【調査報告書】『韓国の経済安全保障政策動向』

2025年7月14日 JSTアジア・太平洋総合研究センター

科学技術振興機構(JST)アジア・太平洋総合研究センターでは、調査報告書『韓国の経済安全保障政策動向』を公開しました。
以下よりダウンロードいただけますので、ご覧ください。
https://spap.jst.go.jp/investigation/report_2022.html#fy24_rr05

エグゼクティブ・サマリー

本調査は、安全保障の対象が経済・技術分野に拡大する中で、各国において「経済安全保障」が注目されており、安定的な供給網の確保、技術優位性の維持、技術流出の防止等を目的とした各種施策の強化が進められている状況に鑑み、日本の同志国であり、科学技術分野での国際連携パートナーの一つである韓国に注目して、韓国における経済安全保障に関する取り組み動向を調査・分析したものである。

第1章で調査の目的と方法、実施内容について概説した上で、第2章では韓国が抱えている経済安全保障上の課題を、経済・統計データや政府の政策文書などを参考にしながら整理し、第3章では経済安全保障に係る韓国の法制度について、制定・改訂の趣旨・背景や主な内容について整理した。第4章では、韓国の経済安全保障政策に関連する主たる政策文書について、政策立案主管組織、政策文書の立案プロセス、政策の方向性や主たる施策内容について整理した。また、将来の日韓科学技術協力の参考に供する観点から、国際共同研究の実施にあたっての研究セキュリティ・インテグリティに関連する政府の取り組みについてもこの章で整理した。第5章では、第2章~第4章で調査したファクトを踏まえて実施した韓国内外の研究者、政府関係者、産業界関係者等へのインタビュー結果を活用しながら、文献からは読み取りにくい最新の状況や今後の展望など、韓国の経済安全保障の含意のほか、日韓科学技術協力のありかた、望ましいテーマの選定等について整理した。以下に各章のポイントを示す。

第2章は「韓国における経済安全保障問題」と題し、韓国における経済安全保障の課題意識と、経済安全保障政策の対象品目・技術に関する脆弱性や競争上の立ち位置について整理した。韓国の経済安全保障問題の端緒は2019年の日本の半導体材料輸出管理強化にあるとの見方が一般的であるが、米中の覇権競争、世界の自由貿易の秩序の変化なども背景にある。韓国の経済安全保障政策の柱は供給網の安定化と技術覇権競争力の維持・向上、技術保護にあり、それぞれの課題意識に基づいて、経済安全保障政策の対象としている品目・技術が選定されているが、供給網安定化および技術覇権競争のそれぞれの観点から指定された重要技術を比較した結果、半導体、ディスプレイはいずれの観点からも重要技術に指定されているほか、二次電池、先端バイオ、先端ロボット、宇宙航空・海洋などの技術も重要技術として指定されている。これら技術が韓国の経済安全保障にとって特に重要な技術であることが読み取れる。次に、供給網安定化の観点からは、重要品目・サービスの輸出入状況を確認することによって、多くの重要品目・サービスが依然として海外に多くを依存していることが確認された。また、技術覇権競争の観点からは、半導体、二次電池、ディスプレイの分野では韓国は国際競争力を持つ技術レベルを保有し、人工知能、先端バイオなどの分野では世界レベルとの格差を詰めつつある中、宇宙航空・海洋、量子分野では主要国との技術格差がまだ大きいと認識されていることが確認できた。また、韓国が国際競争力を有する半導体、二次電池、ディスプレイの各分野では、中国が技術力、市場支配力のいずれにおいても韓国を急追しており、それに相まってこれら技術の中国への技術流出が近年増大していることも深刻な問題としてとらえられていることを確認した。

第3章では、上述する問題意識を背景に、主に2022年から2024年の間に順次整備されてきた経済安全保障に関する主な法令を調査し、制定・改訂の趣旨・背景、主な内容などを整理した。具体的には、関連法令を、供給網安定化関連法、先端技術開発関連法、技術保護関連法に区分し、その主要な内容について整理した。法体系を日本と比較した場合、日本が「経済安全保障推進法」という経済安全保障政策全般に関する基本法があることに対して、韓国は特定の課題ごとに個別法が制定されている点が特徴である。また、革新的技術開発に関連する国家戦略技術育成法や国家研究開発革新法と、産業技術に関連する国家先端戦略産業法が並立するなど、複雑な体系を成していることで、運用の際に重複や死角となる領域が生じるおそれがあり、また、法の改正は国会の承認を要するため、機動的な改正にも課題があり、国際情勢の複雑化や社会経済構造の変化に対して迅速な対応が難しくなる可能性がある。

第4章では、韓国の経済安全保障にかかる主要な政策文書と、経済安全保障を担う主な省庁の役割について整理した。具体的には、供給網安定化政策、先端技術開発政策、技術保護政策のそれぞれについて、政府の推進体制を確認し、基本計画や戦略計画について、そのビジョン、目標、主要な施策、対象とする技術・産業分野、投入する資金規模などの内容について整理した。また、国際共同研究における研究セキュリティ・インテグリティの確保に向けた取り組みについてはまだ日が浅く、2024年に改正された「国家研究開発革新法施行令」により、新たに契約される全ての国家研究開発事業の研究責任者に対する国外からの支援にかかる情報(財政的・行政的支援、サービス)の報告が義務づけられるなど、緒に就いたばかりであることがわかった。

第5章では、韓国の経済安全保障における含意と今後の展望を検討した。経済安全保障の各課題に対する政策や施策の現状を踏まえ、日韓間の科学技術協力の可能性について、協力有望領域、具体的な協力有望領域、有効な協力のための枠組の在り方などについて、主に有識者へのインタビューに基づいて整理した。協力有望領域の模索には個別領域の解像度を上げること、協力に強い合理性のある領域を見つけることによって、民間企業間で競争関係にある半導体分野であっても補完的協力の可能性があることが示唆された。このほかの個別分野では社会課題に沿い、かつ資金力を必要とするテーマが有望であり、水素を含むエネルギー関連、原子力分野、リサイクル技術等が有望である可能性が示唆された。また、歴史問題などが横たわる日韓の間では、政経分離の考えに基づき、政府主体ではなく、民間、研究者主導で協力の枠組づくりを主導することが望ましいこと、資金力を背景に圧倒的技術力を誇る米中に追いつくためには日韓が協力することが有効であること、これまでの共同研究プロジェクトなど、過去の経験を活かした新たな協力の形を模索すること、そのためには草の根や若手研究者レベルを含む、重層的な人的交流も重要になることが示唆された。

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