韓国、医学部定員拡充を発表 医療業界から反発も

2023年11月10日 松田 侑奈(JSTアジア・太平洋総合研究センターフェロー)

韓国政府は10月26日、「地方および必須医療イノベーション履行のための推進計画」を発表し、2025年から医学部の定員を拡大することを明らかにした。これに対し、医療業界は強く反発している。

韓国の医師数は、人口1,000人あたり2.2人。経済協力開発機構(OECD)の平均値である3.7人に比べ低く、OECD加盟国の中でも最下位レベルである。地域格差もひどく、ソウルには人口1,000人あたりの医師数が3.47人である一方、京畿都は1.76人、慶尚北道は1.39人である。

韓国では、2000年の医薬分業後、医学部の定員数が10%(351人相当)減少し、2006年からは18年間、同数の定員数(年間3,058人)を保っている。

しかし、コロナ対応や高齢化社会に鑑みれば、2050年までの医療需要は増え続ける見込みで、医師不足問題はより深刻になるに間違いない。韓国保健社会研究院は、2025年には5,516人、2035年には2万7,232人の医者が不足すると予測した。韓国政府は、医学部の定員数を1,000人程度増加する方針を示した。

実は、文在寅・前政権時も10年にかけ、医学部の定員数4,000人増加する方案を公開したが、医師のストライキや医大生のデモ等で撤回となった。当時はコロナの対応が最重要課題と認識されていた時期で、政府は、医者との対立は避けるべきと判断し、一歩後退を選択した。ただ、今回は、政府も定員数拡大を貫く方針だと強い意志を示した。

医師の増加は、韓国社会にとってメリット大に思えるが、医療業界は強く反発している。彼らの主張には主に2点がある。一つは、医師が増えれば、開業医も増えるので、収入を増やすため必要以上の入院と治療を勧める可能性が高まり、社会全体の医療費が高騰するとの理屈だ。もう一つは、人口あたりの医師数ではなく絶対数で比較すると決して他国に比べ少ないとは言えない論理である。

これらの主張に対して、一般の人々は、単なる既得権益確保が目的であると批判の声を上げている。以前、弁護士の数を増やして、法律サービスを受けやすくしようとロースクール制度の改革に取り組んだ時に法律業界の反発が大きかったことと似たような現象である。

専門家の意見は、どうなのか。済州大学医科専門大学院イ・サンイ教授は「医師の数が足りないのは事実であり、増やすこと自体には反対しない。ただ、より深刻なのは、どう配置するかである。今は増やしても人気のある分野、収入が高い分野、例えば、整形外科、皮膚科に集中するだけである。必要なのは、必須医療分野で医師の増加である」との見解だ。

参与連帯市民運動団体のイ・キョンミンチーム長も似たような見解を示した。「以前地方のとある放射線科で、年俸3億ウォンで、医師を募集していたが、応募者がなかった。今、小児科、産婦人科も同じである、応募者がいない。必須医療分野の医師は、週80時間以上勤務し、1年のうち100日は当直に回され、適切な休みもなく、翌日また勤務しなければならないので、働きたがる人は減る一方である。こういう非人気分野での人手不足を解決するためには、非人気分野の年俸を大幅に引き上げるか、地方で勤務するインセンティブ強化やメリットを多く付与する必要がある。数を増やすという政府の政策は、単純すぎると思う。むしろ、今、増やすとしたら、看護師とか介護士だろう」

韓国の保健医療システムの多くは民間中心のシステムで公共部門は5%程度を言われている。韓国では、コロナをきっかけに公共医療の必要性が再び台頭した。民間の病院は、非営利とはいえ、収益性が優先される。シンチョン連合病院のベク・ジェジュン総長は「公共医療機関が、最低でも2~3割は必要である。今の韓国の医療システムのバランスは異常である。収益性を優先する医療は、過剰医療に繋がるしかない」と指摘した。

高齢化が進んでいる韓国社会には、医師の増加は必要である。ただ、数の増加にとどまらず、必須医療分野に医師が適切に配属されるよう、構造の改革や対策が必要にみえる。また、医学部の定員数増加によって、入試競争は激化する見込みである。今も人気学部への入学のため、ほかに進学先があるにも関わらず、一浪や二浪の道を選ぶ学生が増えており、政府は起きうる社会問題も視野に入れて対応していく必要があるだろう。

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