災害や環境の観測で貢献...韓国における合成開口レーダー(SAR)衛星の開発と活用

2022年03月03日

洪 祥勳(Hong Sang-Hoon)

洪 祥勳(Hong Sang-Hoon):
韓国・ 釜山大学校 地質環境科学科 准教授

<略歴>

韓国・延世大学校卒業、同大学院博士課程修了。米国マイアミ大学、フロリダ国立大学でポスドク研究員を勤めたのち、韓国極地研究所主任研究員、韓国航空宇宙研究院衛星情報研究センター上席研究員を歴任。

航空宇宙工学とリモートセンシング学の技術発展に支えられ、現在、数百基以上の地球を観測する衛星が地球の軌道を回り、私たちが暮らす美しくて青い惑星の様々な情報を持続的に収集している。様々な種類の地球観測衛星の中で唯一、合成開口レーダー(Synthetic Aperture Radar:SAR)衛星は、雨、雪、雲などの気象条件、日照量など、昼夜関係なく地球全体の高解像度の映像を提供することができる。最近、打ち上げられ、または開発中の合成開口レーダー衛星の数は、過去に比べて急増し、合成開口レーダー観測の黄金時代に入ったと評価されている。

合成開口レーダー(SAR)は、マイクロ波帯域の周波数を使用し、衛星アンテナから送信された信号が地球の表面に散乱して戻ってきた信号を受信し、映像を取得する。光学衛星画像とは異なり、地表面で散乱した信号は、反射強度(amplitude)情報に加え、衛星から地表面までの距離を示す位相(phase)情報を含んでいるため、地表面の高度情報を抽出するか、地震、火山、地盤沈下、土砂崩れなどにより発生する地表の変位を数mm~数cmの精度で推定することができる。また、衛星アンテナの電磁放射線の電磁的操向の変更により、映像観測の領域や解像度を調節できるため、ユーザーが活用したい分野に合わせて映像の特徴を選択的に取得できるというメリットがある。 光学センサーとは異なる電磁波の反射や透過特性、地形の構造、地表面の粗さなど、物理的な散乱特性を提供することで、地表面に関するより幅広い解析、活用に役立つこともあるが、情報の解析は多少難解である。SAR衛星は、他の衛星に比べて相対的に重量が重く、開発コスト、時間もかかるというのが短所といえる。しかし、近年の衛星産業の発展により、様々なSAR衛星の開発が進められており、遠からず数十基の編隊飛行衛星も運用されるものと期待される。

韓国の合成開口レーダー(SAR)衛星(多目的実用衛星5号・6号)の運用状況

韓国初のSAR衛星である多目的実用衛星(Korea Multi-Purpose Satellite、KOMPSAT)5号は、2013年8月22日に打ち上げられ、現在も任務を遂行している。多目的実用衛星5号の波長帯域は、X-バンドであり、0.85m、1m、2.5m、20m、4つの空間解像度映像を提供し、各解像度によって2.7km、3km、30km、100kmの観測領域能力が提供される。主な任務は、GOLDENミッションと定義されるGIS構築(GIS)、海洋監視(Ocean)、陸上観測(Land)、災害監視(Disaster)、環境監視(Environment)分野で多様かつ迅速な映像観測を行っており、衛星の再訪問周期は28日である。この他にも、国土計画、都市管理、水資源観測、農作物観測、海洋事故および船舶監視、林業管理、地図製作、地質資源分野など様々なところで活発に活用されている。

多目的実用衛星5号 (出所:韓国航空宇宙研究院、Korea Aerospace Research Institute)

多目的実用衛星5号の後続任務を遂行することになる多目的実用衛星6号は、XバンドSAR衛星であり、2022年の打ち上げを目標に開発されている。多目的実用衛星6号は、全ての開発過程を韓国独自の技術開発で行っており、サブメーターの超高解像度空間解像度映像を提供できるように開発されている。多目的実用衛星5号とは異なり、多重偏光モード(full polarization)で観測できるように設計されており、従来の衛星に比べて測位精度、放射精度、精密位相干渉技法の適用など、より精密かつ多様な衛星活用を最大化できるように設計されている。また、別のSAR衛星である次世代中型衛星5号は、2025年の打ち上げを目標に開発されており、水資源監視専用衛星として水資源災害の監視、干ばつ監視の活用を目指して開発されている。

