アジアの新鋭科学者たち:ブラックホール研究から社会問題まで インドのスヴラート・ラジュー准教授

2021年6月11日 AsianScientist

理論物理学者として教育を受け、アクティビストとしての信念を持つスヴラート・ラジュー(Suvrat Raju)氏は、社会そして宇宙の困難な問題に取り組む。

AsianScientist - ブラックホールは研究者にとっても、天文ファンにとっても、究極の科学的な謎であるといえる。光すらも逃れることができないほどの強力な重力を持つブラックホールの計り知れない奥深さは、長い間人々を魅了し、精力的な学術研究の対象となってきた。

インド・ベンガルールにある国際理論科学センター(ICTS)の准教授であるスヴラート・ラジュー氏も、ブラックホールに関する数々の謎を解明したいと考える科学者の一人である。物理学には、情報は作ることも壊すこともできないという基本的な考え方がある。ただし、ブラックホールは例外らしい。

1975年、スティーヴン・ホーキング博士は、ブラックホールは時間が経つにつれて蒸発し、後に何も残らなくなることを発見した。ブラックホールが消滅すると、理論上はそこに格納されていた情報も消滅するが、それは物理学で最大の不可侵の法則の一つが破られたようにみえる。この難問は、「ブラックホール情報パラドックス」と呼ばれ、その後の40年間、ラジュー氏のような研究者たちがその解明に取り組んできた。

ラジュー氏は、ブラックホール情報パラドックスの解明に光を当てたことで、2019年、新興国の若手物理学者に毎年贈られる、イタリア・トリエステの国際理論物理学センター(ICTP)の理論物理学賞を受賞した。ラジュー氏は、研究者としての生活と理論物理学の領域を超えた問題に関する自身の考えについて、以下の通り語った。

1. ご自身の研究内容を簡単に要約すると?

主に重力の量子的側面を研究し、ブラックホールの特性の理論的調査を行っています。しかし、研究によっては、原子力、平和と軍縮、市民権など、全く異なるテーマに取り組むこともあります。

2. 最も誇りに思う、完遂した研究プロジェクトは?

イタリアの国際理論物理学センター(ICTP)のキリヤコス・パパドディマス(Kyriakos Papadodimas)氏との共同研究で、重力の中で情報は極めて珍しい形で局在化することを発見しました。例えば、ある領域内にある情報は混乱した状態にありますが、その領域の外部で同時に利用することができます。この効果は、量子情報に関する新たな視点をもたらしてくれるため、とても興味深いです。

しかし、実用面でいえば、カナダのブリティッシュコロンビア大学のM.V.ラマナ(M. V. Ramana)氏と行った、原子力エネルギーの経済的・法的側面に関する研究の方がより実用的な影響を持つかもしれません。私たちは、インド政府が輸入を検討していた原子炉の電力は競合する電力源からの電力よりもはるかに費用がかかり、その輸入を可能にするために設置された法的枠組みには欠陥があったことを実証しました。私たちの研究は、公の議論に影響を与えました。国による多額の浪費を回避するプロセスに、自分が貢献できたことをうれしく思っています。

3. 今後10年間で、どのようなことを研究で成し遂げたいか?

量子重力のより、現実的な側面の理解を進めたいと考えています。私たちの研究が言及する、より深い問いの一つは、量子力学が宇宙論的環境でどう機能するのかという問題です。量子力学は、研究室のシステムを理解するために開発されました。そこでは観察者とシステムは明確に区別されています。しかし、宇宙について研究する場合、そうした区別は存在しません。観察者は必然的にシステムの一部となるからです。量子重力について考える際、この問題に向き合わざるを得ず、また前進のためのヒントがもたらされます。

インド・ベンガルールの国際理論科学センターにて、スヴラート・ラジュー氏
(写真提供:本人)

4. この研究分野に進んだきっかけは?

両親が学者で、私は大学の環境で育ちました。ですから、研究以外の人生を本気で考えたことがありません。父は、私が数学や物理学、コンピューターに興味を持つ大きな役割を果たしました。母は、公共政策問題やアクティビズムへの関心を高めるきっかけを作ってくれました。

5. これまで研究を行ってきた中で、最も困難だったことは?

私は非常に恵まれていて、それほど多くの困難を挙げることはできません。あえて自分に関係する制度上の問題を一つ挙げるとすると、インドでは、科学研究の機関と大学とが分離されていることです。そうした機関は、科学的に優れたインフラは整っているのですが、大学のような幅の広い活気のようなものがありません。大学にあるような雰囲気がないことが時々寂しくなります。

6. 現在、学術コミュニティが直面する最大の課題とは?また、その解決方法は?

インドにおける最大の課題は、教育システムや社会全体においての資源の分配が著しく不平等であることです。インドのほとんどの学生は、自分の可能性を開花させるチャンスが得られません。基本的な教育資源にアクセスできないからです。何百万人もの有望な未来の研究者が研究コミュニティまで辿り着くことができないのです。教育にこれまで以上に資源を投入し、より平等に分配する必要があります。しかし、こうした改革は、国に公平と正義とを求める幅広い運動を起こさなければ成功しません。

7. 研究者になっていなかったら、何をしていたか?

市民の問題に取り組む、フルタイムのアクティビストになっていたと思います。でもその場合でも、現場の活動を分析したり、知的業務をサポートしたりするのを得意としたはずです。

8. 仕事以外でリラックスするためにしていることは? 興味のあることや趣味は?

ランニングが好きです。学生時代は中距離を走っていました。成長するにつれ速度は遅くなりましたが、距離は長くなりました!あと、長男が私をチェスに引き込んでくれています。これまでゲームはつまらないと思っていたのですが、今ではチェスの研究をしています。

9. 自身の研究に、何か世界の問題を根絶する力があるとしたら、何を解決したい?

量子重力における私の研究は、非常に理論的なものです。現実世界の問題に関していえば、ほとんどの問題は技術よりも、政策の制度的問題や権力の不平等に関係していると考えています。自分に可能であれば、国内と海外の両方のレベルで、今よりも公平な社会を構築することに貢献したいです。

10. アジアで研究者を目指す方にアドバイスするとしたら

普及している欧米のやり方に従うだけでなく、アジアで科学の各分野を主導することが極めて重要だと思います。科学分野を統括する人々は、欧米の学術機関に認められることが研究の良し悪しを判断する唯一の基準だと捉える傾向がありますが、人類の歴史の大半において、アジアは科学技術の分野をリードしてきました。そのポジションにいずれ戻れることを期待しています。