日 時: 2025年10月27日(月) 15:00~17:00 日本時間
開催方法: WEBセミナー(Zoom利用)
言 語: 日本語
登 壇 者:
大橋 英夫 氏
専修大学経済学部 教授
飯田 将史 氏
防衛省 防衛研究所 理論研究部 部長
大西 康雄 氏
アジア・太平洋総合研究センター 特任フェロー
関連書籍:
『「自立自強」の中国:産業・科学技術イノベーションの現状と課題』
講演資料: 以下の講演タイトルをクリックしてご覧ください。
YouTube [JST Channel]: 「第47回アジア・太平洋研究会動画」

大橋 英夫(おおはし ひでお)氏
専修大学経済学部 教授(開発経済学・アジア経済論)
「習近平「新時代」における産業発展・科学技術振興策の発展と変成」
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略歴
1979年 上智大学文学部卒業
1984年 筑波大学大学院社会科学研究科単位取得退学
1984~92年 三菱総合研究所研究員
1992年 専修大学経済学部専任講師、助教授(1994年)、教授(2000年~)
この間、
1986年 国際協力事業団(JICA)エコノミスト
1989~91年 在香港日本国総領事館専門調査員
1995~96年 ジョージ・ワシントン大学G・シグールセンター客員研究員
1992~2001年 日本国際問題研究所客員研究員
2001~02年 カリフォルニア大学(サンディエゴ)訪問学者
2018~19年 イーストウエストセンター訪問学者
著作
2020年 『チャイナ・ショックの経済学』 勁草書房
2005年 『現代中国経済論』 岩波書店
2003年 『シリーズ現代中国経済5 経済の国際化』 名古屋大学出版会
1998年 『米中経済摩擦:中国経済の国際展開』 勁草書房

飯田 将史(いいだ まさふみ)氏
防衛省 防衛研究所 理論研究部 部長
「国防科学技術イノベーションを推進する中国」
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略歴
1999年 防衛庁防衛研究所入所・助手
2005年 スタンフォード大学大学院修士課程修了(東アジア論)
2005年 防衛研究所第6研究室・主任研究官
2010年 スタンフォード大学東アジア研究所・客員研究員
2013年 米海軍大学中国海事研究所・客員研究員
2015年 防衛研究所地域研究部中国研究室・主任研究官
2023年 防衛研究所地域研究部中国研究室・室長
2024年 現職

