【調査報告書】『インドとの科学技術協力に向けた政策および研究開発動向調査』

2023年01月19日 アジア・太平洋総合研究センター

科学技術振興機構(JST)アジア・太平洋総合研究センターでは、調査報告書『インドとの科学技術協力に向けた政策および研究開発動向調査』を公開しました。以下よりダウンロードいただけますので、ご覧ください。
https://spap.jst.go.jp/investigation/report_2022.html

エグゼクティブ・サマリー

21世紀のインドは、持続可能で包摂的な成長を目指す新興国である。現在のインドの社会経済的な強みは、生産人口割合の上昇による人口ボーナスと、国の発展に貢献し得る優秀な人材から構成される豊富なタレントプールにあり、その特長を活かした科学技術イノベーションエコシステムの構築が求められている。

(1)インドの科学技術政策および世界における位置付け

インドでは、1947年の独立以降、国家によりこれまでに4つの主要な科学技術政策が打ち出されてきた。特に2003年以降、研究開発投資は政府および民間の両方で大幅に増加し、経済自由化以降の経済改革とあいまって、科学技術行政は2000年代の顕著な経済成長に貢献したものと考えられる。2022年3月現在インド政府により5つめの主要政策の立案準備が進められており、2021年1月に科学技術庁より発表されたその原案においては、研究開発投資の拡大や人口あたりの研究者数の増加、産学官連携の強化などの政策的課題を克服し、モディ政権のキーワード「自立したインド(Atmanirbhar Bharat)」を実現するための施策のあり方が示された。将来に向けたビジョンとしては、技術的独立を達成して今後10年間にインドを科学超大国のトップ3に位置付けること、今後10年間での世界最高レベルの表彰獲得を目指すことなどが掲げられている。

インドの研究開発における重点投資分野としては、防衛、宇宙、原子力、農業などが代表的である。また、2019年3月には科学技術イノベーション首相諮問委員会が、インドの主要な科学的課題として、自動翻訳技術、量子のフロンティア、人工知能(AI)、生物多様性などの9つの国家ミッションを特定し公表している。2015年から2020年の5年間はインド政府がイノベーション創出に向けて数多くの政策や取組を実施した画期的な時期であったといわれ、大小様々な組織により多様な形態での研究費配分が行われている。

主要な科学技術指標に関して、インドの研究開発費総額(GERD)は1990年代以来増加を続けており、2018年の名目額ではインドのGERDは587.2億米ドルで、アメリカの約10分の1、日本の約3分の1となっており、イギリスを上回る規模である。一方、GERDの対GDP比は、2008年に0.86%に達して以来は減少傾向にあり、2018年の見込値は0.65%であり、世界の主要国と比較して低い水準にある。部門別にみると他の主要国に比べて、負担部門、使用部門ともに政府部門の割合が極めて大きい。

インドのフルタイム換算(FTE)研究者総数は、2000年代以来増加を続け、1998年から2018 年の20年間で約3倍の34万1818人に達した。これはイギリスやフランスを上回り日本の約半分の規模である。しかし、人口100万人あたりのFTE研究者数は2018年で252.7人であり、他の主要国よりかなり低い水準にある。

インドの論文数については近年の伸びが著しく、2016-20年では世界シェア4.41%で第9位であった。また、高被引用論文に代表される質の面でも向上しており、分野により日本を上回る。国別高被引用論文をその割合と論文数の平面にプロットすると、日本とインドは非常に近しい位置にある。

(2)論文書誌データ分析によるインドの研究開発の動向

2016年以降、インドの研究開発機関が関与したトップ1%論文5101件の書誌データを対象とし、書誌分析の観点からインドにおける科学技術の実態的姿について分析を行った。7割程度の論文は国際共著で、インドの研究開発機関のみによる高被引用論文の成果は3割程度である。連携相手国・地域のトップはアメリカで、インド単独論文数より多い。しかし、近年インドの機関のみによる論文の伸びが著しく、2020年以降単年度ではアメリカとの連携論文数を上回っている。連携相手国としての日本は13位で韓国より少ない。インドの機関に紐付いた研究者が筆頭著者を占める論文数は最終著者を占める論文数より多く、また筆頭著者と最終著者のいずれにも該当しない論文数がインド関連の高被引用論文の4 割近くを占めていて、国際科学技術協力を進める新興国としての様相が確認できる。

インド所在の研究機関のアクティビティは、インド工科大学(IIT)、科学産業研究委員会(CSIR)、国立工科大学(NIT)等の系列にある機関が主要部を占めているが、これらの系列内での論文数は、機関ごとに開きが大きく、それぞれ一部の機関に成果が集中している。個別研究機関として比較すると、インドの特色は、上記の主要系列上位機関のほかに、多様な設立基盤に根差した私立大学、特別構想大学院大学、州立大学等が割拠していることである。また、高被引用論文の観点からは、特に有効に機能しているファンディング機関は限定されている。

高被引用論文の筆頭著者である有望な研究者は多いが、筆頭著者として複数の成果を挙げている研究者数はごく限られている。最終著者については、筆頭著者の場合より層が厚く、最終著者として相当数の高被引用論文を発表している研究者もみられる。22分野の分野別H-Index 上位100位以内の研究者と高被引用論文の筆頭著者を照合すると96名が該当した。複数の成果を挙げている研究者数はごく限られている。

研究分野ごとの高被引用論文数を大局的に見ると、臨床医学が最も多く、工学と物理学の伸びが近年著しい。さらに、254区分の細分研究領域での分析では、まず工学・技術系領域での急拡大の要因は、エネルギー・燃料、環境工学、材料科学、化学工学等への急速な関心の高まりにあり、コンピュータサイエンスやAIは既に中核的分野を形成している。これに対して、機械工学や通信工学等の伝統的な工学分野は十分には育っていない。数物系領域での急拡大の要因は、学際的物理の勃興と、既にある程度定着している応用数学や電気電子工学の拡大にある。一方で、光学、応用物理、固体物理、核科学、物理工学や先端物性工学等、またナノやミクロといった先端化学領域も未成熟である。これらの分野への注力がインド独自の力によるハイテク産業やモノづくり産業の展開に寄与するであろう。

(3)インドの各国との科学技術協力状況

インドの国際科学技術協力に対する姿勢は、自国内での科学技術の発展の度合いによって変化してきた。1983年には国産技術の国際競争力を高めることに加え、発展途上国の間での技術協力に注力すべきと考えられていたが、経済自由化後の2003年の科学技術政策においては、科学技術における国際的な協調が国内の科学技術の発展に大きく寄与するものであり、またそれは外交政策の重要な要素であるとみなされるようになった。2013年以降のインドは、国際コンソーシアムによる高度研究開発インフラ建設やビッグサイエンスの国際プロジェクトへの参加が奨励・促進されており、国際的な存在感の確立に力を入れている。

2021年1月発表の主要政策原案ではさらに立場を進めて、国際社会における科学技術イノベーション関連のアジェンダ設定に可能な限り創設メンバーとして参加し、世界的な科学技術イノベーションガバナンスに積極的な役割を果たすべき旨が謳われている。また、インド系ディアスポラが国に貢献できるメカニズムを構築し、人材誘致によって頭脳還流を促進して適切なエコシステムを実現するための制度整備が必要であることも強調された。2022年3月現在でインドはアメリカ・ドイツ・日本・ロシアの在外公館に科学技術参事官を置いているが、その配置や役割も今後改めて検討される予定となっている。

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