇宙やサイバーなど、今までの陸・海・空の伝統的な領域以外の能力を使った統合的な防衛力の構築を目指すもので、その背景には、中国が宇宙を含めて様々な領域で能力を高めていることがある。2022年の安全保障関連3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)においては、宇宙を使った地上の軍事能力の強化について体系化された。
宇宙探査に関しては、日本政府は2019年10月にアルテミス計画に参画することを決定した。参画の意義として、「外交・安全保障」を第一とし「日米協力の深化」が掲げられた。日本の有人宇宙探査活動においては、外交・安全保障の文脈が常に意識されている。ただし、それが米国や欧州などとの協力強化以外に、具体的に何をするのかは必ずしも明確になっていない。民生宇宙分野、特に宇宙探査においては、これまで米国との協力強化そのものが目的化していた。しかし、米国が中国に対抗する方針を鮮明にしつつあるところ、日本の宇宙探査の意義や目的はどのような影響を受けるのか、改めて見直す必要があるのではないか。
梅田氏は、まとめとして「宇宙探査は伝統的にトップダウンによる政策決定がなされる分野であり、地政学的状況を踏まえ、日本は米国との協力の継続・深化を第一の選択肢としつつも、日本にとっての探査の価値や戦略的自律性の確保について改めて考える必要が出てきている」と指摘している。
(文:JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー 光盛 史郎)