2022年09月16日 アジア・太平洋総合研究センターフェロー 松田侑奈
先日、尹錫悦政権の科学技術に関わる国政課題を配信したが、8月31日に、尹政権の2023年度のR&D予算が公開された。初の30兆ウォン突破を実現。そのうち科学技術情報通信部の予算は18.8兆ウォンと、昨年の18.4兆ウォンに比べ2.3%増加した。
未来イノベーション技術の先占:2兆2,160億ウォン | 人材育成と基礎研究:7兆7,813億ウォン | デジタルイノベーションの全面推進:1兆8,993億ウォン | すべての人が幸せになる技術拡散:6兆6,773億ウォン |
《内 訳》 | |||
主力技術で格差を作る:8,161億ウォン | 人材育成の体系を作る:1兆4,347億ウォン | デジタルプラットフォーム政府:285億ウォン | デジタルに弱い人々を支援:1,366億ウォン |
最先端技術の民官共同開発:7,854億ウォン | 研究者中心の基礎研究:5兆8,737億ウォン | デジタル新技術の開発:5,527億ウォン | 研究開発成果の拡散:6,743億ウォン |
宇宙経済時代に進入:4,918億ウォン | デジタル人材育成:3,654億ウォン | デジタル新産業の育成:1兆332億ウォン | カーボンニュートラルの加速化:1,630億ウォン |
未来型のモビリティ:1,173億ウォン | 国際技術協力の強化:1,075億ウォン | デジタルメディアコンテンツ:2,795億ウォン | 郵便局の充実したサービス:5兆6,999億ウォン |
他国との格差を広げることを目指している主力技術には、半導体、二次電池、次世代原発、水素、5G・6G技術が含まれ、最先端技術には、宇宙・航空、量子、バイオ、AIとロボット、サイバーセキュリティー分野での技術が含まれる。
国政課題とR&D予算の増加から、科学技術への期待が集まる中、科学技術情報通信部は、如何なる戦略を立てているのか。
科学技術情報通信部は、まず「民官協力を基盤に、国家イノベーション体制を新たに構築し、先導型技術イノベーションとデジタル拡散で国家と社会に貢献する」ことを、政策先般を貫く方針として定め、その方針を支える5つのイノベーション課題を公開した。
国家が戦略技術(トップダウン型)を選定し、技術強化の目標を達成するため、省庁を跨ぐ事業に対し、統合型R&D予算配分・調整システムを導入し、予算の使用を柔軟にする。そして、事業の実施については、民間が主導できるよう、民官協議体(民官協同運営体制)を作り、長官と企業のCEOが共同で運営する仕組みを導入する。ここで実際のプロジェクトの設計は、民間の専門家(PM)が担当する。また、環境の変化に対応できるよう、R&D予備妥当性調査制度を改善する。予備妥当性調査とは、国家予算が投入される事業の妥当性を事前に検証することで、予算の浪費と事業のリスクを軽減するため1999年から導入された制度である。
ビフォー | アフター | |
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対象 | 事業費500億ウォン以上 | 事業費1,000億ウォン以上 |
期間 | 一律9~11か月 | 3,000ウォン以下は6ヶ月以内 |
内容 | 予備妥当性調査合格後は修正不可 | 急な環境の変化がある際(コロナ、輸出規制等)は、予備妥当性調査合格後でも計画変更可能 |
特に、政府の力だけでは限界のある量子、バイオ、6Gなどの分野では、民官協力を通じて、技術のボトルネックを突破し、グローバル競争力を確保する。また、強みと言われる半導体、小規模原発、デジタル新産業のおける技術は、最短期間で市場進出を実現できるよう、全力でサポートする。そして、従来国家が主導してきた宇宙、衛星などに関わる宇宙技術は、民間企業の主導に変換し、設計から製作、発射に至るまでの全プロセスを民間で完結できるようにする。
実務人材は、民間のニーズにすぐ応えることがポイントであり、既にKAIST等では1年間の速成学位プロジェクトを2022年9月より導入している。また、大学が企業と連携し、企業が自ら教育カリキュラムに関わり、卒業後は企業で勤務する、企業契約型の実務人材育成プロジェクトも始動している。
研究人材の育成では、従来のポスドク支援事業や基礎研究人材育成プロジェクトに加え、優秀なポスドクの海外研究支援、超長期支援プロジェクトなど差別化したプロジェクトを運営する予定である。
チャレンジ性の高いR&Dプロジェクト、データ連携・活用を通じ、世界最高レベルのAI技術を確保して、産業及び社会全領域でAIの融合を実現する。
また、メタバース、OTT、プラットフォームなどの新産業分野の市場進出を支援し、若手の創業、優秀なデジタル企業の成長を支援する。企業のデジタル転換は、バウチャーで支援し、地域に特化した産業と企業を連携して地域のデジタルイノベーションを推進する。
スマホの使用にあたり、シニア専用料金制、若手へのギガ増加などを通じ、すべての人が使用しやすい料金プランを更に強化する。また、全国のパブリックスペースでWIFIを普及し、農村地域でも安定したネットワークが使えるよう、超高速ネットワークを更に広げる。
プラットフォームを活用して小企業の販売を促進し、教育でもプラットフォームで、すべての人が教育を受けられるようにする。
また、健康、安全、環境といった日常生活の中にデジタルを取り組むことで、デジタル社会への転換を実感できるよう改革を進める。そして、郵便局の諸サービスを更に拡大し、郵便局を生活密着型のサービス機関に変換する。
解説:国政課題やR&D予算、そして科学技術情報通信部の課題から、尹政権のキーワードは以下のようにまとめられる。①選択と集中、②民官協力、③デジタル化の全面推進、④予算の統合、柔軟な使い道。
尹政権は、上述した主力技術と最先端技術にフォーカスをあて、選択と集中戦略での投資を強化している。これは、予算の増加率からも伺えるが、前年度に比べ、半導体は8.5%、二次電池は31.1%、次世代原発は50.5%、宇宙は13.2%、量子は36.3%、AIとロボットは11.7%、サイバーセキュリティーは8.9%予算が増加した。
また、民官協力を今まで以上に強調し、民間企業の力の引き出しに注力している。尹政権は、最高税率25%だった文在寅政権の法人税を22%に引き下げた。最高税率に該当する企業は、売上高3,000億ウォン以上の企業で、韓国では、サムソン電子など上位0.01%に該当する103の企業が対象となる。すなわち、大手企業にとって有利な改革である。実際、文在寅政権では、中小企業を育成するため、中小・ベンチャー企業への支援を大幅に強化してきたが、その成果は微々であり、依然として、多くの研究開発の成果は大手企業が生み出されている。尹政権では、中小企業への支援を強化しつつ、大企業のポテンシャルを最大限に引き出すことを目指している。尹政権の立場としては、企業が活躍しやすい社会こそが、経済の活性化、雇用拡大や安定に繋がる近道であるということ。
ビフォー | アフター | |
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2億ウォン未満 | 10% | 10% |
2~5億ウォン | 20% | 10% |
5~200億ウォン | 20% | 20% |
200~3000億ウォン | 22% | 22% |
3000憶ウォン以上 | 25% | 22% |
選択と集中戦略で方向性が明確になり、企業が活躍しやすい環境に変わった韓国で、世界を驚かせる技術イノベーションは実現になるのか。これからの韓国の動きが注目に値する。