2022年11月14日 アジア・太平洋総合研究センターフェロー 松田侑奈
本コラムでは、複数回の配信を通じて、韓国政府が第4次産業革命時代におけるグローバル競争で勝ち抜くため、立ててきた戦略を紹介し、韓国の現段階では科学技術力を提示することを目的としている。
世界経済フォーラムの年次総会で第4次産業革命が議題化された2016年頃から今日に至るまで、第4次産業革命は韓国科学技術における重要なキーワードである。
その根拠としては、2017年10月、文在寅政権は大統領直属の第4次産業革命委員会を設置して、第4次産業革命への対応を進めてきた。2022年3月政権交代の際も「第4次産業革命時代を先導するための次期政権の課題」を制定し、第4次産業革命時代を勝ち抜くために解決すべき課題について触れた。更には、政権交代後の尹錫悦政権は国政課題で、第4次産業革命時代を先導できる核心技術の確保に注力するとした。
興味深いことに、第4次産業革命の始動時 1 の韓国の科学技術力は決して高いレベルではなかったが、自国の強み・弱みを認識し、第4次産業革命時代におけるグローバル競争で勝ち抜くための戦略や事業を推進してきた結果、研究開発費世界5位、研究開発費がGDPで占める割合世界2位、人口比研究者数世界1位、IMD科学技術インフラ世界3位 2 という目覚ましい成長を果たした。
今回は、第4次産業革命の始動時の2016年頃、韓国は、どのような強みと弱みをもっていたのかを明らかにする。
表 第4次産業革命に向けての韓国の強みと弱み
強み | 弱み |
- 情報通信インフラが世界最高レベル
- 半導体、ディスプレイ、バッテリー等の付属品が世界トップ
- 製造業における強みを第4次産業革命の主力産業の部品や機器の製造に活かせる
- 人口千人あたりの研究者の数は世界1位
- パラダイムシフトへの素早い対応
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- 核心技術における技術力と人材の不足
- 既存法律・政策が新産業に対する規制がボトルネックに
- 技術の発展では先進国を追いかける方法がメイン
- 格差が多い社会構造はイノベーションに不利―大企業、首都圏に資源と人材が集中
- 出産率の低下、少子高齢化社会
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2016年、スイスの投資銀行UBSは、「第4次産業革命に向け準備が整っている国のランキング」で、韓国を25位(※1位スイス、5位アメリカ、12位日本、16位台湾)と評価した。3
更には、2016年IMD世界競争力年鑑によれば、韓国は29位にランクされ、前年度より4位下落し、科学技術インフラも8位と、前年度より2位低い結果となった。これらのデータが示す通り、韓国の当時の科学技術の競争力は決して高いとは言えないレベルであった。
政府の科学技術シンクタンクである科学技術政策研究院(以下STEPIとする)や科学技術企画評価院(以下KISTEPとする)、国務総理傘下の研究機関として国家の研究開発事業や知的財産事業に貢献している経済社会研究会などが第4次産業革命における韓国の強みと弱みについて行った分析をもとに、第4次産業革命時代に向けての韓国の弱み、強みを述べていく。
1.弱み
従来より韓国は資源の乏しさ、出産率の低下、大企業と製造業中心の産業構造などが、課題として指摘され続けてきたが、改めて韓国が抱えている課題をまとめると、以下の通りである。
- (1) IMDやWEFでの国家競争力の順位が落ちていることから、経済・社会全般のイノベーション能力が低く、新産業への準備が整っていなかった。
- (2) 科学技術のイノベーションについては、今まで先進国を追いかける方法で、発展を成し遂げてきたが、もはや限界に直面してきた。
- (3) 第4次産業革命を主導する5G、AI、IoTなどにおける技術力が先進国に比べ差が大きい。
- (4) 科学技術とICTの融合で新しいビジネス産業が成長できるように、既存の法律・政策による規制を見直す必要がある。
- (5) 数からすると大企業の割合は、0.1%に過ぎないが、生産額では大企業が52.4%を占めており、大企業中心の経済体制となっており、大企業と中小企業の格差が極めて激しい。
- (6) 地方の活性化に向け諸事業を展開しているにもかかわらず、首都圏に全体の49.5%の人口が集まっており、経済発展レベルや収入の格差は日々深刻になっている。
- (7) 入試競争、就職競争、高騰する不動産価格と教育費、収入の格差などの影響により、独身志向者が伸び続け、2016年の出産率は、OECD22カ国中最下位(合計特殊出生率:女性1人が生涯に産む子供の平均な人数。韓国は1.25と産出された)を記録し、2026年には高齢化社会を超え超高齢化社会になる見込みである。4
- (8) 2000年頃から再生可能エネルギー・新エネルギーの普及のため、諸政策を実施しているが、OECD「グリーン成長指標2017」によると、韓国の再生エネルギーの割合は、全体の1.5%と46カ国中45位に止まった。
2.強み
数多くの課題を述べてきたが、経済成長の低迷や出産率の低下などは、韓国のみならず多くの国が抱えている問題であり、韓国の科学技術について悲観的である見方ではない。
周知の通り、韓国の科学技術の歴史は先進国に比べ短く、工学技術は1960年代から、基礎科学は1990年代 5 からスタートを切っている。戦後の貧困、資源の乏しさ、国の人口や規模に鑑みれば、韓国の科学技術の発展は実に目覚ましいものである。
第4次産業革命時代における韓国の強みは、以下の通りである。
(1)技術
- ① 韓国は、世界最高レベルの情報通信インフラを誇っており、スマホやインターネットの普及率もアメリカやヨーロッパの先進国を上回るレベルで、1人あたりのデータ使用量が世界平均の3倍 6 に達している。
- ② 半導体、ディスプレイ、バッテリー等の付属品は、世界トップの競争力を有しており、特にメモリー半導体市場では、韓国が圧倒的なシェアを誇っている。
- ③ 長年製造業で蓄積してきた経験やノウハウを第4次産業革命の主力産業の部品や機器の製造に活かすとこができる。
(2)人材
- ① 韓国の人口千人あたりの研究者の数は世界1位を争う 7 ほどであり、研究人材の育成・活用に力を入れている。
- ② パラダイムシフトに適切な対応ができる優れた経営者が多い。韓国は、音声通話がメインであった電話がスマホに変わりつつある時も、スマホの普及に積極的に取り組み、そのおかげでサムソン電子、LG電子などは、アンドロイド市場を主導している。
- ③ 国家競争力の向上、グローバル化の推進により、韓国企業の世界進出が増えている。また、研究機関の海外事務所の数も増えており、世界中に拠点を置くこれらの企業や研究機関は韓国経済や科学技術の発展を支えるネットワークを形成している。
(3)市場
- ① 国内市場の観点からすると、トレンドや流行に敏感で、新商品やサービスに興味を示す、いわゆる「アーリーアダプター」と呼ばれる顧客が多く、新技術のテストベッドとなっている。
- ② グローバル市場の場合、既存のスマホや家電製品、自動車などの商品以外にも、韓流コンテンツ(ドラマ、映画、K-POPなど)、メッセンジャー(カカオトークなど)が世界中で愛されているため、それにより確保している顧客も多く、コンテンツパワーでもたらせる経済効果は無視できない存在になっている。
以上、第4次産業革命の始動段階においての、韓国の科学技術力の強みと弱みを分析したが、次回は、これらの現状を認識し受け止めたうえで、第4次産業革命時代に勝ち抜くため、どのように政策・事業を展開したのかを述べていく。
(2022年11月07日公開)