【AsianScientist】セロトニン作動性幻覚薬の研究に邁進するインドのバイデャ 教授

アジアの科学の先駆者たち:インドのビディタ・バイデャ(Vidita Vaidya) 教授と彼女のチームは、うつ病などの気分障害を引き起こす脳のメカニズムを調べ、同国でのメンタルヘルスの研究を進めている。(2023年5月16日公開)

ビディタ・バイデャ(Vidita Vaidya) タタ基礎研究所バイオ科学部教授

世界保健機関(WHO)によると、メンタルヘルスとは、人々が日常のストレスに対処でき、生産的かつ有益な仕事ができ、さらに自分が所属するコミュニティに貢献できる健康な状態のことをいう。メンタルヘルスとは、精神障害を持たないというだけではないが、不安やうつ病などの精神障害は、人々の生活の質に悪影響を及ぼす可能性がある。

これらの精神障害の一部は脳機能を変化させるような幼少期のストレスによって引き起こされる。しかし、脳機能を変化させ精神障害を引き起こすメカニズムについては、詳しいことは分かっていない。ライフサイエンス部門でインドのインフォシス科学賞を最近受賞したビディタ・バイデャ教授は、気分障害の底にある脳のメカニズムを理解する取り組みを続けてきた。彼女は、神経伝達物質であるセロトニンが、幼少期のストレスやトラウマが脳のエネルギー調節と挙動に与える影響について調べている。

バイデャ教授は医学者と医師を両親に持ち、インドの研究センターの敷地という恵まれた環境で育った。このため、研究者たちと交流することができた。 教授によると、科学議論は彼女の周りでは日常的なことだった。10代の頃、教授は行動に興味を持ち、研究して追求するようになった。

バイデャ教授は米エール大学で博士号を取得しており、気分障害の一因となる分子や細胞のメカニズムを理解しようと、幅広い研究をしている。 彼女はAsian Scientist Magazine誌 に対し、自身の研究やSTEMにおける女性について、そして心のゆとりを持つべき理由について話した。

感情の神経生物学の中であなたが興味を持って研究していることについて教えてください。

脳回路を理解することに興味があります。これは最終的に感情をかき立て、生成し、調節するものです。感情的な要素を持たないものはありません。しかし、脳の中の感情は、運動、感覚、学習、記憶ほどよく理解されていません。感情を動かす回路を分析し、研究が可能となればいいと思います。 また、つらかったものであれ、楽しかったものであれ、幼少期の経験や、感情状態を変えることができる抗不安薬などの薬剤によって、感情がどのように調整されるかについても知りたいと思っています。これらすべてが脳とどのように相互作用して行動を変えるのかを知りたいのです。

研究を進めているとき、または女性科学者として、どのような困難に直面しましたか?

私の夢をすべてサポートしてくれた両親の一人っ子であることは、非常に恵まれており、幸運だと考えています。夫、義理の両親、子供たちも非常に協力的でした。ですから、私は家庭の中で何の困難にも直面しませんでした。全くなかったのです。STEM 分野でキャリアを切り開くのはとても難しいので、(サポートの)重要性を十分理解しています。失敗は科学に固有の要素です。

部屋の中で私が唯一の女性であったことも一度だけではありませんでした。周りを見回してみるときに、本当に少数派であることに気づくのです。ですから、STEMはまだあらゆるレベルで、女性の数が妥当な状況ではないと思われます。 生物科学分野の場合、少なくともキャリアの初期段階では、女性と男性の数は同じです。しかし、各ステップで女性は脱落していき、キャリアを登るにつれて、女性の数はますます少なくなっていきます。子育て、家事、介護などといった責任を両立させる必要がある場合、サポートなしで科学のキャリアを昇っていくのは困難でしょう。そして多くの女性にはサポートはありません。つまり、女性には介護の負担が過分にかかっているため、数が非常に少ないことは驚くべきことではありません。

政府の政策により、多くの女性がSTEM分野に残るようになると思いますか?

