インド科学技術省は5月24日、事故の大幅な減少をもたらす目的で道路上のリスクを予測し特定する人工知能(AI)と、ドライバーへタイムリーに警告を伝える衝突警告システムを利用し、交通安全を図るAI施策がナグプール市(マハラシュトラ州)で始まったことを発表した。
このプロジェクトは、「工学技術による道路安全のインテリジェントソリューション」(Intelligent Solutions for Road Safety through Technology and Engineering:iRASTE)という名称で、先進運転支援システムを利用し、自動車の運転中に事故を引き起こす可能性のあるシナリオを特定し、ドライバーに警告を発するものだ。また、道路網全体の動的リスクを継続的に監視することで、データ解析とモビリティ解析によって「グレースポット」(放置すると死亡事故が発生しかねない道路上の個所)を特定する。道路の継続的なモニタリングで、既存の道路の危険個所(ブラックスポット)を修理、修復する工学ソリューションを生み出し道路インフラを総合的に改善することを目指している。
iRASTEプロジェクトは、インド情報工学大学(Indian Institute of Information and Technology: IIIT)ハイデラバード校が持つI-Hub Foundation(IHF)(*1)が、INAI(*2)と共同で実施している。インド科学産業研究評議会(CSIR)傘下の中央道路研究所(Central Road Research Institute: CRRI)、ナグプール市当局、マヒンドラ社とインテル社も参加している。iRASTEは、AIとテクノロジーを応用してインドの現状に合わせた実用的なソリューションを生み出す施策で、現在、テランガナ州政府とは、高速道路を走るバスの車両に採用する話が進んでいる。他の都市でも実施される予定。
IHFは、機械学習、コンピューター・ビジョン、コンピューター・センシングなど、モビリティ分野におけるその他のデータ連動型技術も活用しており、その成果として、「インド運転データセット」(India Driving Dataset:IDD)(*3)がある。それは、先進国では一般的な道路インフラの状況(車線の存在、車両に限定された道路利用、路上の物体や背景、外観などの変化が少なく、交通ルールは順守されるなど)とは大きく異なるインド特有の道路状況を理解するためのデータセットである。
また、「道路車線ネット」(LaneRoadNet:LRNet)は、深層学習を用いて車線と道路のパラメータ持つ統合的メカニズムのフレームワークで、複数の障害物、閉塞した車線標識、壊れた仕切り、亀裂、くぼみなどが多く、大きな運転リスクがあるインドの道路状況に対処するものだ。同フレームワークでは、モジュール式のスコアリング関数を用いて道路品質スコアを算出し、最終的なスコアは、当局が道路の品質を評価し、運転しやすさを向上させるために、道路のメンテナンス・スケジュールに優先順位をつけるために利用される。
さらに、街路樹の枯渇を防ぐために、オブジェクト検出器とマッチングカウント方式を用いた街路樹検出・カウント・可視化フレームワークも開発された。これにより、街路樹の枯渇を迅速かつ正確に、そして安価に認識することができる。
ちなみに、科学技術振興機構(JST)は国際協力機構(JICA)と連携して、地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)で「交通解析によるマルチモーダルシフトの確立と低炭素社会の実現」(*4)というテーマの共同研究を2016年から支援してきた。インドでは、著しい経済発展にともなる交通量増大による環境破壊や死亡事故のネガティブインパクトが社会的課題となっている。そこで、最新のセンシング技術の活用によるビッグデータ解析を駆使することで都市交通の把握を目指すもので、携帯端末を活用した公共交通を含む交通手段のマルチモーダル化(複数の交通手段の連携)へのシステム構築につながる低炭素スマートモビリティの実現を目指すものである。
(*1)I-Hub Foundation(IHF): 科学技術省(DST)の学際的サイバー物理システム国家ミッション(NM-ICPS)の支援を受けてデータバンクとデータサービスという技術分野で設立した技術革新ハブ(Technology Innovation Hub: TIH)。
(*2)INAI: 基礎研究と応用・社会実装研究を組み合わせて、インドの状況における人口規模の問題にAIを活用するインテル社とテランガナ州政府の共同事業。IIITハイデラバード校に設置されており、に複数の関連機関を結集している。(https://inai.iiit.ac.in/about-us.html)
(*3)India Driving Dataset(IDD): ハイデラバード、バンガロールを走る車載カメラで撮影された182運転シークエンス画像から34のクラスで細かくアノテーション(特定のデータに情報タグを付加すること)された1万枚の画像で構成される画期的なデータセット。このデータセットは公開されており、インド道路シーン解析のデファクト・データセットとなりつつある。
(*4)SATREPS「交通解析によるマルチモーダルシフトの確立と低炭素社会の実現」:( https://vdocuments.in/29-jst-29-180531.html?page=1)
サイエンスポータルアジアパシフィック編集部