北陸企業とインド連携①スマート農業・医薬品で大きなポテンシャル

2021年8月25日

松島大輔

松島大輔(まつしま だいすけ):
金沢大学融合研究域 教授・博士(経営学)

<略歴>

1973年金沢市生まれ。東京大学卒、米ハーバード大学大学院修了。通商産業省(現経済産業省)入省後、インド駐在、タイ王国政府顧問を経て、長崎大学教授、タイ工業省顧問、大阪府参与等を歴任。2020年4月より現職。この間、グローバル経済戦略立案や各種国家プロジェクト立ち上げ、日系企業の海外展開を通じた「破壊的イノベーション」支援を数多く手掛け、世界に伍するアントレプレナーの育成プログラムを開発し、後進世代の育成を展開中。

著者は現在、金沢大学に奉職しているが、その金沢大学が所在し著者の住んでいる北陸は、近年、インドとの関係にも力を入れるようになりつつある。実際、北陸三県(石川県、富山県、福井県)は合計すると、人口約300万人、一人当たりGRP(域内総生産:Gross Regional Product)は約400万円(ともに2015年度ベース)となっており、日本の総人口やオールジャパンのGDP(国内総生産)ではそれぞれ1%、3%にも満たない規模といえる。にもかかわらず特徴的なのは、製造業の集積が厚いことである。2015年度の水準で、GRPに占める第2次産業の割合が34.4%と、日本全体に占める第2次産業の割合である25.8%に比べても、大きな割合を占めている。製造業が集積している太平洋ベルトに比べると見劣りするかもしれないが、日本海側でみると、県民一人当たりの製品出荷額において、北陸三県はトップ3を独占しており(下記グラフ参照)、産業クラスタを形成しているといえるだろう。北陸経済連合会は、『北陸近未来ビジョン』 (外部リンク) を掲げており、このなかで2030年代中頃には、北陸三県の一人当たりGRPを、北欧並みとされる約700万円と現在の1.75倍増するプランを掲げ、海外を含めた域外需要の取り込みを目指している。

出典:2018年時点の製品出荷額(経済産業省「2019年工業統計速報」)及び人口センサス(総務省「人口センサス(2018)」)を利用して筆者作成

この流れを受けて、北陸経済連合会が主導しつつ、在京インド大使館、石川インド協会等と協力して「北陸・インド経済交流会議」という国際経済会議のフォーラムを立ち上げた。そしてコロナ禍前の2019年7月19日には、第1回を金沢市で開催し、駐日インド大使のサンジェイ・クマール・ヴァルマ(Sanjay Kumar Verma)閣下臨席の下、約120名の参加した日印共同の経済交流をめぐる国際会議が行われた。

北陸経済連合会が行った会員企業向けのアンケート調査(2019年)によれば、北陸企業にとって有望な国・地域として、生産拠点としての視点ではインドが第2位、市場としての視点では第1位になった。従来の中国やベトナムやタイなどのASEAN(東南アジア諸国連合)地域を凌駕し、ついにインドが、北陸企業の海外展開において大きな注目を集める国として登場してきたのである。

こうした北陸3県とインドとの連携を人材面で支えるのが、国立大学法人北陸先端科学技術大学院大学(Japan Advanced Institute of Science and Technology:JAIST)である。実はJAISTには、日本の大学のなかで東京大学についでインド人留学生の累計在学者数が多く、産学連携を通じた交流も多い。平成26年度の「大学の世界展開力強化事業(インド)」に採択され、インドとの連携強化を図ってきたのである。JAISTでは既に、デリー大学(2008年9月)、インド工科大学(IIT)ガンディナガール校(2018年9月)、インド工科大学(IIT)マドラス校(2019年12月)、インド理科大学院大学(IISc)(2020年10月)、ビヤニ大学グループ(2015年12月)、サティヤサイ大学(2017年2月)など インドの7校との学術交流協定を結んでいる。(外部リンク)

