インドの新卒就職率が急減 - 名門校も競争の時代へ -

2024年6月26日 剱持 由起夫(JST インドリエゾンオフィサー)

2024年、インドの名門校であるインド工科大学(IIT)や国立工科大学(NIT)での新卒就職率が急減している。IITボンベイでは就職シーズンの終わりにおいても36%の学生が内定を確保できない状況にあり、複数の大手メディアでも取り上げられた。

2023年の就職状況

2023年のIITボンベイの就職状況を振り返ると、2174人の登録者のうち1845人が就職活動を行い、就職率は82%を達成している。この年の最高年収は3670万インドルピー(INR)、平均年収は218万INRだった。就職しなかった18%についても、求職数が足りなかったのではなく、条件が合わなかったため就職を避けたとされている。

好条件の求職が急減した2024年

2024年に入ると、コンピュータサイエンスのような人気分野でも求職数が減少した。IITボンベイと並び"伝統5校"に数えられているIITカンプールやIITデリーでも就職率は低下。一方で、IITグワハティやIITパトナーなどの一部の大学は、公共セクターの雇用増加や、比較的低い平均年収(IITパトナー/120万INR/2023年)を維持することで、就職先を確保している。

大学・学部間の格差拡大

内定率はすべての大学・学部で一様に低下しているわけではない。例えば、IITジャンムーは機械工学およびコンピュータサイエンスで高い就職率を維持。また、第3世代IITの中でもIITパラカッドは一定の就職率を維持している。

一方、NITでは、土木工学の就職率が苦戦しているのに対し、化学工学は比較的安定している。ヘルスセクター以外の単科大学では、インド情報技術大学(IIIT)プネーのコンピュータサイエンス学部の就職率が他大学と比較して極端に低いなど、厳しい状況が目立つ。

学部別の就職率および平均年収
  機械工学 コンピュータサイエンス 電子工学 土木工学 化学工学
IITビライ 38%(96万INR) 52%(150万INR) 18%(123万INR) - -
IITハイデラバード 44%(220万INR) 76%(303万INR) 78%(261万INR) 41%(204万INR) 68%(215万INR)
IITジャンムー 71%(142万INR) 93%(195万INR) 31%(149万INR) 40%(136万INR) 44%(138万INR)
IITパラカッド 63%(116万INR) 64%(189万INR) 40%(188万INR) 42%(89万INR) -
NITドゥルガプル 70%(96万INR) 65%(83万INR) 75%(107万INR) 54%(83万INR) 74%(73万INR)
NITパトナー 82%(75万INR) 66%(113万INR) 65%(76万INR) - -
NITライプール 78%(99万INR) 76%(146万INR) 62%(101万INR) 30%(89万INR) 74%(98万INR)
NITウッタラーカンド 47%(94万INR) 61%(134万INR) 55%(77万INR) 27%(74万INR) -
IIITプネー - 25%(133万INR) - - -

好条件の就職先を確保する戦略

IITデリーの東教授によると、名門校の学生はより良い条件を求めて低い条件での妥協を避ける傾向にある。例えばIITデリーでは、短期間のインターンシップを通じて実務スキルを磨き、その後より良い条件で就職する戦略が一般的である。

その他の選択肢として、高等教育の継続とスタートアップへの参加があるが、インドのスタートアップ投資は2023年に「冬の時代」に入り、投資件数はコロナ禍前の毎年1500件以上から900件以下に、レイター期は80%以上も減少し、受け皿となっていない。

また、IITボンベイの博士課程で電子工学を専攻しているラウールさんは、チャンスを人よりも先に捕まえようとするのがインド人のメンタリティなので、数少ない就職先にアンテナを張ることを優先し、大学院への進学は増えないと予想している。

ただ、高等教育の継続は必ずしも大学院への進学を意味しない。IITパトナーは、全国技能開発公社(NSDC)と提携し、就職率向上に向けた5つの技能コースを2024年からスタートさせた。就職率の低下に対するIITの危機感を如実に表した動きである。

限られた職の奪い合い

インターンシップや技能コースで能力を磨いても、求人数が増えなければ、翌年も新卒者の就職は厳しさが続く。入学定員が増えないまま浪人生の学力が向上すると現役生の合格率が低下する、受験の状況に例えると理解しやすい。

インドには各州のカレッジを中心に5万8000以上の高等教育機関があり、その数は2000年から4.5倍に増加している。国際労働機関(ILO)の「インド雇用報告書2024」によると、教育政策と雇用現場のギャップが指摘されており、高等教育を受けても就職市場の要求に合致するのは48.7%に過ぎなかった。このギャップが解消されないまま高等教育の卒業者が増えた結果、適切な就職市場が飽和し、IITやNITの就職率の急減として顕在化したと解釈できる。

競争の時代が始まった

就職率の急減はマクロ的な指標であり、すべてのIITやMITで新卒者が一様に求職に困っているわけではない。実際、コンピュータサイエンスなど特定分野に強みのある大学は、高収入で高い就職率を維持している。他方、IITジャンムーとIITハイデラバードを比較すると、機械工学とコンピュータサイエンスは前者が、電子工学と化学工学では後者の就職率が高いことが示すとおり、各大学、各分野で差が広がったのが2024年の特徴である。強みのある学部を伸ばすのか、あるいは学生の就職支援策を充実させるのか、名門校であっても戦略が問われる競争の時代が始まった。

上へ戻る