2024年4月22日 松田 侑奈(JSTアジア・太平洋総合研究センターフェロー)
先日(4月10日)韓国で行われた総選挙の結果、国会全300議席のうち、最大野党である「共に民主党」が175議席を獲得し、共に民主党と協力関係にあるとされるリベラル政党は12議席を獲得した。仮に野党勢力が全議席の3分の2に当たる200議席となれば、大統領が拒否権を行使した法案を再可決でき、また憲法改正案も可決できるようになるが、今回はそこまでは至らなかった。ただし、与党である「国民の力」が108議席の確保にとどまったのは、尹政権にとって、間違いなく痛い結果である。
ハン・ドクス国務総理は11日、「選挙結果は民意である。結果を真剣に受け止め、経済、民生を中心とする改革に精一杯取り組み、国民の皆様が生活の変化を実感できるように頑張りたい。」と明かした。ロイター通信やBBCなどでは総選挙の最大敗因は経済不振にあると分析した。
経済回復が政府の最大の課題となった今日、尹政権は経済成長を支える救い主になることを期待し「AI半導体イニシアティブ」を公開した。
韓国政府は、半導体・AIへの投資集中を通じ、AIではG3(主要3カ国)の一員となり、半導体では超強大国を実現するのが目標であると明かした。尹大統領は、台湾の強震発生を受け、半導体供給ネットワークに不安を感じたと述べ、半導体産業のリスク管理は重要だと強調した。
AI半導体イニシアティブ実現戦略は、下記の通りである。
今年の1月、政府は半導体ファブの設立に622兆ウォンを投資し、「半導体メガクラスター造成」を発表したが、環境影響評価、土地保障等にかかる日数を減らすことで、その推進スピードを大幅に上げていくとした。
このクラスターに入駐する企業への支援も強化する見込みである。韓国半導体大手SKハイニックスはクラスターに2045年まで122兆ウォンを投資することを明かしているが、水資源の供給が不安定であるため、インフラの早急構築が求められている。政府は、関連インフラ造成にあたり、自治体から来る反対に備え、先端産業法の改正を通じ、自治体が基盤施設の設置に協力する場合、財政支援を受けられるように条文を見直すとした。
企業の投資を促すため、今年度末に終わる国家戦略技術投資における税金控除も、控除期限を延ばすことになった。因みに、現段階の控除率は最大で25%である。
半導体メガクラスターは2030年に本格的に稼働される予定であるが、韓国政府は、その段階では、非メモリ分野での市場占有率を10%以上に伸ばしていきたいと明かした。
現場で即戦力として活躍できる人材を育成するため、半導体特化大学を10校、大学院を3校増やし、半導体アカデミー教育(非学位プログラム)の定員も520人から800人に拡大するとした。現場で働く技術人材の仕事環境を整えるため、近隣に住宅地を立ち上げるとともに、半導体高速道路(華城市~龍仁市~安城市をつなぐ45㎞の道路)も構築すると明かした。
技術人材の海外流失を防ぐため、企業は技術人材と秘密保持契約を締結するとともに、専門人材を継続的にフォローする「専門人材指定制度」を実施していく予定である。
海外から優秀な技術人材を誘致するため、出入国、居住、定着をフルサポートする方案も近日中に公開される。
韓国政府は、半導体の素材・部品・設備企業とチップ製造企業間の協力や連携を支援し、「量産に繋がる実証テストベッド」の構築を支援するとした。
ファブレス企業が必要とする超微細工程の試作品製作を支援し、検証支援センターの構築を通じ、チップの性能試験・検証サービスを今年から実施する。
半導体産業支援政策資金(約24兆ウォン規模)と半導体ファンド(約3000億ウォン規模)を活用し、素材・部品・設備企業とファブレスのスケールアップも図っていく予定である。
韓国政府は、AIの競争力は、ハードウェアのイノベーションとハードウェアに適用できるAIモデルの連携と協力にあるとし、まずは、既存の生成型AIの限界を超える汎用性AI(AGI)における核心技術と、大きさを既存の10%程度に縮小しても性能はそのまま保つ軽量化LLMモデル(sLLM)に関する技術を確保することで、AIでの競争力を高めていくとした。
AI半導体分野では、ニューラル・プロセッシング・ユニット(NPU)、サーバー用の高帯域幅メモリ(HBM)、オンデバイスAI用の低電力メモリ(LPDDR)等へのR&D投資を大幅に拡大し、「国家AI委員会」を新設して官民協力を推進するとした。
AIとAI半導体分野には2027年までに9兆4000億ウォンが投資される見込みで、AI半導体イノベーション企業の成長を補助する1兆4000億ウォン規模のファンドも新たに立ち上がる予定である。
尹政権は政権発足以来、AIと半導体への集中投資を継続しているが、まだ注目できるアウトプットが見当たらない。今回の戦略もAIや半導体産業への熱い思いが伺える一方、補助金のばら撒きで終わる恐れもあると思われる。目標値を見てみると、やや非現実的なところも見当たる。例えば、2023年の非メモリ半導体市場における韓国のシェアは僅か3.3%(韓国産業研究院の報告書によるデータ)で、ここ近年2~3%で前後しているが、あと6年で目標としている10%に達成できるかは疑問である。また、総選挙の最大敗因は経済不振にある等の指摘が多い中、尹政権は先月の韓国の半導体の輸出額が117億ドルと21か月ぶりに最高値を更新したことで、経済面でも成果を強調しており、辻褄が合わない感を否めない。AIも半導体も一日二日で大きな変化を期待しにくいが、ここ数年投資を集中させている分、そろそろ成果面での実績が問われると思う。