2024年10月8日 安 順花(JSTアジア・太平洋総合研究センター フェロー)
韓国政府が科学技術人材育成と理工系離れを防ぐために総合対策を打ち出した。
世界各国では優秀な科学技術人材の確保のための競争が激しくなっているが、韓国は少子高齢化による学齢人口の減少や理工系離れで科学技術人材不足が顕在化している。2023年約9万人に達した理工系修士・博士課程の学生数が、2050年には5万人を下回ると見込まれている。
これを背景として韓国科学技術情報通信部と教育部は2024年3月から共同タスクフォース(TF)を発足し、様々な意見を聴取し、9月27日に科学技術人材育成に向けた履行計画を盛り込んだ「科学技術人材成長・発展戦略」を発表した。
同戦略は科学技術人材が夢と能力を存分に発揮できる社会の実現を掲げて、これを支えるために、成長、成功、認め合いを推進戦略として9つの推進課題を示したものである。9つの推進課題の中で、主な内容を以下で説明する。
小中等学生が数学・科学に興味を持つように、科学館を活用した体験機会を拡大し、人工知能(AI)技術を利活用したデジタル教科書を2025年から普及させ、学生個人にカスタマイズした数学・科学教育を行う。科学英才を体系的に育成するために科学英才学校・サイエンス高校を拡充し、学生選抜規模を順次拡大する。技術人材育成を目的とするマイスター高校は先端技術分野を中心として2027年まで65校へ拡大する。
一方、理工系大学(院)生が経済的な心配なく学業と研究に専念できるように、研究生活奨励金と修士特化奨学金を2025年から新規導入し、国家奨学金・大統領科学奨学金などの支援規模も拡大する。また、理工系大学が科学技術人材の成長と社会進出への土台となるように先端技術分野の学部定員を拡大し、契約学科・契約定員制度など企業のニーズに応える教育を強化する。
併せて、KAISTなど科学技術特性化大学4校ではAI半導体・先端バイオ・量子の韓国政府の重点技術および国家戦略技術分野の人材育成機能を強化し、2025年度から新規導入する国家代表研究所を含めて、2027年までに大学研究所100カ所を選定するなど、研究機能・基盤施設も拡充していく。
女子学生にSTEM(科学、技術、工学、数学)教育および進路指導を初等教育段階から提供する。また、公的研究機関に女性割当目標を設定し、現在10%程度の女性リーダーを20%以上へ引き上げる。出産・育児などによるキャリア中断を防ぐために、勤労時間短縮制度を現在1年から3年へ延長し、2028年までにすべての研究機関に導入する。育児中の研究者の研究課題協約期間を延長し、継続的な研究ができるように支援する新規事業も推進する。
理工系大学(院)生、ポスドクなど若手研究者が世界的な研究者として成長していくように、海外研修を大幅拡大し、国際交流・研究事業の状況を把握するために、統合情報提供ツールも構築・運営する。
また、海外在住研究者の活用、復帰を支援する。現在の在外韓国人科学技術者協会の会員データベースに留学生、新人研究者、海外就職者などを含めていく。さらにこのデータベースを活用し、海外在住韓国人研究者が共同研究、国策事業の企画・評価、政策諮問など国際協力のすべての過程に参加する機会を提供する。併せて、海外優秀科学者誘致事業を通じて海外の韓国人科学者の国内復帰を支援する。また科学英才高校および理工系大学(院)の外国人留学生の誘致を拡大し、優秀な留学生が国内に定着できるようにキャリアパスおよび就職支援を強化する。外国人優秀研究者を誘致するために、配偶者の就職を許可し、育児のために親を呼び寄せたい場合の所得基準を緩和する。
韓国の戦略技術分野においては、企業ニーズに合わせた高級・実務レベルの人材育成体系を構築し、大学院生からキャリアに合わせた教育を提供し、社内大学の活性化、社内大学院の設置を認める。
大学付設研究所の専任研究員や技術者の採用を拡大し、ポスドクを今後10年間で2,900人規模へ拡大する。また、技術変化に対応できるように所属に拘らず自由に研究する「国家研究員制度」も検討する。
科学技術起業家を育成するために、大学(院)生とプレ起業家に起業家教育と起業準備を支援する。また、研究者が研究しながら研究成果の事業化ができるように、経営者や起業・事業化専門会社の育成、官民合同起業資金の造成などを支援する。
職務発明補償金の非課税限度を2024年から年間700万ウォンへ引き上げる。また、科学技術人材のスタートアップへの進出を誘導するために、成果を企業の株式でもらう株式補償特例制度を運営する。併せて、科学技術人材への福祉も拡大し、2025年からポスドクの科学技術人共済会の加入を導入する。また、優れた研究に対して定年後にも継続的に研究するように、大学別で支援する制度や、経歴の豊富な科学技術人材が研究のほか、中小企業への諮問、政府開発援助(ODA)への参加など様々な社会活動を支援する。
科学技術人材データベースを構築し、政府研究課題およびキャリアパスの支援などに利活用する。科学技術人材が尊重される環境を作るために、優れた功績を残した科学技術人材に対する表彰を増やす。また、科学技術人材の様々な成功事例を広げるとともに、科学コミュニケーションを活性化し、科学技術に対する国民の理解を深めていく。
表.「科学技術人材成長・発展戦略」の主な内容
出典:韓国科学技術情報通信部