韓国の合成開口レーダー(SAR)衛星の活用分野

韓国は、気象条件に関係なく地表面を観測できるという長所を利用し、主に洪水災害の観測に関心を持っている。洪水の前後に観測された映像を精査し、洪水による被害面積の算定や復旧地域の選定などに活用することができる。海面でのマイクロ波の電磁気波の全反射の特性を利用すれば、船舶監視や油流出の監視に有効に活用できる。違法漁業活動船舶や遭難した船舶の迅速な位置の探知、生態系を破壊する原油流出に迅速に対応し、被害規模を算定することが非常に容易である。2016年と2017年に、比較的、地震の安全地帯とされてきた韓国において、これまで経験したことのない震度5以上の強震が発生した。断層に沿って地表面が動く地震は、震源の位置、地震の強度や地質の特性などによって、地表面の変位量が大きく変わる。SARの位相情報を利用すれば、地表面が発生した地域に対して非常に精密に、その変位量を計算することができ、被害地域を算定し、断層の特性を把握することが非常に容易である。

また、今後発生し得る地震を持続的に観測し、災害監視活動を行っている。中国と北朝鮮の境界に位置する白頭山は、韓国と周辺国に大きな影響を与え得る大規模な火山体の一つであり、噴火の可能性について研究を続けている。地震と同様に位相干渉技法を適用し、周期的な地表変位の可能性を調査している。多くの人々が住んでいる都市では、既存の岩盤上に建物を建てて生活が営まれており、生活に必要な用水を得るために地下水を採取している。この過程において、必然的に建物の荷重がその地質に影響を及ぼし、圧密するという地盤沈下が発生するが、深刻な場合には、建物の崩壊やシンクホールなどが発生することもある。

韓国では、SARの時系列位相干渉技法を適用することにより、地表面の地盤沈下を持続的に観測しており、様々な人工構造物の建築地域に対して地盤沈下の研究を行っている。また、都市と都市を結ぶ道路は、現代社会にとって非常に重要な社会的インフラの一つである。道路を建設するためには、必然的に山を切り開かなければならない過程が必要であるが、このときに斜面構造が生成される。この他にも、多くの都市の建物が自然界に存在する山を削って造成されるが、その際にも斜面構造が生成され、土砂崩れの危険性が増すこととなる。

SARによる周期的な観測は、土砂崩れの予想発生地域の微細な地表変位の把握に有用に活用され、複数の関係機関で、このような研究事業を持続的に行っている。しかし、土砂崩れの場合、小規模地域で局地的に発生する場合が多いので、地上レーダーまたは航空機レーダーを利用することもある。また、極地は太陽の日照時間が少なく、光学衛星映像の持続的な観測が多少制限的である。極軌道を飛行するSAR衛星は、極地域における観測頻度が高いだけでなく、日照量の影響を受けないため、極地の氷河や解氷の観測が非常に容易である。韓国では、極地研究のために様々なSAR衛星を活用しており、地球温暖化による気候変動の研究も応用研究を行っている。この他にも、海洋の海上風、潮間帯の干潟地形の特性、農業の作況分析、山林管理など様々な活用分野に適用し、関連研究と調査事業を行っている。

合成開口レーダー(SAR)衛星の活用のビジョン

序文で述べたように、現在は、SAR衛星の黄金時代に突入している。世界各国で様々な観測能力を持つ衛星が競って開発され、地球観測を行おうとしているのがその証拠であろう。貴重な地球の自然環境を効率的に管理、維持する地球観測の目的は、いずれの国も同様であると判断され、様々な能力を持つSAR衛星を統合して活用すれば、より効率的な地球観測の研究が可能と考えられる。日本、韓国を含む国々において、技術競争を通じて開発されたレーダーを共有することにより、このような活用研究が、より暮らしやすい地球づくりに寄与することを願う。

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