著者は、このJAISTの研究者であるビアニ先生(Biyani, Manish)と交流があり、この関係で、ビアニ先生が社長をしておられるJAIST発の大学発ベンチャーであるBioSeeds社の存在を知った。同社は2018年4月にJAIST近郊の石川県能美市に設立され、バイオテクノロジーとエンジニアリングを掛け合わせた分野で挑戦を進めていらっしゃる。2018年当時、著者は、東南アジアやインドを中心とした、スマート農業の国際共同事業を展開しており、このプロジェクトに際して、ビアニ先生の御指導を頂いた。ビアニ先生が開発されたセンシング・システムでは、土壌中のヒ素やカドミウムなどを有害物質や、リンなどの土壌の肥料を、サンプルを抽出して成分を検査し、瞬時に計測し分析することができる。そこでスマート農業における圃場管理に最適な技術ということが分かり、いろいろとご指導頂いた。当初は東南アジアでの展開を視野に入れているが、インドでのスマート農業の適応ポテンシャルを考えると、アジア大に大いに広がるかもしれない。北陸から生まれたベンチャー企業、しかもインドの研究者が推進しているこうしたプロジェクトが広く世界に発信されることで、国際産学連携を介した新たな日印関係強化が目指されることとなるだろう。

このように、日本で研究が進められている技術的シーズを活用し、その実践的なフィールドとして社会的、経済的課題が山積した新興国市場への適応を検討するという手法は、国際産学連携として意義深い。なぜなら、既にこの連載で説明してきたように、国内ではクリステンセン(Clayton M. Christensen)のいう「持続的イノベーション」としてのカイゼン型技術導入は期待されても、なかなか新たなパラダイムを目指すような「破壊的イノベーション」を目指すには制約がある。このスマート農業についても、場合によっては欧米のような大規模農場を前提としないと、経済合理性・商業化を追求することができない可能性がある。スマート農業の技術だけを日本の狭小な圃場(ほじょう)で導入しても、「破壊的なイノベーション」を実現することができないというわけである。

北陸では、研究分野のみならず、教育分野でも日印連携についてブレークスルーが起こりつつある。「富山モデル」とでも形容すべき、大変ユニークな試みである。富山県は、県の予算を活用して外国人留学生の奨学金を用意し、優秀な人材の確保を進めている。既に、先行して「アセアン地域等からの外国人留学生受入・定着促進事業」を設定しており、この制度の延長上に、インド南部のアンドラ・プラデシュ(Andhra Pradesh:AP)州との連携を前提として、同州からの第1期県費留学生を実現した。著者も初めて富山県庁の担当者からこの政策の話を聞いて、この手があったか、と思わず膝を打った記憶がある。千里の道も一歩からではないが、こうした地道な交流によって、特にインドとの連携を人材、或いは人財からすすめようという政策は今後、他地域でも参考にすべきであろう。さらに富山県が秀逸なのは、「富山県といえば」、という得意分野への人財投入である。富山といえば、「富山の薬売り」で有名であり、伝統的な和漢方を前提に、広く創薬や製薬に強みをもつ。富山県庁には「くすり政策課」があるくらいである。実は、そのくすり分野にインドAP州から人財を招いたというわけである。富山大学大学院医学薬学教育部の大学院修士(博士前期)課程にベルマラ・ヘマ・ナガ・ラクシュミ(Perumalla Hema Naga Lakshimi)氏が第1期県費留学生として留学、2021年3月には博士前期課程を修了し、さらに同大学大学院医学薬学教育部博士後期課程に進学したという。

富山県庁の方に、どの州から留学生を呼んだらよいかというご相談を受け、AP州という話になったので、それは大変面白い選択であるとお話した。実はAP州は既に日本の製薬メーカーであるエーザイが医薬品原薬(active-pharmaceutical-ingredients:API)工場をバイザック(Vizag、バイザックは通称。正式名称はヴィシャーカパトナム(Visakhapatnam))という港湾都市に立地している。このエーザイインド子会社であるEisai Pharmaceuticals India Pvt. Ltd.は、2015年にThe World Quality Congress より、ヘルスケア産業部門における「QUALITY EXCELLENCE AWARD 2015」を受賞しており、品質管理の分野でも評価が高い。また個人的な付き合いになるが、インド駐在中にAP州出身の創薬分野で大変な業績を積んだ"God hands"と呼ばれた研究者と意見交換したことがあるが、インド南部は化学のセンスも抜群であり、今後、日本でも新たな展開を切り拓いてくれる予感がする。北陸とインドは、大いに繋がりつつあるのだ。