2023年05月
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量子材料の熱電性能を向上へ、メタバレント結合でクリーンエネルギー開発 インド

熱電材料の性能は、電気抵抗率、ゼーベック係数、および zTと呼ばれる熱伝導率に関連する無次元の指標に基づいて評価され、zTが高いほど効率が高くなる。その一方で、導電率、熱伝導率、ゼーベック係数(※1)など、zTを構成する材料定数間の相互依存関係が相反するため、zTを大きくすることは非常に困難であり、この指標を最適化することがとても重要となっている。そのためには、金属のような電導性、ガラスのような熱伝導性、さらには半導体のようなゼーベック係数を示す魔法のような特性を持つ材料が必要となる。

2023年5月3日、インド科学技術庁 (DST)傘下の研究機関であるジャワハラルネルー先端科学研究センター(Jawaharlal Nehru Centre for Advanced Scientific Research: JNCASR)では、このような特性を持つ材料開発のために固体の化学結合に注目し、これまでに報告されたzTの最高値を達成したと発表した。

zTを改善するには、金属に存在する結合(高導電性)と、ガラスに見られる結合 (低熱伝導性)の両方の特性を持つ化学結合に加えて、電子の局在化 (共有結合)と非局在化(金属性)の間での微調整が必用となるが、このような結合の相乗効果は、メタバレント結合(Metavalent Bonding)と呼ばれる独特なタイプの結合を持つ材料に見られる。しかし、メタバレント結合は、結合原子間で共有される2e-未満の多中心のソフト結合であり、それは化学における古典的なオクテット則(※2)に逆らうものである。そこで、「もし結合/特性が分かれば、それらを示す化合物を予測できるのではないか」という、逆の発想に行き着いたという。

研究者は、優れた電気特性を持つ材料を探求した結果、導電性の表面状態と絶縁体のバルク状態を持つ珍しい化合物ファミリーであるトポロジカル絶縁体などの量子材料であるタリウム・ビスマス・セレナイド(TlBiSe2)を調査対象に選んだ。その理由のひとつは、金属結合によって媒介される二重孤立電子対による局所的な歪みにより、材料が格子剪断を示したことである。JNCASRは、DSTシンクロトロン支援プログラムの支援を受けて、ドイツのDESYにあるPetra-IIIで行われたシンクロトロンX線対分布関数実験によって局所歪みを解析した。そして、他の研究者との連携で、TlBiSe2が実際にメタバレント結合を示すことを確認したものだ。

このTlBiSe2の歪んだ構造は、歪んでいない構造のエネルギーに非常に近いエネルギーを持ち、化合物は室温でさまざまなエネルギー的にアクセス可能な配置間を簡単に行き来できる。このように、TlBiSe2は、基底状態の縮退マニホールドを持ち、低い熱伝導率を実現するために基礎となるメタバレント結合によって利用される格子剪断を介して、フォノン (固体内で熱を運ぶ準粒子) を本質的に散乱させる根本的に新しい材料となる。その化学結合誘導を検証すると、TlBiSe2は約0.8のzT値を示した。これは、n型タリウムカルコゲン化物(thallium chalcogenide)の中では、これまでに報告された最高値である。

メタバレント結合は、量子材料の熱電性能を調整し、廃熱を効率的に電気に変換するために使うことが可能であり、廃熱で発電することは、グリーンエネルギー生産の有望な選択肢のひとつとなる。この研究成果は、Journal of American Chemical Society (JACS)に掲載された。

  • (※1)ゼーベック係数:半導体や金属に温度差ΔTを与えると、温度差に比例した電圧ΔVが発生する現象がゼーベック効果。発生した電圧が熱起電力で、比例係数S =ΔV/ΔTがゼーベック係数。
  • (※2)オクテット則(Octet Rule):原子の最外殻電子数が8個あると化合物やイオンが安定に存在するという経験則。

(出典:PIB)

サイエンスポータルアジアパシフィック編集部

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