2024年11月7日 藤原孝男(JSTアジア・太平洋総合研究センター 特任フェロー)
2022年の日本の名目GDP 4.23兆ドル1に対して、2024年10月の時価総額がNVIDIA 3.31兆ドル、Apple 3.31兆ドル2、2024年6月のSpace Xは株式未公開ながら2,100億ドル3である。アメリカ経済にとってシリコンバレー発のディープテック企業の貢献は大きく、高度人材を送り出す人口世界1位のインドをはじめ、世界的に基礎研究成果を社会実装したスタートアップを育成するインキュベーターが注目されている。ここでは、アメリカのプライベートエクイティ(Private Equity)が最近、経済成長・若年人口層の厚さで投資先として注目するインドでの主要な国立生命系インキュベーターとしてC-CAMPに注目する。
C-CAMP(Centre for Cellular And Molecular Platforms:細胞分子プラットフォームセンター)はバイオテクノロジー庁傘下で2009年にベンガルールに設立の生命科学の研究・創業支援のハブである4。
主な政府機関としては、BIRAC(Biotechnology Industry Research Assistance Council:バイオテクノロジー産業研究支援協議会)やNITI Aayog (National Institution for Transforming India Aayog:国立インド変革委員会)のAIM(Atal Innovation Mission:強靭革新ミッション)から支援を受け、日本のベンチャーキャピタル(VC)Beyond Next Venturesとも連携している。
CEOのタスリマリフ・サイード博士(Dr. Taslimarif Saiyed)はマックスプランク脳研究所(Max-Planck Institute for Brain Research)で学位を取得後、UCSF(University of California San Francisco)でポスドクを経験し、QB35ともMoUを締結している。C-CAMPの主要な目的としては、基礎研究から概念証明による卒業までのシード資金の提供、創業支援、メンターシップに加えて、卒業後はエンジェル・VC・金融機関ローンの仲介をも行っている。
主な施策は以下の通り。
これらの他に、老年病対策、農業革新、コロナ対策なども展開している。
インキュベーター内部に40社が入居し、外部の活動を含めると400社の支援をしている。入居企業では、大学発約20%、製薬大企業スピンオフ約70%、専門組織等発が残り10%の割合で、大学発よりも大企業研究所・専門職の出身の方がニーズを理解し事業化には適しているようである。センターの主な直接的成果として、論文250編以上、ライセンス技術10件以上、被訓練者数2,000人以上である。また、創業支援した資金$12M以上、スタートアップ申請特許数230件以上、生命科学・医療系製品数85件以上、スタートアップ雇用創出1,000人以上、IPO以降の増資企業数90社以上、増資資金額$470M以上、累計の企業価値は$1.2B以上となっている。
左:タスリマリフ・サイード博士(Dr. Taslimarif Saiyed, CEO)
2024年1月16日(火) C-CAMPにて
インド「薬剤耐性」イノベーション・ハブ(India AMR--Antimicrobial Resistance--Innovation Hub:IAIH)プログラムは政府の首席科学顧問を委員長とするC-CAMP内の顧問委員会によって推進されている。C-CAMPは2018年以降、北米・欧州以外では初となる著名なCARB-X(Combating Antibiotic-Resistant Bacteria Biopharmaceutical Accelerator) 6 Global Accelerator Networkのメンバーに認定されている。IAIHでは現在、次のような予防・診断薬・治療薬の分野で技術開発中のスタートアップ支援をしている。
Dr. Anand Anankumar(CEO)、Dr. Santanu Datta(元CSO・現Mentor)、Dr. V Balasubramanian(COO)のチームが薬剤耐性の世界的課題を解決するため、2014年1月に創業した7。首脳陣はそれ以前にCellworksを創業し、VCに売却している。
IP管理のために米国に本社を置き、インドで免疫・癌の両方の治療薬の研究開発を行なっており、タンパク質のX線結晶構造で治療薬を同定し、インド・アメリカ・オーストラリアで臨床試験を行っている。現在、 C-CAMP内の研究室内には30名の研究員が働いており、多くが国内外で学位を取得している。CARB-Xからこれまでに$10Mを超える助成金を支援されている。
薬剤耐性薬と新規抗癌剤の開発ポートフォリオを有し、主要候補物質に関するIND(治験薬)申請の準備をしている。薬剤耐性薬では新規のグラム陽性・陰性のいずれの細菌にも作用可能な新規抗菌薬を発見している。また、抗癌剤の開発では、アデノシンが免疫抑制および腫瘍促進環境を作り出す低酸素腫瘍に対抗する、手頃な価格の差別化された低分子治療薬の発見に焦点を当てている。パイプラインとしては、薬剤耐性薬では2化合物の内、1件目は臨床試験第I相、2件目はリード化合物最適化の段階で、抗癌剤では8化合物の内、1件目はリード化合物最適化の段階で、残り7件はリード化合物創出の段階にある。
東京大学VCのUTECが投資し8、旧東京工業大学(現東京科学大学)の村上聡教授によるX線結晶構造解析で共同研究を実施している。日本の製薬企業を含め新薬候補の導出先を探している。
右:サンタヌ・ダッタ博士(Dr. Santanu Datta, Co-founder and 元CSO・現Mentor)
左:バラスブラマニアン博士(Dr. Bala Subramanian, Co-Founder & COO)
2024年1月17日(水) Bugworksにて
(画像はすべて筆者提供)
ベンガルールはWhitefieldの工業団地におけるシリコンバレー向けのモジュール型ソフトウエアの開発で産業発展してきたが、ポストIT産業としてバイオスタートアップ育成にも注力している。C-CAMPは薬剤耐性菌向けの治療薬開発を中心に生命系スタートアップの創業支援を行うインキュベーターで、CARB-Xアクセレレーターに認定されている。CEOはQB3やサンフランシスコのミッションベイにあるUCSF医療センターでの世界最先端の研究・創業支援状況を理解し、インドでの展開を図っている。BugworksもCARB-X助成金を取得し、首脳陣はアメリカで学位を取得し、カリフォルニア州サラトガに本社を置いている。
C-CAMPのCEOは絶えず携帯で呼び出され、BugworksのCEOもインド・アメリカ間の頻繁な移動で、両者とも多忙を極めるが、各首脳陣の性格・見識を反映してか、どちらの組織も風通しの良い雰囲気で、研究者の表情も明るいのが印象的であった。