大西 康雄(おおにし やすお)氏
アジア・太平洋総合研究センター 特任フェロー
「「自立自強」の中国:産業・科学技術イノベーションの現状と課題」
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略歴
1977年早稲田大学政治経済学部卒業。同年アジア経済研究所入所。
在中国日本国大使館専門調査員、中国社会科学院工業経済研究所・客員研究員、アジア経済研究所地域研究センター長、ジェトロ上海センター所長、同アジア経済研究所新領域研究センター長等を経て、2020年7月より現職。
専門は、中国経済。
著書に『東アジア物流新時代』(共編著、アジア経済研究所、2007年)、『中国 調和社会への模索』(編著、アジア経済研究所、2008年)、『習近平政権の中国』(編著、アジア経済研究所、2013年)、『習近平時代の中国経済』(単著、アジア経済研究所、2015年)、『習近平「新時代」の中国』(編著、アジア経済研究所、2019年)ほか。
アジア・太平洋総合研究センターでは、令和6年度に『「現代化産業体系」を目指す中国の産業・科学技術イノベーション』に関する調査研究を、中国の産業・科学技術・イノベーションに関する複数の専門家を招いて実施した。その成果は、書籍『「自立自強」の中国:産業・科学技術イノベーションの現状と課題』として取りまとめ、2025年8月に出版した。
本研究会では、まず特任フェローの大西康雄氏が本書の全体像を概説し、続いて大橋英夫氏(専修大学)及び飯田将史氏(防衛研究所)が各ご専門領域の観点から講演を行った。
大西氏は、書籍『「自立自強」の中国:産業・科学技術イノベーションの現状と課題』の全体構成と執筆の背景を紹介した。同書は、中国の発展戦略の転換および科学技術イノベーションの位置づけを多角的に分析し、その特質や効率性、持続性を評価することを目的としている。
大西氏によれば、習近平政権発足以降、中国は「イノベーション駆動の経済発展」を国家戦略の中核に据え、科学技術の「自立自強」を繰り返し強調してきた。イノベーションは単なる技術進歩にとどまらず、基礎研究から応用研究、産業化、社会実装の中で追加されたノウハウなどを含む広い概念として位置づけられている。
続いて大西氏は、政策的な流れを時系列で解説した。第13次五カ年計画(2016年~)で掲げられた「新しい発展理念」や、「中国製造2025」の政策を継続した第19回党大会(2017年)での「質の高い発展」路線を通じて、中国は製造強国の構築を目指したと指摘した。
しかし2018年以降の米中摩擦の激化が発展路線に大きな転換を迫り、米国の関税措置が技術覇権競争に発展したことで、国家安全法体系の整備と技術的自立の必要性が一層強調されたと述べた。さらに、新型コロナウイルスの流行によってサプライチェーンの脆弱性が露呈し、「科学技術自立自強」が国家目標として正式に打ち出される契機となったとも説明した。
2021年からの第14次五カ年計画では「双循環戦略」が中心概念として掲げられ、国内循環を主軸に国際循環を補完する新しい経済モデルが形成された。中国国内では核心技術の内製化と戦略的新興産業の育成が重視され、国際面では「一帯一路」を通じたサプライチェーン安定化が図られた。
さらに大西氏は、デカップリングの進行が「二重のグローバリゼーション」という新たな局面を生み出している点を指摘した。また、特許出願件数は多いものの知財使用料の貿易収支は大幅赤字であり、研究基盤や人材面では依然課題が残ると分析した。
近年は、イノベーションによる高度な技術等を生産力に転換する新質生産力が強調される一方で、国家安全法、データセキュリティ法、反外国制裁法の制定など、従来型の安全保障概念をはるかに超える総体的国家安全観の対象拡大の影響が、科学技術分野にも波及しているとした。特に、自立自強を支える枠組として「新型挙国体制」を掲げ、国家が研究資源を統一的に指導しつつ市場原理も一部取り入れる"ハイブリッド型体制"が構築されていると述べた。その結果、EVや太陽光、リチウム電池といった「新三様」産業が急成長した一方で、研究の自由や創造性が制約される側面もあると指摘し、「今後、第15次五カ年計画期において『高度な自立自強』をいかに実現できるかが、中国の持続的発展を左右する」と結んだ。
大橋氏は、まず近年の中国産業政策を特徴づける新概念「新質生産力」について、投資依存型の従来モデルから脱却し、イノベーション主導・高効率・高品質を特徴とする新たな発展理論に基づく生産力形態であると説明した。
「新質生産力」が重視される背景には、いわゆる「ピーク・チャイナ」と呼ばれる高度成長期の終焉があると述べた。2000年代以降の投資偏重による生産性の劣化、技術の対外依存から脱却するため、中国政府は「自主創新」を掲げ、科学技術振興を国家安全保障(総体的国家安全観)の一部に位置づけるようになった。
政策の歴史的変遷からすると、2006年の「中長期科学技術発展規画」から2010年の「戦略的新興産業」政策、2015年の「中国製造2025」に至るまで、科学技術重視の政策が続いており、これらは国民全体で起業し技術革新する「大衆創業、万衆創新」や「インターネットプラス」政策等を取り入れた「創新駆動発展戦略」に統合されたと大橋氏は述べた。2019年時点で産業政策支出はGDP比1.7%に達しており、補助金や低金利融資、税制優遇、政府産業投資基金など多様な支援が動員されていることも紹介した。
また、大橋氏は「総体国家安全観」の導入による統制的傾向が強まっていることも指摘した。経済・科学技術・情報・バイオなど広範な領域が安全保障の対象となり、中央集権的な政策運営が進んでいるという。さらに、「新挙国体制」により半導体などボトルネック技術への集中投資が進んでいると述べた。
最後に、中国の知的財産権の取扱いや補助金等の産業政策、過剰生産能力に対する国際的批判にもかかわらず、AI・バイオ・新エネルギーなど未来産業での競争力確保が政権の正統性維持と直結しているため、また、このような産業政策は国家安全に立脚していることから、こうした政策路線は今後も継続する可能性が高いと述べ講演を締めくくった。
飯田氏は、中国における国防分野の科学技術イノベーション推進について紹介した。
まず、習近平政権が掲げる「強軍の夢」は「中華民族の偉大な復興」という国家理念と密接に関連しており、科学技術が戦闘力強化の核心的要素とされていると述べた。第19回党大会(2017年)で「科学技術は核心的な戦闘力である」と明言されたことを紹介し、科学技術がもはや補助的要素ではなく、軍事力の質的転換を支えるエンジンとなっていると説明した。
続いて、「新興領域の戦略的能力」―すなわち海洋、宇宙、サイバー空間、インテリジェント技術―の強化が進められている現状を紹介した。これらは国家安全保障の新たな前線であり、AIを中心とするインテリジェント技術の統合的活用が重要視されている。
飯田氏は、中国が推進する「軍民融合」政策にも言及したが、これは民間企業や大学、研究機関の技術・資金・人材を軍事開発に動員する仕組みであり、2017年に設立された中央軍民融合発展委員会の下で制度化が進んでいると説明した。さらに、2021年以降の「人材強軍戦略」により、AI・ロボティクスを扱う高度専門人材の育成が進められていること、2024年には「情報支援部隊」が新設され、無人機スウォーム戦やネットワーク戦といった「智能化戦争」に対応する体制が整備されていることも紹介した。
飯田氏は最後に、「中国は科学技術を核心的戦闘力と位置づけ、イノベーションを通じて軍事力を質的に転換しようとしている」と総括した。その中核をなすのが、「新質生産力」の軍事転化、「軍民融合」の深化、そして「智能化戦争」への適応であり、今後も科学技術イノベーションと人材育成が中国の国防政策の中心に据えられ続けるだろうと述べ、講演を締めくくった。
総じて、大西氏は、双循環と挙国体制の下で成果と脆弱性が併存する実相を描き、持続性の鍵を基礎研究力・STEM人材・国際連携の三位一体強化に見出した。大橋氏は、手厚い政策手段が規模の成果を生みつつも、生産性・資源配分効率・国際整合性に課題を残すことを指摘し、持続可能な制度設計への再最適化を課題とした。飯田氏は、軍民融合と人材戦略を軸に、イノベーションの戦闘力への転化が制度・訓練・装備の各階層で同時進行している事実を示した。
本研究会の議論を通じて、中国が国家安全と経済発展を統合しつつ、新質生産力を梃子に産業・国防の両面でイノベーションを加速している現状を確認できたと思われる。
(文:JSTアジア太平洋総合研究センター フェロー 松田 侑奈)