医療用繊維素材を高付加価値産業に―韓国、伝統産業からの転換に期待

2023年4月20日

チャ・ヒョンジュン

チャ・ヒョンジュン(Cha Hyung Joon):
韓国・浦項工科大学校(POSTECH)化学工学科 主任教授・工学部長

1995年ソウル大学校で化学工学の博士号取得。米国メリーランド大学助教などを経て、99年POSTECH入り。ムール貝由来の接着剤に関する業績が認められ、韓国のバイオマテリアル研究センターの所長を兼務。Nature Gluetech社の共同創設者として、革新的な医療用生体接着剤としてムール貝の接着タンパク質を商業化している。韓国大統領の韓国工学賞、発明者賞、「2020 未来の100の最高の技術と研究者賞」等多数の賞を受賞。韓国科学技術アカデミー(KAST)と韓国国立工学アカデミー(NAEK)のフェロー、韓国海洋生物工学会(KSMB)で会長などを務めている。研究分野は、生体分子ベースの生体材料、生物医学工学、薬物送達システム、バイオセンサー。250件以上の査読付き研究論文を発表し、100件以上の登録特許を保有している。

医療分野への応用

韓国は、伝統的に繊維産業が発達してきた。しかし、繊維衣類などの既存の繊維産業では、国家競争力を維持することが難しい時期が到来し、このため高付加価値産業への転換が必要となり、医療分野に活用できる繊維素材技術に対する関心が増している。医療用繊維素材は、医療機器と医薬部外品に使用され、傷や感染などから患者を保護して回復させる繊維の総称であり、主に用途によって分類される<表1>。医療用繊維素材は、共通して無毒性、非発がん性、非アレルギー誘発性、生体適合性などが求められ、希望する形態での剤形(formulation)が可能でなければならない。

<表1> 医療用繊維素材の分類および代表的な用途
分類 位置 代表的な用途
インプラント用繊維 体内機能の回復の目的で体内に挿入 人工血管、泌尿器科用繊維構造体、整形外科用繊維構造体、縫合糸、癒着防止膜、神経導管など
非インプラント用繊維 皮膚に接触するが、体内には吸収されず 創傷パッチ、バンド類、ドレッシング、ガーゼ、医療用スポンジ、骨折治療用副木および包帯、外科用ベルト、止血パッチ、歯科用繊維など
体外機能補助繊維 皮膚から離れた体外で人体機能を代替 血液フィルター、人工腎臓、人工肝臓、心肺器用フィルターなど
保健・衛生繊維 主に皮膚に接触する病院・家庭・生活用製品 マスク、医師用ガウン、患者用ガウン、ベッドカバー、布団、幼児/女性/成人用衛生用品など

厳格な生体適合性審査

インプラント用繊維は、ISOなどで厳格な生体適合性審査を経なければならず、湿潤な環境でも維持できる良い機械的物性、周辺組織との癒着防止機能、選択的生分解性などを持たなければならない。非インプラント用繊維は、主に皮膚接触用であるため、希望する期間中に安定した接着力の確保と、繊維組織の形態と物性の維持が必須であり、治療に役立つ機能性物質を含むこともある。人工肺、人工腎臓、人工肝臓などに使用される体外機能補助用繊維(in vitro function assiatant textile)は、大部分、物質交換が目的であるため、広い表面積の確保に効果的な中空繊維形態で製作されるのが特徴である。感染や汚染を防ぐ目的で使用され、抗菌および抗ウイルス性が求められる保健・衛生用繊維は、洗浄できる再使用と使い捨てに分けられる。特に、最近のコロナ禍の状況で、マスク、防護服などの個人保護装備の需要の急増により、繊維素材の医療分野への適用に対する関心が非常に高くなっている。

医療用繊維素材の世界市場規模は、2020年基準で約250億ドルであり、年平均成長率(CAGR)は5%前後と見込んでいる。韓国市場は、世界市場の約4%を占めており、主に付加価値が相対的に低い保健・衛生用繊維製品を中心に産業構造が形成されている。

主要な韓国企業とは

  • インプラント用繊維:Polyglycolic acid (PGA)基盤の吸収性手術用縫合原糸(suture)を開発し、当該品目のグローバル市場順位で1位を達成したSamyang Biopharm社
  • 非インプラント用繊維:湿潤ドレッシング剤の米国FDA(食品医薬品局)承認を得たBIOPOL社
  • 保健・衛生用繊維:ナノファイバー(nanofiber)マスクおよび衛生用製品を初めて発表したLemon社

―となっている。

ムール貝由来の接着タンパク質で開発

研究開発(R&D)部分では、様々な大学や国家支援の研究所を通じて医療用繊維素材の生分解性、構造配列、機械的物性、伝導性、接着性などの制御技術の開発によって、縫合糸、ステント、人工血管、人工神経導管など様々なインプラント用繊維製品への適用が活発に行われている。

このうち、本研究室で開発したムール貝に由来する接着タンパク質(mussel adhesive protein) オリジナルバイオ素材を基盤に、ナノファイバー構造体で剤形化することで、神経細胞のrecruitingを通じた神経再生用神経導管への適用に対する優れた成果が導き出された。主に皮膚に付着型として適用される非インプラント用繊維分野では、傷部位の再生能力の向上を助けるための機能性物質の導入および湿潤環境造成の研究が多く行われている。ムール貝接着タンパク質の接着性を利用した創傷パッチ(wound patchおよび止血パッチの開発も行われたことがある。体外機能補助用繊維分野では、医療用繊維素材の3Dプリンティング技術の開発を通じて、多品種少量生産が可能な需要者カスタマイズ人工臓器の製作に活用しようとする試みが最近の流れである。また、保健・衛生用繊維分野では、保健・衛生機能の強化のための機能性ナノファイバー製作技術および環境保護のための使い捨て製品の再生技術と生分解性製品の開発が重点的に試みられている。

韓国は、伝統的に繊維技術の水準が他の国に比べて相対的に高い伝統的な強豪国であったが、融合・複合、高付加価値化のための新しい繊維産業への転換が必要な状況である。この中で医療用繊維素材は、高齢人口の増加、生活水準の向上、健康に対する関心の増大により、韓国を含め世界的にも重要な高付加価値産業分野に跳躍する見通しである。これに対し、活発な研究開発を通じて韓国繊維産業の萎縮を解決できる高付加価値の医療用繊維製品の開発のための独自の技術やコア技術の確保が急がれる。

上へ戻る