インド科学技術省は、高い安定性と相補型金属酸化物半導体 (Complementary Metal Oxide Semiconductor: CMOS) と互換性を持つ半導体材料である窒化スカンジウム(Scandium Nitride: ScN) を使って、人間の脳のように機能するコンピューティングを開発したと発表した。1月25日付け。
インド科学技術庁(DST)傘下の独立研究機関でベンガルール市にあるジャワハルラールネルー先端科学研究センター (Jawaharlal Nehru Centre for Advanced Scientific Research: JNCASR) は、窒化物ベースの材料の開発に取り組んでおり、その経験と成果をベースにして、ニューロモルフィック・コンピューティング用のハードウェアを開発している。そして今回、ScNを使って、信号伝達を制御し、信号を記憶するシナプスを模倣するデバイスを開発したというものだ。
ニューロモルフィック(neuromorphic:神経模倣的)なハードウェアの開発は、刺激によって生成された信号を監視および記憶する生物のシナプスを模倣することを目的としており、RC(Resistance/Capacitance)遅延の影響を受けず、広い帯域幅を示し、低エネルギーで動作し、安定性、スケーラビリティや、CMOS互換性のある人工シナプスデバイスの作成が試行されている。
この研究では、短期記憶、長期記憶、短期記憶から長期記憶への移行、学習-忘却、周波数選択性、光フィルタリング、周波数依存性の増強と抑制、Hebbian学習(ヘブ則)、および論理ゲート操作などのシナプス機能の模倣を可能とするScN薄膜を備えた人工光電子シナプス(artificial optoelectronic synapse)を開発した。
さらに、様々なマグネシウム (Mg)ドーパント濃度を使用すると、興奮性 (電流/シナプス強度の増加) と抑制性 (電流/シナプス強度の減少) の両方の動作を、他の材料では容易に実現できない同じ材料での実現を可能とした。シナプスの興奮性および抑制性の性質として、ScNの抵抗率の増加 (負の光伝導性) および Mgを含んだScNの抵抗率減少 (正の光伝導性) がそれぞれ使用された。光を消した後の光伝導の持続性は、刺激の性質にも依るが、数分から数日間持続する記憶として機能するとしている。
この研究は、CMOSチップと互換性のあるIII族窒化物半導体を用いたオプトエレクトロニクス・シナプスとしては最初のもので、比較的低いエネルギーコストで、安定したCMOS互換の光電子シナプス機能のための新材料となり商品化の可能性も高いという。
従来のコンピューターでは、メモリー・ストレージと処理ユニットが物理的に分離されており、その為、これらのユニット間でデータを転送するには、膨大なエネルギーと時間が必用であった。一方で、人間の脳は、プロセッサーとメモリー・ストレージユニットの両方の役割を果たすシナプス (2つのニューロン間の接続) の存在により、より小型で効率的な最高の生物学的コンピューターと言える。人工知能(AI)の活用が必須の現代においては、脳のようなコンピューティングの方法は、日々高まる計算能力へのニーズを満たすことができると考えられている。
ScNは、光電子シナプスを実証するために使われる既存の材料と比較して、より安定性が高く、CMOSとの互換性を有し、かつ、既存のSi技術とシームレスに統合が可能で、興奮性機能と抑制性機能の両方のプラットフォームとして機能する。ScNの産業処理技術は、既存の半導体製造のインフラストラクチャと似ており、光刺激への応答には、電子回路よりも高速で帯域幅が広いことで知られる光回路との統合が可能になるという利点もある。
JNCASRの他に、豪シドニー大学の研究者もこの研究に参加しており、その成果は科学雑誌 Advanced Electronic Materials に掲載された。
サイエンスポータルアジアパシフィック編集部