政府は政策の面で、非常に大きな役割があると思います。インドでは、国家公務員に充実した産休制度がありますが、育児休暇制度はそれほど整っていません。ひとり親の場合は、さらに多くのサポートが必要です。 そのため、サポート制度が不可欠です。

政府には、資金を提供し支援する機関が、公平性が高く包括的な労働環境の整備に取り組めるようにするという大きな役割があります。しかし、必要なのは政策だけではありません。部屋を見渡し、多様性を確かめてください。多くの場合、機関は多様性が現れるのを待つのが基本ですが、公平性を促進する積極的な取り組みがない限り、多様性は現れません。

インドの科学研究コミュニティが栄えるにはどうしたらいいのでしょうか?

インドで科学研究を行いやすいものにするには、大幅な改善が必要です。いくつかの課題は、多くの小分野で完全なエコシステムがまだないという事実から生じています。

さらに、インドでは、科学は主に政府機関の領域でした。民間機関は力を合わせる必要があります。また、インドが技術大国になるためには、国内で知識を発生させる必要があることも理解すべきです。 知識の発生を促進するには、官民のパートナーシップをさらに強化する必要があります。 また、科学を取り組みやすいものにする必要もあります

研究で課題に直面していることはありますか?

は、セロトニン作動性幻覚薬を研究しています。これは、心的外傷後ストレス障害(PTSD)やうつ病など、治療抵抗性の精神障害に対する画期的な治療法として注目を集めています。多くの臨床試験が成功しており、世界中で活発な研究が行われています。

特定のセロトニン作動性幻覚薬を研究したいと思っています。これはスケジュールI区分の薬であり、インドへの輸入は困難です。特定の許可を取得するには、お役所仕事や官僚主義に対処する必要があります。結果として、いくつかのセロトニン作動性幻覚薬を扱えるようになりました。けれど他のセロトニン作動性幻覚薬については、関連するお役所仕事に対応できないため、扱うことはできません。インドはまだ規則を完全に整えていないため、国際競争では後れを取っています。

あなたは最近 インフォシス科学賞を受賞しました。 それはあなたの仕事にどのような影響を与えましたか?

賞が発表されると、科学者だけでなく研究テーマにもスポットライトが当てられます。 私の研究はメンタルヘルス関連の研究であるため、この分野の研究の重要性が強調されます。 多くの人々がこの分野で働き、研究規模が拡大されるようになるかもしれません。

今後の研究目標は何ですか?

チームは、セロトニン受容体について面白いことを発見しました。この受容体は、セロトニンが結合する重要な受容体の 1 つです。この受容体は2つの方法で重要な役割を担うことが分かっています。

第1に、幼少期の体験が長期的に脳に及ぼす影響を形成しているのです。経験、特につらい経験は、この特定の受容体を標的とし、その機能を変化させる性質を持つようです。ですから、私たちはこのことをさらに詳しく調べたいと考えています。

第2に、偶然にも、セロトニンが受容体を介して、特定のニューロンのミトコンドリアの数とエネルギー生産効率を直接変化させることを発見しました。セロトニン作動性幻覚薬も同じメカニズムを標的にしていることがわかりました。したがって、私たちが現在詳細に調査していることの1つは、セロトニンとセロトニン作動性幻覚薬が脳内の生体エネルギーに対し直接影響する作用なのです。

科学者にならなかったとしたら、何になっていたでしょうか?

おそらく物語作家です!

仕事をしないとき、何をしてリラックスしますか?

読書、旅行、スローボール、映画鑑賞、ダンス、ムンバイの新しい飲食店を探索するのが好きです。

アジアの研究者の卵にアドバイスをお願いします。

科学者や研究者であることは特権です。そのため、困難に直面したときは、常にそのことを心に留めておくことが重要です。失敗は、最もチャンスのある分岐点になることがあります。失敗を恐れなければ、新しい発見をするかもしれません。心のゆとりを持つようにしてください。

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